全日空(ANA)は7月11日、羽田空港内にあるANAエアフレームメンテナンスビルで「新プロダクト」の発表会を行った。これはボーイング777-300ERに導入する、新しい客室やサービスについて明らかにしたものである。

いかにして移動に付加価値を付けるか

飛行機に限ったことではないが、使用する機材が決まればキャパシティは確定する。運航にかかる経費は機材ごとに大体決まってしまうから、そこで売上を計上して利益を確保するには、「客単価を上げる」または「客単価を抑えて数を増やす」という話になる。後者を極限まで追求したのが、いわゆるLCC(Low Cost Carrier)である。

ところが、FSC(Full Service Carrier)では事情が違う。いくらか余分に費用がかかってもいいから、快適性を求めたい、という利用者もいるし、そういう利用者の受け皿にならなければならない。すると、スペースを広めにとって快適性を高めることで、客単価のアップを納得してもらうという選択肢も出てくる。

特に、収益の中核となるビジネスクラスでは、快適性を高めるための競争は激しい。エコノミークラスでも、他社よりも列数を少なくしてまで、快適性を追求している事例があるぐらいだ。

移動になにかしらの付加価値を付けることは、FSCでなければできないことだし、極言すればFSCのレーゾン・デートルといって良いかもしれない。

とはいえ、FSC同士の競争もあるから、スペースに余裕を持たせるといっても程度問題。結局、どこにバランス点を見出すかという話になる。一人一人のスペースを十分に確保しつつ、十分な定員を確保するにはどうするか。

全日空は777-300ERの新仕様で何を工夫したのか?

ということで、本題の全日空の新仕様機である。冒頭でも述べたように、これは国際線で使用するボーイング777-300ERが導入対象だ。

全日空の777-300ERには264席仕様、250席仕様、212席仕様があるが、今回の新仕様は212席仕様。新旧のクラス別定員を比較すると、こうなる。

  212席・現行仕様 212席・新仕様
ファーストクラス 8 8
ビジネスクラス 68 64
プレミアムエコノミークラス 24 24
エコノミークラス 112 116

さて。そこで、全日空のWebサイトで公開されている777-300ERの客室レイアウトを見ていただきたい。

扉と座席の位置関係からすると、ここに載っている図と実機の間に大きな差異はないと考えられる。そこで着目していただきたいのがビジネスクラス。

  • ビジネスクラスの客室。パーティションがまっすぐそそり立つのではなく、少し曲面になっている。この方が開放感がある

新仕様ビジネスクラス 「The Room」 は、従来のビジネスクラスと比較すると、1人当たりのスペースが1.3倍になっているという。しかし、ビジネスクラスに割り当てられたスペースは大して変わっていないのだ。すると、単純に考えればビジネスクラスの定員は68÷1.3≒52名ぐらいになってしまいそうなものだ。しかし実際には64名で、4名の減少にとどめている。いったい、どんなマジックを使ったのか。

ビジネスクラスに見る空間利用の工夫

新仕様のファーストクラスは「The Suite」 と称する。そのファーストクラスも、ビジネスクラスも、列数だけ見れば1-2-1の配置は同じである。個々の席をパーティションで囲み、さらに引戸を設けて「個室感覚」にしているところも、両者共通だ。

当節ではビジネスクラスでも、フルフラットないしはそれに近い体勢をとって寝やすくするとか、どの席からでも通路にダイレクトに出られるといった仕様がスタンダードになっている。

リクライニング角度を大きくとるとともにレッグレストを設置、足を前席の下に入れることでスペースを稼ぐ、ライフラットシートというものもある。前後方向の長さは節約できるが、フルフラットではない分だけ訴求力に劣る。

そこで、今回の新仕様機を見ると、半数の席が後ろ向きになっているのが目を引く。もちろんこれには理由があり、足を伸ばすためのオットマンのスペースを互い違いにしてオーバーラップさせているのだ。席ごとにフルフラット分のスペースを確保するのと比較すると、オーバーラップがある分だけ前後方向の長さを節約できる。

だから、どの席でも前方右側に、向かい側の席のオットマンが突き出ている。前後の席でオーバーラップさせるところはライフラットシートと似ているが、上下ではなく左右のオーバーラップだから、フルフラットを実現できる。

それに対して、ファーストクラスは全席が前向きで、フルフラットにしたときの所要長が、すなわち前後方向の占有スペースである。つまり、ファーストクラスとビジネスクラスは、前後方向の空間利用や、個人用画面のサイズなどで差をつけている。

  • フルフラットにしたときに足を入れるための穴が、足下の前方に空いている(ANAだけに)。要するにオットマンである

  • 向かい合わせになっている席の境界部分を上から見ると、互い違いにオットマンのスペースが突き出ている様子がわかる

メジャーで測ってみたわけではないが、オットマンの突出部は30cmぐらいあるだろうか。その上の部分は物を置くためのスペースとして使えるので、無駄にはしていない。

仮に突出部が30cmとすると、オーバーラップ部の長さは合計で60cmになり、その分だけ前後方向のスペースを節約できる。例えば、席番#7~#16で10列(5対)の席があるから、大雑把に計算すると、60cm×5対=3mは節約できる計算で、その分だけ定員が増える。

それでいて、フルフラットは維持しているし、1人当たりのスペースを拡げているのだからアイデア賞ものである。

その配置の関係で、ビジネスクラスは腰から下の部分で実効幅が減っていて、そこがファーストクラスとの差になっている。ファーストクラスだと、1つの区画でテーブルを挟んで2人が向かい合わせに座ることもできるが、ビジネスクラスでは不可能。

一人一人のスペースは、前方が狭くなった五角形なのだ。しかし、上半身と比べると下半身のほうが、左右の腕がない分だけ幅が狭い。だから、腰から下の部分の幅がいくらか狭くなったところで、さほど困ることはないと思われる。広さを体感するのは腰より上の部分であろうし、そこはファーストクラス並みに広い。

ちなみにこのビジネスクラス、席ごとに設けている個別照明が複数ある。何が違うのかというと色温度で、「読書に向いた白色」と「食事が美味しく見える電球色」だそうだ。もちろん、デバイスはLEDだが。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。