前回は、7月11日に報道公開が行われた、全日空(ANA)の新しい国際線仕様777-300ERのうち、特に目立つポイントとなっているビジネスクラスを取り上げた。今回は、その続きである。といっても、「こんな客室で、こんな設備があります」という話は、すでにいろいろ書かれているから、本稿では視点を変えてみる。

新仕様機導入の背景事情

この新仕様機は、まず8月2日から隔日で、羽田-ロンドン線に導入する。なぜ隔日かというと、まだ機材がそろっていないからであろう。機材がそろえば、デイリー運航になると思われる。

その次の導入路線は未定だが、平子社長によると「次は違う大陸ということで、ニューヨーク線を考えている」とのこと。新仕様の客室は、いわばフラッグシップだから、利用が多い看板路線に入れるのが常識的な考え方だろう。実際にはどうなるだろうか。

新仕様の客室を導入した背景について、平子社長は「現行仕様が登場したのは2010年なので、9年ぶりの刷新になる。さすがにそろそろ古くなってきたし、技術や周辺状況も変わったので」と説明していた。

2010年頃というと、まだ機内Wi-Fiサービスの装備は一般化していなかったし、全体的な設備・サービスの内容・水準にも違いがあっただろう。飛行機に限った話ではないが、接客設備の陳腐化を防ぎ、輸送機関としての魅力を維持するには、客室のリニューアルは欠かせないものになってきている。

なお、新仕様の客室といっても、変わるのはキャビンだけではない。ラバトリーにもギャレーにも手が入っている。全日空の新仕様機では、無地の内装材が一般的なラバトリーの床と壁に柄物を取り入れたり、ギャレーの設備構成が変わって従来は1台だったレンジを2台に増やしたりしている。そのラバトリーの内装は、総合監修を担当された隈研吾氏のこだわりだと聞いた。

  • FSC(Full Service Carrier)では一般的な装備になりつつある、機内Wi-Fiサービス用の衛星通信アンテナ。FSCにおけるアドバンテージの1つ

    FSC(Full Service Carrier)では一般的な装備になりつつある、機内Wi-Fiサービス用の衛星通信アンテナ。FSCにおけるアドバンテージの1つ

  • R1ドアの脇にあるギャレー。従来は1台だったレンジが2台に増えている。カートを搭載していないので、カート収納スペースの中が見えるのは珍しい

  • ラバトリー。御覧の通り、床と壁が柄物になっている

新造機と改造機がある

今回の「新212席」の導入対象は国際線仕様の777-300ERで、機数は12機。報道公開された機体はJA795Aで、これを含めた6機が新造機であり、最初から新仕様で落成している。

たまたま筆者は、民航機の撮影記録を登録記号ごとにまとめているが、それを見てもJA795Aの記録はない。それも道理で、JA795Aはできたてホヤホヤの新造機だった。全日空はボーイングとの間で2014年7月31日に、777-300ER・6機を含む40機の発注を確定しているが、その中の1機である。

全日空は、同じタイミングで777-9Xを20機、そして787-9を14機発注している。777Xは、今すぐデリバリーを始められる状況にはなく、早くても来年以降になるだろう。するとさしあたり、国際線の主力は777-300ERの新仕様機で行くということであろうか。

なお、残り6機は既存機の改造でまかなうことになっている。しかし、機材リプレースとのからみもある。もうすぐ引退する機体に、費用をかけてリニューアルをかけるわけにはいかない。まだ使い続ける若い機材を選んで、リニューアルをかけることになる。

しかし前述のように、客室だけでなくギャレーやラバトリーも仕様が違うので、腰掛だけ取り替えて終わり、とはいかない。事実上、内装をいったんすべて引っぱがして、新仕様の内装を組み込み直すことになる。

その際に、機体構造材をチェックして、もしも傷んでいるところがあれば直さなければならない。全席にAC電源を設置するなど、電気製品の陣容や仕様にも違いがあるから、電気配線の引き直しも必要になるだろう。外見は変わらなくても、実は大改造なのである。

合理化できるところは合理的に

全日空の方と立ち話をしていた時に伺ってビックリしたのだが、実は飛行機の腰掛、目の玉が飛び出るような値段がするものだそうだ。安くはないだろうと思ったが、それほどとは……という数字であった。

それをビジネスクラスで64名分、ファーストクラスで8名分、そしてプレミアムエコノミークラスやエコノミークラスの分まで用意して、しかも内装を引っぱがして取り付け直すのだから、新仕様の客室にリニューアルするのは、実はすごい投資なのである。

もちろん、合理化できるところは合理化している。わかりやすいところだと、プレミアムエコノミークラスとエコノミークラスの腰掛は、787-10で使用しているものと同じだ。これらのクラスは腰掛の数が多いから、共通化のメリットは大きそうだ。(ただし、787-10の方が胴体断面が小さいので、列数が1列少ない)

また、客室は刷新しているが、機体は同じ777-300ERで、既存機との大きな違いはないようである。そうしないと、運航・整備・スペアパーツの在庫といった面の負担が増えてしまう。

ちなみに、

前回に触れた通り、

同じ212席仕様でも、現行仕様と新仕様を比較すると、新仕様のほうがエコノミークラスの定員が増えている。実は、現行仕様のエコノミークラスは2-4-3の9列配置だが、新仕様のエコノミークラスは3-4-3の10列配置という違いがある。

現行仕様と新仕様を比較すると、新仕様ではギャレーがエコノミークラス側にせり出してきている。そのことや、ビジネスクラスにおける若干の定員減を補うための、苦肉の策だろうか。

参照 : ボーイング777-300ER (77W)(全日空Webサイト)

といっても、777クラスの機体だと3-4-3の10列配置は一般的なもので、特別に詰め込み仕様になっているわけではない。筆者が愛用している「SeatGuru」で確認してみたが、同じスターアライアンスのユナイテッド航空でも、777-300ERのエコノミークラスは3-4-3の10列配置だ。

  • 機首の下面には、前方の映像を放映するためのカメラを組み込んだ窓がある。(右上の小さな窓がそれ)

  • プレミアムエコノミークラス右手後方に、通路に沿う形でギャレーがあるのが珍しく感じられた。普通は機体の中心線上に、左右に横断する形で設けるものだ

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。