国立天文台などの国際研究チームは2021年2月20日、太陽観測ロケット「CLASP2」実験と太陽観測衛星「ひので」の観測から、太陽表面からコロナ直下に至る磁場構造を、世界で初めて明らかにすることに成功したと発表した。

太陽は表面よりも、その上層にある彩層、さらにその上層に広がるコロナのほうが温度がはるかに高いことが知られているが、その仕組みはわかっていない。これは「彩層・コロナ加熱問題」と呼ばれ、太陽物理学最大の謎とされる。

研究チームでは、今回の成果によってその解明に一歩近づくとともに、より進んだ観測などにより、今後も太陽大気の加熱の謎に挑み続けるとしている。

この研究成果は、19日付けで米国の科学雑誌『Science Advances』に掲載された。

  • 太陽観測ロケットCLASP2

    太陽の表面から彩層上部にわたる磁場の変化の模式図。磁力線(緑色)が、表面ですぼまり彩層で広がっている様子を表している (C) 国立天文台

太陽観測ロケットと衛星により太陽表面からコロナ直下に至る磁場構造を明らかに

太陽の温度は、表面が6000度、その上層大気である彩層が1万度、さらに上層の大気のコロナが100万度となっており、中心にエネルギー源があるにもかかわらず、表面よりも外側に広がる大気のほうが高温になっていることが知られている。

しかし、なぜこのような現象が起こっているのか、その仕組みはわかっていない。とくに、彩層はコロナより密度が高く、コロナを加熱・維持するよりも多くのエネルギーが必要であることが知られているが、その仕組みも謎に包まれている。これを「彩層・コロナ加熱問題」と呼び、太陽物理学最大の謎とされる。

この問題をめぐっては、観測と理論の両面からさまざまな研究が活発に行われており、現在では彩層が重要な役割を果たしていると考えられている。しかし、加熱に必要な大気の運動やエネルギー輸送の担い手である「磁場」の、彩層での様子はこれまでほとんど明らかになっておらず、その理解を阻む大きな障壁となっていた。

彩層での磁場の様子を探るには、「紫外線による偏光観測」が有望だが、紫外線は地球大気に吸収されるため宇宙からの観測が必要であること、観測装置の開発が難しいことから、長い間実現できなかったのである。

そんな中、国立天文台の研究者をはじめとした国際研究チームは、太陽観測装置「CLASP2 (Chromospheric LAyer Spectro-Polarimeter)」を開発。2019年4月に、米国の観測ロケットによって打ち上げ、紫外線偏光観測を実施した。その結果、強い磁場が集まる太陽表面の活動領域の観測から複数のスペクトル線が得られ、そのデータをもとに、彩層の底部から最上部にわたる連続した磁場情報を得ることができたという。

さらに、日本が中心となって運用している太陽観測衛星「ひので」でも同じ活動領域を同時に観測し、太陽表面の磁場の情報を取得した。

  • 太陽観測ロケットCLASP2

    今回の研究で用いられた観測データ。CLASP2は緑実線で示されたスリットの位置での偏光スペクトル(右側の上下のパネル) を得た。スリットを当てていた位置とその周辺の太陽彩層の様子は、CLASP2に同じく搭載された撮像カメラ(SJ)で示されている(左上のパネル)。太陽表面磁場の詳細は、ひので衛星に搭載された可視光磁場望遠鏡から得られた(左下のパネル)。白黒がN極、 S極で磁場の強いところを表している。背景は、SDO衛星で観測された太陽彩層の全面像 (C) 国立天文台, IAC, NASA/MSFC, IAS

そして研究チームは、このCLASP2と「ひので」の観測結果を組み合わせることで、太陽表面から彩層底部、彩層中部、そしてコロナ直下の彩層最上部に至る活動領域の磁場の様子を明らかにすることに成功した。

太陽表面ではキュッとすぼまったチューブ状の「磁束管」が、互いに少しずつ離れて分布している一方、彩層では、その振る舞いは大きく異なり、太陽表面に比べて急激に磁場強度が弱まること、彩層の中でも上空に行くに従って徐々に磁場が弱くなっていること、太陽表面で磁場が弱い場所でも彩層では比較的強い磁場が存在することが判明した。

研究チームは「これらのことから、磁束管が彩層で急激に膨張し互いにひしめき合うという、これまで太陽研究者が想像するも、その証拠が得られなかった彩層磁場の様子が初めて観測から明らかになったのです」としている。

さらに、電離マグネシウム線の強度スペクトルから彩層上部のエネルギー密度(電子密度と温度の積)を求めたところ、彩層最上部の磁場と非常に高い相関が得られたという。これは、彩層加熱が磁場起因であること、さらにはその加熱機構に迫る上で太陽表面の磁場情報では不十分であり、彩層上部での磁場測定が必須であることを明瞭に示したとしている。

  • 太陽観測ロケットCLASP2

    太陽表面からコロナ直下に至る磁場分布。CLASP2のスリットに沿った各高さで゛の磁場強度を示している (C) 国立天文台, IAC, NASA/MSFC, IAS.

研究チームは「今後、CLASP2で明らかになった太陽表面からコロナへつながる磁束管の姿を元に、磁場がどのようにして太陽大気層を結合させているのか、異なる大気層間でどのようにエネルギーが伝達されていくのかといった研究が進んでいくと期待されます」と、今後への抱負を語っている。

研究チームは現在、パラシュートで回収したCLASP2観測装置をふたたび活用する新たな観測計画を計画している。この計画は「CLASP2.1」と呼ばれ、CLASP2ではスリットを固定して行い、スリットに沿った磁場情報を取得したものの、CLASP2.1ではスリットを少しずつ横に動かすことで、空間2次元と高さを合わせた3次元の磁場マップの取得を目的としているという。

またCLASP2以外にも、気球実験「SUNRISE-3」や、ハワイで科学観測が始まりつつある巨大太陽望遠鏡ダニエル・K・イノウエ太陽望遠鏡(DKIST)など、世界中のさまざまな観測装置での彩層磁場観測への挑戦が行われようとしている。

さらに、日本が中心となって欧米と開発を進めている次期太陽観測衛星「Solar-C (EUVST)」では、彩層~コロナの温度、ダイナミクスの詳細な観測により加熱の現場を捉えることを目指している。

研究チームは「太陽物理学者は、ありとあらゆる手段と機会を結集させて、太陽物理学最大の謎『彩層・コロナ加熱問題』に取り組んでいきます」と締めくくっている。

  • 太陽観測ロケットCLASP2

    2019年4月12日に行われた、太陽観測ロケットCLASP2の打ち上げの様子 (C) US Army Photo, White Sands Missile Range via 国立天文台

参考文献

太陽表面からコロナ直下に迫る-太陽観測ロケット実験CLASP2が測定した太陽大気の磁場 | 国立天文台(NAOJ)
太陽表面からコロナ直下に迫る―太陽観測ロケット実験CLASP2が測定した太陽大気の磁場 | 科学衛星「ひので」
Mapping solar magnetic fields from the photosphere to the base of the corona | Science Advances
太陽観測ロケットCLASP2 打ち上げ成功 | 国立天文台(NAOJ)