有人宇宙船の試作機CARE

今回のGSLV Mk-IIIの初打ち上げで注目すべき点は、ロケット以外にもうひとつある。それは積み荷として、インドが開発中の有人宇宙船の試作機が搭載されていたことだ。

この試作機は「CARE」と名付けられており、これはCrew Module Atmospheric Re-entry Experimentの頭文字から取られている。直訳すると「乗員モジュールの大気圏再突入の実験」という意味になる。形は円錐台の、いわゆるカプセル型をしており、最大直径は3.1m、高さは2.7mで、質量は3,775kgだ。機体の周囲には、アブレーション材で造られたタイルが張り巡らされており、もっとも高温になる底部の耐熱シールドにはカーボン・フェノリック材が使われている。CAREの大きさや構成は、現在インドが開発している有人宇宙船のカプセル部とほぼ同じであり、スケール・モデルなどではない、ほとんど実機に近い試作機だ。

GSLV Mk-IIIのフェアリングに収められようとしているCARE (C)ISRO

インドはかねてより、有人宇宙飛行には積極的な方針を採っている。2000年代の初頭には構想が立ち上げられており、2008年にはロシアとの間で、有人宇宙開発に関して協力する覚書を交わしている。この中で、まずロシアのソユース宇宙船を使ってインド人の宇宙飛行士を打ち上げること、続いて、ソユースをインドの手で改造し、GSLVで打ち上げることなどが話し合われた。ロシアと手を組もうとした背景には、おそらく自力で宇宙船の開発を進めるのは時間がかかること、そして中国が2003年に有人宇宙飛行に成功し、その後も打ち上げを継続していることへの焦りなどがあったと考えられる。

一方、インド独自の宇宙船の開発も並行して進められており、2007年には「SRE-1(Space Capsule Recovery Experiment)」と呼ばれる、550kgほどの小型カプセルを打ち上げ、地球に帰還させる実験を行っている。2009年には宇宙船の想像図も公開されている。

まずはロシアとの協力で、ある程度の技術や知見を得て、その後独自の宇宙船を開発する方針だったようだが、2010年になってロシアとの協力体制は解消された。詳細は明らかになっていないが、金銭面や、インド仕様のソユースを造ることについて、意見の不一致があったようだ。そしてその後は自力での宇宙船開発に注力しており、現時点では、2021年ごろに初の有人飛行を実施する計画だという。

LVM3-X/CAREミッション

GSLV Mk-IIIの初飛行ミッションは「LVM3-X/CARE」と名付けられている。ロケットの名前をめぐっては、ISROでもGSLV Mk-IIIとLVM3で表記が揺れており、今後どちらに統一されることになるのかは不明だ。

LVM3-X/CAREミッションの目的は、まずGSLV Mk-IIIの第1段S200や第2段L110が予定どおり機能し、ロケットが正常に飛行ができるかを見ることにあった。第3段のC25はまだ未完成なため、ダミーが搭載された。ただし質量や重心位置などは実機と合わせるため、タンク内には液体窒素が充填されていた。したがって、ロケットは軌道速度に達することはできないため、CAREは軌道には投入されず、打ち上げ後そのまま落下するコースを取った。こうした軌道に乗らない飛行をサブオービタル飛行とも呼ぶ。

ロケットはインド標準時2014年12月18日9時30分(日本時間2014年12月18日13時00分)、2基のS200に点火され、サティシュ・ダワン宇宙センターの第2発射台から離昇した。ロケットは順調に飛行し、離昇から115秒後にL110の2基のヴィカス・エンジンが燃焼を開始した。その約30秒後にS200が燃焼を終えて分離、その後フェアリングも分離され、飛行を続けた。そして離昇から約320秒後にL110が燃焼を終え、その約5秒後にCAREが分離された。打ち上げから約325秒後のことで、分離時点の高度は約126km、速度は5.3km/sであった。

GSLV Mk-IIIの打ち上げ (C)ISRO

そしてCAREは大気圏に再突入し、パラシュートを展開して降下、そして打ち上げから20分43秒後に、サティシュ・ダワン宇宙センターから約1,600km離れた、ベンガル湾の東にあたるアンダマン海に着水した。

着水したCARE (C)ISRO

ISROによれば、ロケットの打ち上げは成功し、またCAREも、詳細な評価はまだだが、無事に帰還できたことで、LVM3-X/CAREミッション全体としても成功であったとしている。

今後GSLV Mk-IIIはさらに開発が進められ、2016年ごろに実機の第3段を搭載した、完全な機体の打ち上げに挑むという。

<H3>商業衛星打ち上げ市場のダークホースとなるか

GSLV Mk-IIIが完成するかどうかは、現時点ではまだ不明だ。特に液体水素と液体水素を使うロケットエンジンは開発が難しく、以前GSLV Mk-IIの第3段の開発でも手こずったということは、前回の記事でも触れたとおりだ。

実はGSLV Mk-IIIは当初、地球低軌道に10,000kg、静止トランスファー軌道には5,000kgの衛星を打ち上げられる能力を目指して開発されていたが、現在では地球低軌道に8,000kg、静止トランスファー軌道に4,000kgと低くなっている。理由は不明だが、第3段の性能は衛星打ち上げ能力に特に影響するため、今後C25の開発がどのように進むかが注目される。

だがもし、GSLV Mk-IIIが性能も信頼性も十分なロケットになることができれば、商業衛星打ち上げ市場のダークホースとなる可能性もある。

商業衛星打ち上げ市場は主に、通信衛星や放送衛星などの、静止軌道に送られる衛星の打ち上げが大半だ。また静止衛星は大きく大型と中型に分けられ、そのうち大型のものを打ち上げることができるのは、現時点では欧州のアリアン5 ECAロケットと、ロシアのプロトンMロケットしかない。もっとも競争が熾烈なのは中型で、ここでもアリアン5とプロトンMが市場の7割ほどを占めており、残りをゼニート・ロケットを扱うシー・ローンチ社や、日本のH-IIAロケット、そして新興のスペースX社のファルコン9ロケットなどが奪い合っている状況にある。

だが、プロトンMは年に1回ほど失敗する有様で、商業ロケットとしての信頼性はもはや無い状態にある。一方、ファルコン9は低価格で、また打ち上げ成功数も順調に稼いでおり、これらを武器にし、今後飛躍的にシェアを拡大することが予期されている。またそれに対抗し、欧州や日本では2020年ごろに、現在の約半額となる、低価格な次世代ロケットを投入する計画を進めている。またロシアや中国でも次世代機の開発が進んでいるところだ。

インドのメディアの報道によれば、今回の打ち上げ費用は約15億5,000万インド・ルピー(現在のレートで約29億円)とされる。今回は第3段がダミーだったため、その分のコストを上乗せすることを考えても、非常に安価だ。

もしもGSLV Mk-IIIが、目標としている性能と価格を達成し、また打ち上げ成功を重ねて信頼性も確立できれば、商業衛星打ち上げ市場に大きな番狂わせが起こることがあるかもしれない。

参考

・http://www.isro.gov.in/update/18-dec-2014/first-experimental-flight-of-indias-next-generation-launch-vehicle-gslv-mk-iii
・http://www.isro.gov.in/launchers/lvm3
・http://www.isro.gov.in/launchers/lvm3-x-care
・http://www.nasaspaceflight.com/2014/12/india-gslv-mk-iii-prototype-crew-capsule/
・http://gadgets.ndtv.com/science/news/isro-begins-countdown-for-gslv-mark-iii-crew-module-launch-on-thursday-635798