たまたま別件の仕事の関係で、MV-22Bオスプレイの開発過程で発生した4件の事故について、改めて調べる機会があった。それらの事故について、判明した原因と背景事情について見ていくうちに、感じたことがあった。

新たな分野に踏み出すことの難しさ

御存じの通り、V-22オスプレイはティルトローター機である。エアプレーン・モードで水平飛行している時は、ターボプロップ・エンジンで駆動する固定翼機と同じである。しかし、ヘリモードに切り替えると垂直離着陸ができる。その際の動きはヘリコプターと似ている。そして、その両者の間を遷移する、モード変換もある。

  • デモフライトで「四股を踏んでみせる」MV-22Bオスプレイ。お辞儀をしたり、その場でクルリと一回転したり、なんてこともできる 撮影:井上孝司

    デモフライトで「四股を踏んでみせる」MV-22Bオスプレイ。お辞儀をしたり、その場でクルリと一回転したり、なんてこともできる

いい方は悪いがコウモリみたいなもので、V-22は固定翼機なのか、ヘリコプターなのか、それとも新種なのか。結論からいえばパワードリフト機と呼ばれる新種である。だから、ヘリコプターと同じ飛び方ができるからといって、ヘリコプターと同じに扱って良いわけではない。固定翼機としての扱いについてもしかり。

例えば、第60回で取り上げたことがあるオートローテーション。ヘリコプターはメイン・ローター以外に揚力を生み出す手段がないのだから、それがオートローテーションできるかどうかは大問題である。しかし、主翼がついているV-22は、高度があれば主翼が発生する揚力によって滑空できる。一方で、一定の条件下であればオートローテーションもできる。

それをヘリコプターと同じように「オートローテーションの可否」だけで論じるのは適切なんですか? という話を第60回で書いたわけだ。新しいカテゴリーの機体には、それに適した新たな安全対策が求められる。

これは試験や耐空性認証についてもいえることで、固定翼機と同じ試験、ヘリコプターと同じ試験だけやっていれば良いかというと、そういうわけではない。例えば、降下率が過大になったときに揚力を失うボルテックス・リング・ステートは、ヘリコプターでもティルトローター機でも発生するが、発生する条件は違う。

また、ティルトローターというメカニズムそのものが新種である。エンジンが収まっているナセルをまるごと動かすわけだから、その部分の作動機構も、配線・配管も、従来の機体とは運用条件が違う。おまけに、その部分がいかれたら墜落に至るというクリティカルな部分である。したがって、設計・製作に際しても、試験・評価に際しても、新たな取り組みが必要になったし、その過程で事故が起きた。

つまり、これまで実用機が存在していなかったという新たなカテゴリーに踏み出した時は、新たな安全対策、新たな試験・評価項目、新たな基準が必要になるんじゃないかということである。ティルトローター機に限らず、他の形態にもいえることだ。新規な、風変わりなメカニズムだから危険に直結するわけではない。それを設計・製作・試験・評価するための、知見の蓄積がどれだけできているかが問題なのではないか。

まだまだ出てくる新種の飛行機

ボーイングと組んでV-22オスプレイを送り出したベルは、米陸軍のFLRAA(Future Long-Range Assault Aircraft)計画向けに、V-280バローというティルトローター機を提案している。V-22と比べるとティルトローターを実現するためのメカニズムがシンプル化されており、この辺はV-22で苦労した経験が生かされている。

そのV-280と競合しているのが、シコルスキーとボーイングが組んで提案しているSB>1デファイアント。こちらは複合型ヘリコプターに分類される機体。昔からピアセッキ社が研究していたもので、ローター失速の問題を避けて高速巡航を可能にするために考え出された。

本題から外れるので詳しい言及は割愛するが、複合型ヘリコプターもまた、これまであまり例のない「新手の機体」である。これもまた、一般的なヘリコプターとは異なる知見やノウハウが求められるだろうし、試験や認証、安全対策についても同様であろう。

デハビランド・コメットの教訓

新種の機体だけでなく、過去に存在していない、あるいは経験の蓄積が浅い運用環境・運用形態についても、事情は同じである。

デハビランド・コメット旅客機がデビューしてしばらくしてから、空中分解事故を何回か起こした。よく知られているように、機内の与圧に起因する機体構造の金属疲労が原因だが、これはコメットで初めて露見した問題である。そのコメットの事故がきっかけになって、金属疲労とそれへの対策という課題ができた。これは、新たな運用環境・運用形態の機体が出現したことで、新たな知見、新たなノウハウ、新たな安全対策、新たな安全審査が求められるようになったことの一例といえる。

実のところ、コメットより前にも、機内を与圧している大型機はあった。そのポピュラーな例がボーイングB-29だが、この機体では、金属疲労に起因する空中分解が大問題になったことはなかったのだ。

さらにその後、損傷許容設計という話も出てきたが、これもまた、機体構造材の破損事故を調べた結果として導き出された話である。

機体構造に限った話ではない。同じ固定翼機でも、VTOL(Vertical Take-Off and Landing)機やSTOL(Short Take-Off and Landing)機はどうなんですか、という話だって出てくる。

F-35Bは推力偏向ノズル付きのエンジンとリフトファンを組み合わせたLiftSystem(これはロールス・ロイスの登録商標)によってVTOLを可能としている。こういう新種のシステムを使用する機体であれば、入念に、瀬踏みをするようにして試験を積み重ねていかなければならない。その甲斐あって、LiftSystemに起因するF-35Bの重大事故は起きていない。これはすごいことである。

  • ホバリング中のF-35B。これを支えるLiftSystemに起因する大事故は、これまで1件も発生していない 撮影:井上孝司

    ホバリング中のF-35B。これを支えるLiftSystemに起因する大事故は、これまで1件も発生していない

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。