前編では、当事者署名型と事業者署名型の2つの電子署名方式について、さらには事業者署名型の電子署名サービスの有効要件について解説しました。後編となる本稿では、電子署名サービスを利用した電子契約に移行する際に生じる実務運用上の課題と解決策について考察します。

なお、前編に引き続き、弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所の藤井総代表弁護士の監修のもとに作成しています。

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電子署名でも署名代理が可能か

紙文書による契約から電子契約に移行する際に、実務上の課題の1つとなるのが署名代理(押印代理)です。一般的なビジネスの現場では、取引の数や頻度によって、すべての契約書に代表者自らが押印することが現実的に難しい場合があります。

そのため、ビジネスをスムーズに進めていく上で、代表者の意思にもとづいて代表者以外の従業員が代理で押印する、または代表者から委任を受けた従業員が自らの名義で契約を締結する、といった運用が実務上行われています。

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それでは、電子契約における署名代理については、どのように理解して実務上の運用を行っていけばよいのでしょうか。電子署名法第3条には「本人による電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定する」(一部抜粋)と明記されており、契約の名義人以外が代理で電子署名を行うことは認められていません。

しかし、電子署名においても紙文書の契約書と同様に会社法と判例によって、代表者からの委任状をもって委任を受けた従業員による署名は有効であると解釈するのが妥当だと考えられます。

また、雇用契約における人事部長や販売契約における営業部長など、特定の事項における職務上の権限を委譲されていると客観的に認められる従業員は、代表者の委任状がなくても当該従業員における契約が有効に成立すると考えて問題ありません。これも紙文書による契約の場合と同様です。

電子契約への移行を検討する際、署名代理ができないために代表者に作業が集中してしまわないかという不安から導入を躊躇する企業もあるようですが、電子署名における署名代理についての正しい理解と組織内の権限委譲を明確にすることで、紙での契約と同等の運用性を保つことが可能です。

取引先が電子契約を受け入れてくれない

電子署名サービスを導入したお客様から少なからず耳にするのが、取引相手の電子契約に対する理解が進んでおらず、慣れた紙文書での契約プロセスを変更することへの拒否反応や電子署名の有効性に対する不安から、電子契約が受け入れられないケースです。

電子契約や電子署名には食わず嫌いのような面があるのも事実です。取引先と丁寧にコミュニケーションを取り、徐々に理解を深めてもらう努力を怠らなければ、必ずそのメリットを見出してもらえるはずです。

そこで、取引先と反復して契約を行うことが想定される取引の場合は、まずはこれまで通り紙文書で基本契約書を作成し、その中に今後の個別契約は「電子契約で行う」という旨を明記し、少しずつ電子署名の有効性についての理解を図っていくことも1つの方法です。

また、基本契約書において電子契約が標準の契約形態であることを明記しておけば、その後の契約において、わざわざ電子署名法や政府見解を引用することなくスムーズに電子署名による契約を進め、無用なビジネスの停滞を防ぐことができます。

実印相当の効力をさらに追求した電子署名の運用方法

前編で解説したとおり、事業者署名型の電子署名サービスについては、2020年7月および9月に総務省、法務省、経済産業省の連名で「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」(7月発表9月発表)と題する文書で電子署名法2条1項ならびに3条における事業者署名型に関する公式の見解が発表されました。

これらの文書では、事業者署名型の電子署名であってもSMSなどで2要素認証といった一定の要件を満たせば電子署名法が適用され、その電子文書は本人が本人の意思で作成したということが推定されるという法的な効果が生じることが明らかになりました。

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しかし、それでも電子署名に対して懐疑的であったり、その信頼性や安全性に不安を感じていたりする場合には、実印と印鑑証明書による紙文書の契約に倣ったプロセスで電子契約を進めることで、そうした懸念を払拭することができるかもしれません。

実印と印鑑証明書を用いた契約のプロセスは、そもそも印鑑の登録、印鑑カードの発行、印鑑証明書の発行に至るまで、本人もしくは正式に委任を受けた人でないとできないため、契約書に押印された印影と登録された印鑑が一致することで真正性が担保されます。

そこで、このプロセスと同等の方法を電子署名に取り入れた1つのアイデアをご紹介します。電子署名サービスによる電子契約の合意のプロセスにおいて通常はSMSなどで送付するワンタイムパスワードを、写真付きの公的証明書によって本人確認を行う本人限定受取という郵便サービスを使って送付する方法です。

ワンタイムパスワードの受け渡しをさらに強固で確実な方法によって行うことで、重要な契約において十分な水準の固有性が確保されると同時に、署名者と作成名義人が一致していることを主張することが可能になります。ワンタイムパスワードを郵送する手間と時間は要しますが、電子署名に対する不安を払拭する有効な運用方法ではないかと考えています。

また、テレワーク環境が整った取引相手の場合は、オンライン会議システムを用いて契約締結権限者と面談し、口頭でワンタイムパスワードを伝えてその場で署名する方法も有効です。オンライン会議での契約締結の様子を録画しておけば、万が一のトラブルの際は確実な証拠にもなります。

今だからこそ、電子契約への本格的な移行のチャンス

事業者署名型の電子署名サービスに対する国の新たな見解、最新のクラウド技術を駆使した利便性の高い電子署名サービスの登場、本格的なテレワーク環境構築に対するニーズの高まりが相まって、今まさに官民が一体となった「脱ハンコ」への大きなムーブメントが起きています。

電子署名による電子契約の導入は、押印作業に要する時間と場所の縛りを解き、印紙や郵送など様々なコストを削減することができます。さらに、契約プロセスの抜本的な見直しを通じて、経営改革やデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する1つのきっかけになるかもしれません。

さまざまな困難が立ちはだかる今だからこそ、電子署名を活用して業務改善を進める大きなチャンスだと言えるのではないでしょうか。