科学技術振興機構(JST)は3月30日、副作用の少ないネコ用の腎性貧血治療薬の開発を進めていたプロジェクト、研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)実用化挑戦タイプ(委託開発)の開発課題「遺伝子組み換え鶏技術により生産する貧血治療薬」の開発結果を成功と認定したと発表した。

同開発課題は、愛知工業大学 工学部の飯島信司教授(開発当時:名古屋大学教授)らの研究成果をもとに、2011年11月から2019年9月にかけてカネカに委託し、同社のバイオテクノロジー研究所にて事業化開発を進めていたものである。

ネコはイヌと並んでヒトとのつき合いのとても長い人気ペットの双璧だ。日本国内においては、ネコの飼育頭数は増加傾向にある。現在では約900万頭と推計されており、かつその平均寿命は年々伸びているとされ、2018年時点の飼いネコの平均寿命は約15歳とされている。

ネコの年齢をヒトに換算するときは、平均して(個体差があるため)最初の2年で24歳、3年目からは1年に4歳ずつ加齢することから、「24+(ネコの実年齢-2)×4」という公式で導かれる。つまり、15歳はヒトの年齢でいえば76歳ということで高齢者に位置づけられる。

ヒトも70歳を過ぎてくれば、どこかしら調子が悪くなってくるものだが、ネコも同様で、一般に15歳以上ともなってくると、3頭に1頭は慢性腎不全を発症するといわれている。腎不全になると、赤血球の産生を促進するホルモンである「エリスロポエチン」(EPO)の分泌が低下し、結果として造血が低下。そのため慢性腎臓病に罹患すると、腎性貧血と呼ばれる貧血症状を引き起こしてしまう。

獣医療ではこれまで、重症化した腎性貧血の治療には、ヒトのEPOを用いた貧血治療薬しか選択肢がなかった。しかしネコにとって異種タンパク質であることから、ヒトEPOを長期にわたって投与し続けると、体内に抗体が作られるようになる。その結果、薬効の低下やアレルギー反応といった副作用を引き起こしてしまうことが知られていた。そこで、副作用が少なく、ネコや飼い主の負担を軽減できるネコ用腎性貧血治療薬が求められていたのである。

飯島教授が名大在籍時に開発したのが、遺伝子組み換えニワトリ作成技術を用いたネコEPOの生産方法だ。カネカは、同生産方法と、「ポリエチレングリコール(PEG)化修飾」を含めたネコEPO製剤の製造プロセスを確立した。

今回開発された新技術は、ネコEPO発現遺伝子を組み込んだウイルスベクター(無害化されたウイルスの運び屋)を、マイクロインジェクションにより有精卵のニワトリ胚へ注入することで遺伝子組み換えニワトリを作製し、卵白中にネコEPOを生産させる能力を持たせるというものである。

それまで、卵を含めたニワトリの全身にネコEPOを発現させる遺伝子プロモーターを用いた技術があったが、それだとニワトリへの負担が大きく、ネコEPOの生産性が低下するという問題があった。

そこで今回の新技術では、卵白を作る輸卵管への特異性がより高い遺伝子プロモーターが用いられた。それにより、ヒヨコの孵化率と死亡率が改善され、遺伝子組み換えニワトリの作製効率は約5倍に向上した。

  • ネコEPO

    遺伝子組み換えニワトリの作製プロセス。卵白を作る輸卵管への特異性がより高いプロモーターを用いることで、ヒヨコの孵化率と死亡率が改善され、遺伝子組み換えニワトリの作製効率は約5倍に向上する (出所:JSTプレスリリースPDF)

さらに精製したネコEPOには、無毒性かつ非免疫原性の高分子であるPEGによる修飾が行われた。PEG化修飾が行われると、血中滞留時間の延長、疎水性薬物の水溶化、免疫原性や抗原性の現象といった効果が得られる。つまり、PEG化されたネコEPOは、未修飾のネコEPOと比べて薬効時感が長くなるため、月に2回程度の投薬回数で済むようになる。その結果、ネコの身体的負担軽減はもちろん、飼い主の経済的負担の軽減にもつながることになる。

開発されたPEG化ネコEPO製剤を被験薬として、製造販売承認申請に必要な各種試験および60例の治験が実施された。その結果、被験薬投与開始後8周目と12周目の両時点において、血中の赤血球の割合を示す「ヘマトクリット値」が基準値(正常値)以上に達した症例は22例(達成率36.7%)と、血中の赤血球が有意に増加したことが確認され、PEG化ネコEPO製剤の有効性が確認された。

  • ネコEPO

    治験結果例(PEG化ネコEPO投与後のヘマトクリット値の変化)。FAS集団とは全適格例のうち、用法・用量によらず、被験薬を一度でも投薬された全症例のこと。そしてPPS集団とは、FAS集団のうち、治験実施計画書に適合してから0~12週目の治療期を完遂した全症例のことである (出所:JSTプレスリリースPDF)

これまでのヒトEPO製剤では、副作用のために長期間の反復投与を行えず、腎性貧血の末期に数回しか投与することしかできなかった。しかし今回開発されたPEG化ネコEPO製剤は副作用が少ないことから、貧血の初期症状段階から継続してネコへの投与が可能になるという。貧血による食欲低下や活力喪失などの症状が改善され、ネコと飼い主への負担の軽減およびQOLの向上が期待できるとしている。

なお、カネカは今回の開発成果を国内動物用医薬品企業にライセンスアウトし、製品の製造・販売はライセンス先の企業によって行われることになるという。