吊るしものというと、軍用機の話が主体になってしまうのは致し方ない部分がある。民間機では、何かを切り離して投下するようなニーズが少ないから、そういう話になってしまうのだ。しかし、切り離さない、超特大の吊るしものの事例は存在する。

ボーイング747にエンジンが5基!?

あまり数が出回っているものではないかもしれないが、ボーイング747の写真で、妙なモノを見たことがある。左主翼・内舷側の2番エンジンと胴体の間に、もうひとつのエンジンがぶら下がっているものだ。もちろん、そんな場所にエンジンをぶら下げても、燃料の配管や制御のための配線は来ていないから、エンジンを作動させることはできない。

これは、エンジンを遠隔地に運ぶためのもの。例えば、国際線で使用している機体が出先でエンジン故障を起こしてしまい、載せ替えないとダメだという話になった時。現地に予備エンジンがあればよいが、値の張る品物だけに、そう気軽に、予備エンジンを平素から確保して在庫しておくわけには行かない。第一、予備エンジンといえどもきちんと整備・点検しておかなければならない。

そこで、出先でエンジンの載せ替えが必要になった時に、交換用のエンジンを空輸することが、まれにある。しかし床下の貨物室に収まるようなサイズではない。そこで翼下に吊るして持って行くわけだ。

船便だと時間がかかるし、ちょうどいい船便があるかどうかわからない。An-124みたいな大型輸送機をチャーターする手もあるが、それはそれで費用がかかるし、使える輸送機の空きがあるかどうか、という問題もある。自前の機体で吊下空輸できれば話は早い。

ただ単に吊るすわけではない

調べてみたら、カンタス航空の747(登録記号VH-OJU)が、エンジンの吊下空輸を行った事例が見つかった。2016年1月6日のQF63便で、オーストラリアのシドニーから南アフリカのヨハネスブルクまで空輸した事例だ(その件に関する発表記事)

  • オーストラリアのシドニーから南アフリカのヨハネスブルクまで空輸したQF63便 写真:カンタス航空

    オーストラリアのシドニーから南アフリカのヨハネスブルクまで空輸したQF63便 写真:カンタス航空

なお、カンタスが保有する747全機がエンジンの吊下空輸に対応しているわけではなくて、対応できる機体はVH-OJM、VH-OJS、VH-OJT、そしてVH-OJUの4機のみだった由。

さらに調べてみると、「なるほど」という話に行き当たった。交換用のエンジンをそのまま吊るすわけではなく、しかるべき準備作業が必要になるのだ。

まず、最前部にあるファン・ブレードを外す。また、エンジンのコア部分や前部にフェアリングを取り付ける。なにしろ巨大な吊るしものが加わるわけだから、空気抵抗が増えるのは間違いない。その増加をできるだけ抑えたいし、飛んでいる間、気流でエンジンの羽根が回ってしまう(ウィンドミルという)のは困る、ということだろうか。

FTBの事例ならたくさんある

交換用エンジンの空輸では、追加で吊るすエンジンは作動していない。しかし、追加のエンジンが加わり、しかもそれが作動する事例もある。FTB(Flying Test Bed)である。

新しいエンジンを開発した時は、まず地上のテストセルで試運転を行う。ちょうど2月の初頭に、ロールス・ロイスが新しいテストセル「テストベッド80」を使って最初の試運転を実施した、との発表があった。この施設は7,500平方メートルの屋内面積があり、9,000万ポンド(128億円)の費用がかかったという。

  • ロールス・ロイスのテストベッド80。ここでは、毎秒30枚の画像をキャプチャし、クラウドに直接送信できるX線装置があり、その画像と1万に及ぶパラメータのデータを分析できるという 写真:ロールス・ロイス

    ロールス・ロイスのテストベッド80。ここでは、毎秒30枚の画像をキャプチャし、クラウドに直接送信できるX線装置があり、その画像と1万に及ぶパラメータのデータを分析できるという 写真:ロールス・ロイス

さまざまな条件の下で基本的な試験を実施するために、テストセルは不可欠なものだが、だからといって実運用環境下での飛行試験が不要になるわけではない。最後には実機に取り付けて、実際に飛ばして運転してみる必要がある。第一、操縦操作に伴う姿勢や荷重条件の変化は、実際に飛ばしてみないと再現できない。

しかし、開発途中のエンジンとなると、故障したり、不具合が発生したりして停止させなければならなくなった時のことも考えなければならない。エンジンを止めた途端に動力源を全喪失、となったのでは困る。そこで、既存の多発機をFTBとして使い、そこに試験用のエンジンを追加で載せる、ということをする。

これは国内にも事例があって、航空自衛隊のC-1輸送機にFTB機がある。C-1は双発機だが、右舷側の2番エンジンのさらに外舷側に、試験用のエンジンを取り付けるためのストラットが組み込まれている。ここに、国内で開発されたさまざまなエンジンを取り付けて、実際に飛ばして試験を実施した。たとえば、STOL(Short Take-Off and Landing)実験機「飛鳥」のFJR710エンジンがそれだ。

海外にもこの手のFTBの事例は多いのだが、面白いのはプラット&ホイットニーのFTB。PurePower 1217Gエンジン(三菱スペースジェットのエンジンだ)を、翼下ではなく前部胴体の側面に吊るしている。以下の動画を御覧いただきたい。

Breaking News! Pratt & Whitney PW1217G Engine Makes First Flight

しかもこの機体、胴体短縮・長距離型の747SPという珍品である。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。