COVID-19関連の話題が2回続いたところで、吊るしものとひっつきものの話に戻る。そして今回の話題はトラピーズ(英語で、綴りはtrapeze)。もともとの意味は「空中ブランコ」だ。ところがこの言葉、軍用機の分野でときどき出てくることがある。空中ブランコを吊るして飛んでいるわけではないのだが、似たようなところはある。

機内兵器倉から兵装を投下するには

第271回でも少し触れたように、「吊るしもの」は必ずしも機体の外部に吊るすとは限らない。機内兵器倉を設けて、そこに収容することもある。その場合も兵装架を使用するようになっていて、そこは外部搭載の場合と変わらない。

ただし、機内兵器倉に収まっている兵装を切り離した時に、安全に分離してくれるかどうかが問題になる。まず、レール・ローンチは発射した兵装が機体に直撃してしまうので、使えない。すると、必然的にドロップ・ローンチにならざるを得ない。

しかしドロップ・ローンチでも、うまく真下に落下してくれるかどうかが問題になる。もしも真下に落下してくれないと、投下した兵装がやはり、機体にぶつかってしまう。第273回で書いたように、兵装架は単に兵装を吊るすだけでなく、投下の指令を出すと固定を解くと同時に兵装を強制的に放り出す仕組みを備えている。普通の兵装架と区別する意味で、こうした機能を備える兵装架を「エジェクター・ラック」と呼ぶ。

外部搭載する場合でもエジェクター・ラックを使用するぐらいだから、機内兵器倉ならなおのことだ。兵装が機体から充分に離れるところまで放り出さなければならないから、外部搭載のときよりも強い力が要るかもしれない。それならいっそのこと、兵装架を機体の外部に突き出してみては?

平行リンクのトラピーズ機構

そこで考え出されたのが、機内兵器倉に取り付ける兵装架を可動式にする方法。飛行中は、兵装架は機内兵器倉の天井部分に寄せてあるが、兵装を投下する時は、機内兵器倉の扉を開いた後で、兵装架を下に降ろす。こうすれば確実な分離につながるし、兵装が機外に露出するわけだから、投下前にシーカーに目標を捕捉させることもできる。

そこで探し回ってみたところ、F-117Aの写真が見つかった。

  • F-117Aの機内兵器倉に取り付ける兵装架をボルト締めしているところ。機内兵器倉に頭を突っ込まずに作業しているのは、兵装架を降ろした状態だから 写真:USAF

    F-117Aの機内兵器倉に取り付ける兵装架をボルト締めしているところ。機内兵器倉に頭を突っ込まずに作業しているのは、兵装架を降ろした状態だから 写真:USAF

  • こちらは、降ろした兵装架にペーブウェイII誘導爆弾を取り付けた状態。兵装架が武器員の陰になっていて見えないが、爆弾が機外に露出している様子は分かる 写真:USAF

    こちらは、降ろした兵装架にペーブウェイII誘導爆弾を取り付けた状態。兵装架が武器員の陰になっていて見えないが、爆弾が機外に露出している様子は分かる 写真:USAF

F-117Aの場合、兵装架の前後にヒンジがあり、それと機体側のヒンジをつなぐ部材を介する構造。これをトラピーズと呼んでいる。側面から見ると、展開中は平行四辺形、降ろしたときには長方形の位置関係になる。当初は兵装投下の際に、トラピーズを展開して兵装架を下方に降ろしていたが、当然ながらレーダー反射が大幅に増えてしまう。そこで試験で安全性を確認した上で、兵装架を引き上げたまま兵装を投下するようになった。

もっとも、F-117Aは戦闘機といってもそれほど激しい機動を行わないし、兵装投下時は水平直線飛行なので、兵装架を降ろさなくても済んだのだろう。それに、投下で使わなくても兵装搭載作業を楽にするために使えるので、兵装架にトラピーズ機構を組み込んだこと自体は無駄になっていない。

プロペラとの衝突を避ける

同じように、リンク機構を介して兵装架を降ろす仕組みが、昔の急降下爆撃機でも使われていた。

急降下爆撃機はその名の通り、目標に向けて急降下しながら爆弾を投下する。ところが、単に胴体下に吊るした爆弾を兵装架から切り離すだけでは、落下した爆弾が機首に付いているプロペラとぶつかってしまう。

そこで平行リンクを用いて、まず爆弾架をプロペラの回転面から外れたところまで突き出して、その後で固定を解いて爆弾を投下するようにした。これなら自爆しないで済む。

日本海軍の艦上爆撃機「彗星」みたいに、爆弾を機内兵器倉に収めていた場合はいうまでもなく、爆弾を機外搭載する99式艦上爆撃機やダグラスSDBドーントレスでも、この仕掛けを用いていた。

もっとも、プロペラとの接触が問題になるのは胴体下に爆弾を積んだからだ。主翼下面への搭載なら問題にならないだろう。

F-22のサイドワインダー用発射機

最後に、余談をひとつ。F-22ラプターが胴体両側面に備えているミサイル発射機の話を。

F-22は3カ所の機内兵器倉を備えている。胴体の下面と両側面にひとつずつで、胴体下面にはレーダー誘導の空対空ミサイル、AIM-120 AMRAAM (Advanced Medium Range Air-to-Air Missile)を6発搭載できる。また、誘導爆弾JDAM(Joint Direct Attack Munition)も搭載できる。一方、両側面にはAIM-9サイドワインダー空対空ミサイルを1発ずつ搭載できる。

ところが、サイドワインダーは赤外線誘導だ。発射後に目標を捕捉させる(LOAL : Lock on After Launch)方法もあるが、発射前に目標を捕捉させる(LOBL : Lock on Before Launch)方が確実かもしれない。ところが、機内兵器倉に収まったままではシーカーが外部に露出していないから、目標の捕捉ができない。

そこでF-22の胴体側面機内兵器倉には、ちょっとした仕掛けがしてある。それが以下の写真。

  • F-22の胴体側面機内兵器倉からサイドワインダーを発射するときの状態。扉が開くだけでなく、発射レールを斜め前方向きに突き出す 撮影:井上孝司

    F-22の胴体側面機内兵器倉からサイドワインダーを発射するときの状態。扉が開くだけでなく、発射レールを斜め前方向きに突き出す

こうすればシーカーが露出するので、LOBLも可能になる。トラピーズとは違うが、兵装を外部に突き出すところは似ている。サイドワインダーはレール・ローンチ式のミサイルだが、発射レールが斜め前方向きに突き出されるので、発射時に機体とぶつかる事態も避けられる。

ただし、このまま飛び続けているとステルス性がガタ落ちする大問題があるので、開けている時間は必要最小限に留めたい。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。