前回に述べたように、軍用機、なかんずく艦上運用を行う機体では、駐機スペースを節約するために主翼の折り畳み機構が半ば必須になっている。旅客機はそんなことはなかったが、近年はアスペクト比が大きく、翼幅が広い機体が増えてきたので、事情が変わってきた。

777Xは主翼端を折り畳む

そんな機体の1つが、本連載の第112回で言及したことがあるボーイング777の新モデル「777X」。現行の777も、長距離国際線用のモデルではレイクド・ウィングチップを取り付けている分だけ翼幅が広がっているが、777Xではさらに長くなる。

  • ボーイング777X 写真:ボーイング

しかし、空港のスポットの間隔は変えられないし、777Xのためにスポットを作り直してください、というわけにもいかない。したがって、777Xでは翼端の折り畳み機構を取り入れることにした。

とはいっても、空母搭載機とは動機が違うから、前回に取り上げたグラマンの艦載機みたいに、「折り畳み時の幅が小さければ小さいほどよろしい」という話にはならない。要は、空港のスポットで隣の機体にぶつからない程度の幅、現行777と同程度の幅にまで縮められればよいのである。

そこで777Xでは、翼端12フィート(約3.66m)だけを折り畳むことにした。ボーイング社がYouTubeに777Xの概要説明動画をアップロードしており、そこに翼端折り畳み機構に関する説明も出てくる。

もちろん、ロングスパンになったからといって、その分だけ重くなってしまったのでは具合が悪い。そこは複合材料の活用などで対処している。

折り畳んだ状態を見るとウィングレットのようにも見えるが、無論、間違って折り畳んだまま飛び立ってしまうことがないように対策がなされているのだろう。その昔、間違って主翼を畳んだ状態のまま飛び立ってしまった艦上戦闘機があったそうだが。

ただ、777Xは「スポットで隣の機体にぶつからないようにする」という目的で翼端を折り畳むわけだから、スポットにいるうちに翼端を展開するわけにはいかない。スポットに入る時はすでに翼端を折り畳んでいなければならないし、スポットから出た後でなければ翼端を展開することはできないと思われる。

出た後で展開するほうは難しくなさそうだ。旅客機がエンジンをかけるのはプッシュバックによってスポットから出た後だから、そこでエンジン始動と併せて翼端を展開すればいい。それと比べると、折り畳むタイミングのほうが難しい。

手動操作に任せるならともかく、翼端を自動的に折り畳む、あるいは翼端を展開したままスポットに入らないようにする安全装置を実現しようとすると、何らかの方法で「これからスポットに入ります」ということを機体側が知る必要がある。

それであれば、着陸して逆噴射やスポイラーで減速するプロセスが終わり、低速でのタキシングに移る段階で翼端を畳んでしまうのが確実かもしれない。実際にはどうなるだろうか。実機が登場して初飛行の模様を撮影した動画が出回れば、わかるかもしれない。

自動か、手動か

厳しい訓練を受けているパイロットを信頼していないわけではないが、過去に「必須の手動操作」を忘れて墜落事故に至った事例がある、とは指摘しておきたい。本題であるハンドリングの話からは外れるが、話の流れ上ということで御容赦いただきたく。

それが、ボーイング747の前縁フラップ。これはいわゆるクラシック747(-100/-200/-300シリーズ)の話なので、-400や-8では違いがある可能性が高い点を念頭に置いていただきたい。

クラシック747のシステムでは、後縁フラップは油圧で作動するが、前縁フラップはエンジンからの抽気を利用する空気圧作動だった。ややこしいことに、エンジンが停止していても前縁フラップを作動させることができるように、APU(Auxiliary Power Unit)からの抽気も使える仕組みになっている。APUも実態はガスタービン・エンジンだから、圧縮機から高圧の空気を取り出すことができる。

つまり前縁フラップの作動機構にはAPUからの高圧空気系統とエンジンからの高圧空気系統の両方が来ていて、両者が合流するところにバルブがある。

通常の操作の流れとしては、まずAPUを始動して、そこから得られる圧縮空気でエンジンを始動する。するとエンジンから抽気が得られるようになるので、それを使って前縁フラップを降ろす。

ところが構造上の問題から、問題のバルブをエンジン始動後に、「手動で」開く必要があった。それで初めて、エンジンからの抽気を使って前縁フラップを降ろすことができる。

その「手動で」開く操作を忘れた結果、前縁フラップが出ていない状態で離陸滑走を始めてしまい、墜落に至った事故事例がある。それが、1974年11月20日にケニアのナイロビ空港で発生した、ルフトハンザ航空の747の墜落事故である。

「手動で」開く必要があるというだけでも問題だが、前縁フラップの警告灯が「完全に降りている時は青、途中まで降りている時はアンバー、引っ込んでいる時は何も点かない」という形だった点が問題ではないか、との指摘もあった。前縁フラップが出ていないと離陸が危うくなるのだから、それを知らせるためには赤ランプが点くべきだというわけ。

しかしそうすると、巡航中は常に赤ランプが点きっぱなしになってしまう。それで前記のような仕様になったわけだ。「離着陸時と巡航時を区別して警告の挙動を変えられれば」と思うし、今のコンピュータ制御の機体なら実現しやすそうではある。

ただ、根本的には「手動で」バルブを開かないといけないところに問題があったのではないだろうか。そう考えたのか、同じクラシック747でも、手動でバルブを開く操作を必要としない構造にしていたエアラインもあるのだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。