「航空事故」なんて重たいテーマを長く続けてしまったので、方向性を変えて、面白そうな機体の話題をいろいろ取り上げてみようと思う。その初回となる今回は、厳密にいうと「機体」ではなくて「推進システム」の段階だが、ロールス・ロイスのACCEL計画を取り上げてみる。

ACCEL計画とは

ACCELはAccelerating the Electrification of Flightの略。どうもバクロニムの匂いがするのだが、これを逐語訳すると「飛行の電動化を促進」といった意味になる。

これは読んで字のごとく、電動推進システムを開発する案件である。モーターと制御システムについてはYASA、機体部分についてはスタートアップ企業のElectroflightが協力している。モーターを使うから、必然的にプロペラ機になる。

ACCEL計画は、モーターとリチウムイオン蓄電池を使用する推進システムを、実物大の機体の胴体に組み込んだ “ionBird” なる供試体を製作して、地上試験を実施するところまで作業が進んでいる。初飛行は年末に実施する予定だという。

“ionBird” は、あくまで動力装置の地上試験を実施するための供試体だから、主翼も尾翼も付いていない。モーターと、それを駆動するための蓄電池の部分だけを胴体に組み込んだ造りをしている。ただし、この部分は実機に準じたサイズ・構造・配置にしておかないと、後で飛行試験用の機体を作るときに改めて艤装設計をやる羽目になり、二度手間になってしまう。

飛行試験機の全長は23ft(約7m)。配置図を見ると、蓄電池は操縦席の前方に集中配置している。重い蓄電池を操縦席よりも後方に置いたら、重心が後方に下がりすぎて縦の静安定を維持できなくなるから、必然的にこの位置に置かざるを得ない。

  • 試運転中の「ionBird」 写真 : Rolls-Royce

    試運転中の「ionBird」 写真 : Rolls-Royce

使用するモーターは電圧750Vで動作しており、インバータ制御(ということは交流モーターだ)。出力は500hpというから、換算すると370kWぐらいになるだろうか。これがプロペラを最大2,400rpmで回転させて、速力300mph超を実現するとしている。キロメートルに換算すると約483km/hだから、零式艦上戦闘機21型の最高速度より一割方遅いぐらいとなる。

そこに電力を供給する蓄電池は、6,000個以上のセルを組み合わせた構成となっている。リチウムイオン蓄電池で駆動する電車や潜水艦では、ひとつの蓄電池モジュールでは低い電圧しか得られないので、多数を直列接続して電圧を稼ぎ、さらに並列接続によって容量を稼いでいる。ACCELでも同じことをしているのだろう。

その蓄電池の温度管理が、設計上の最大の課題だという。そこでアクティブ冷却システムを組み込んでおり、冷却液のためのラジエーターを蓄電池の下面に組み込んでいる。航空機に載せるものだから、サイズと重量の制約が厳しいのは当然のことで、そこも開発課題になると思われる。

推進システムの制御はどうなるだろう?

電車だと、モーターは減速ギアを介して車輪につながっており、モーターの回転数を上げたり下げたりすることで速度制御を行っている。変速機はなくて減速比は常に一定だから、モーターの回転数の変動がすなわち、速度の変動となる。ところが飛行機の場合、話が違う。

プロペラの羽根(ブレード)は、推進力を生み出すために、回転面に対して角度がつけられている。なにしろ、角度がなかったら推進力を発生できない。この角度のことをピッチという。

分かりやすいのは固定ピッチプロペラで、常にピッチは一定。ところが、プロペラには「飛行速度が上がると気流に変化が生じて抵抗が減り、回転数が上がる」という性質がある。

一見したところでは良いことのように思えるが、実際には逆で、回転が適切な範囲を超えるところまで上がってしまうと効率が落ちる。翼型やピッチの値に応じて、もっとも効率よく働くことができる回転数は決まっているからだ。

そこでピッチを変えられるようにして、飛行速度が上がっても、プロペラは常に効率の良い回転数を維持する仕組みが考え出された。いわゆる定速プロペラ(または恒速プロペラ)である。第2次世界大戦中の戦闘機は、みんな定速プロペラを使っていた。

そしてACCEL計画の試験機が発揮する予定の速度は、第2次世界大戦中の戦闘機に近い。よって固定ピッチプロペラでは対応できず、定速プロペラが必要になる。油圧ではお守りが面倒だから、ここも電動式だ。

クルマなら「アクセルペダルを踏み込むとエンジンの回転が上がり、車速が上がる」のだが、定速プロペラを使っている飛行機ではやり方が違う。ピッチ制御によってプロペラの回転数を指定して、それに見合った出力を得るためにスロットル・レバーを操作するといった按配。だから、スロットル・レバーとは別にピッチ・コントロールのレバーがある。

ということは。ACCEL計画の試験機でも、単なるモーターの回転の上げ下げではなく、プロペラのピッチ制御を併用しなければならないだろう。もちろん、従来と同様に手作業でやっても良いが、当節ならコンピュータ制御化して「パイロットはレバーで所望の速力を指定するだけで、あとは自動的にピッチ操作とモーターの制御をやってくれる」という方法もアリかもしれない。

  • エアバスは今年9月、水素を動力源とする機体のコンセプトを発表した 写真 : エアバス

    エアバスは今年9月、水素を動力源とする機体のコンセプトを発表した 写真 : エアバス

電動推進の航空機は飛んでも軽くならない

と、ここまで書いたところで気付いたのだが。

燃料を燃やして動力源とするタイプの航空機は、離陸時が最も重く、飛行を続けるにつれて燃料が減るので軽くなっていく。しかし蓄電池を使用する電動式の航空機では、離陸時も着陸時も重量は同じである。ゼロエミッションなのだから当然だ。

ということは当然ながら、「緊急着陸の際には燃料を投棄して軽くする」も成立しない。まさか、蓄電池を投棄して軽くするわけにもいかない。もしかすると。電動式航空機が普及していくと、運用や安全がらみの規定にも何か影響が出てくるのではないか?

余談だが、世の中には「燃料を消費するにつれて重くなる」という不思議なヴィークルもある。それが潜水艦。燃料を消費して、タンクに空きができると海水を入れるのだが、海水は軽油より比重が大きいので、そうなってしまうのだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。