旅行や出張の際の宿泊予約や、家族や恋人との大切な旅行をする際のツアー予約など、旅行予約とインターネットはもはや切っても切れない関係になっている。国内最大手の旅行会社JTBは業界内ではいち早く1998年から本格的なインターネット販売を開始し、現在も多くの顧客から支持を受けているが、同社ではデータをどのように活用してデジタルマーケティングを展開しているのだろうか。JTB Web販売部 データサイエンスセントラル統括の福田晃仁氏に話を伺った。

  • JTB Web販売部 データサイエンスセントラル統括の福田晃仁氏

データから、顧客のコンテクストを読み解く

まずは、データサイエンスセントラルという組織がどういうものかまとめておこう。同組織は、トレジャーデータのArm Treasure Data CDPをベースに開発したデータ基盤を中心としたデータの統合管理、そのデータを活用した顧客分析、そしてその分析を基にした具体的なマーケティング施策のプランニングと実行いう循環をひとつの組織のなかで回していくというもので、福田氏によると2018年4月に立ち上がったのだという。

「データ分析は従来からやっていましたが、社内のさまざまなデータを収集・集計するところまでで留まっており、データの抽出と集計しかできていませんでした。しっかりとした顧客理解の仕組みを構築する組織を作ろうと、データベース基盤から顧客分析、エグゼキューションをひとまとめにしたデータサイエンスセントラルを発足させました。業界で最大級の宿泊在庫量を保有し、深く広いマーケットをターゲットにしているJTBとして、どのようなOne to Oneコミュニケーションがふさわしいのか、今まさに模索しているところです」(福田氏)

  • データサイエンスセントラルの組織図

このデータサイエンスセントラルは、顧客のカスタマージャーニーだけに注目しているのではなく、顧客の構造を理解するという点が大きな特徴だ。一般的にBtoCにおけるデータマーケティングは、接触したタッチポイントなどから興味関心を紐解き、購買に至る検討過程を分析することでカスタマージャーニーにおけるコミュニケーションのヒントを探し出す。しかし、JTBでは膨大なデータの中から顧客の旅行に対する意識や嗜好性を発見し、顧客の特徴を体系的に理解することを大きな目的としている。膨大な量のトランザクションの中から、特徴的な顧客の「コンテクスト」を見つけ出す作業だ。

例えば、ハワイ旅行に関心のある顧客に対してコミュニケーションを行うとしよう。

一般的なデジタルマーケティングでは、ハワイの旅行に興味のある人はどのような属性なのか、どのようなメディアに接触をしているのかをデータから見つけ出し、アプローチを考える。しかしJTBでは、「ハワイに行きたい人でも、人によってニーズが異なる」という発想のもと、顧客を分析する。結果的に、ハワイ旅行初心者は「オーシャンビューのホテルがいい」というニーズが目立ち、熟練旅行者は「アクティビティへのアクセスを重視したい」というニーズが際立つ。属性に関係なく、異なるニーズによってコミュニケーションの文脈を変えて、顧客と向き合おうとしているのだ。

「年代や属性で切っても意味がなく、求められる旅行の質でセグメンテーションしたいと思っています」(福田氏)

福田氏によると、こうしたデータ分析ではデータを単純に数学的に読み解くのではなく、データの向こう側にあるストーリーを想像するという作業が重要なのだという。データサイエンスセントラルでも、そうした点を重視したチーム作りを心掛けているという。

「数字を見てしまうとそれに囚われ、テクニカルにものを見ようとする人もいますが、データの向こう側を想像して理解・解釈するというワークが得意な人材を集めたら、意図せず女性が各セクションのリーダーになりました」(福田氏)

マーケティングのデータ基盤から全社的なデータ活用へ

では、具体的にJTBのデータサイエンスセントラルはどのようにデータの利活用を行っているのか。まずはデータ基盤から伺った。

福田氏は、中核となるデータ基盤にArm Treasure Data CDPを採用した背景について、「プライベートなデータ基盤としてコントロールでき、さまざまなコネクタを使い他社のデータ基盤と接続できるというプラットフォームとしての中立性と、北米基準で動くビジネスのスピード感を重視して採用しました」と語っている。

そして開発したデータ基盤に、顧客データ、商材マスター、売上データ、サブテーブル、外部データ、2nd Party、ウェブログなどさまざまなデータを統合している。JTBの基幹データはサーバーにして14機分もあり、それらをとりまとめるという作業からスタートしたという。

「昨今では、個人情報・プライバシーの規制が強化されるなか、データ活用計画について、法対応にのっとった設計が必要になってきています」(福田氏)

そして、データサイエンスセントラル発足当初から、オンライン戦略を優先しているためネット販売関係のデータのみを扱っていたが、最近では実店舗のデータ、旅行雑誌「るるぶ」を発行するJTBパブリッシングや旅行土産のECサイトを運営するJTB商事をはじめ、グループ170社のデータの取り込みも検討を始めているという。

「将来的にはオンライン、オフラインも含めて全社的なデータ基盤にしようと思っています」(福田氏)

  • 現在のJTBのデータ基盤構成図

集約したデータをどう読むか、その「視座」が最も重要になる

こうして収集したデータを基に、データサイエンスセントラルではクロス集計かデータの特異点を見つけ出し、フィルタリングすることで特徴的な顧客のセグメントを探し出しているという。

福田氏は、「そこで必要なのは“どんな切り口でデータを見るか”という視点・視座です。クロス集計の仕方によって組み合わせは数千万通りにもなります。データの向こう側で何が起きているかという視点を作らなければ、この数千万通りの切り口に翻弄されてしまいます」と語る。

つまり、データの特徴から「こういうコンテクストをもった顧客がいるのではないか」という仮説を立てる洞察力が求められるのだ。

「このコンテクストを見つけ出す視点を体系化できたら世界中のマーケティングが楽になるでしょう。でもそれができない。人の視座、視点は教育と経験から生み出されるものであり、AIには真似できないことではないでしょうか」(福田氏)

こうして、社内のマーケターが発見したセグメントにはひとつずつ名前が付けられ、その数は現在260以上。最終的には300個程度の顧客セグメントを作り出そうしているという。

「あえて、セグメントのネーミングはキャッチーにしています。社内コミュニケーションにおける顧客の特徴理解のアイコンにしたかった」と福田氏は語る。

「300の顧客セグメントを立体的に可視化し、それによって、どこに軸を置くと収益に貢献できるか=経営指標を考えられます。顧客を立体的に理解しながら収益ヘルスチェックの観点では15くらいにマージしていくことで、企業全体の経営戦略、ブランディングにもつなげたいと思っています」(福田氏)

  • データ理解によって生まれたセグメントは「カード」になり共有される

例えば、各駅停車の東海道新幹線「こだま」に乗って京都を旅行する若年層の旅行者は「ぷらっとこだまでいまっぽ京都」というセグメント名が与えられている。「こだま」は「のぞみ」と比較して時間が掛かるが電車賃が安いという特徴があり、浮いた資金を活かせる京都でのアクティビティを提案しようというのが、このセグメントのアプローチになるという。

もちろん、「こだま」に乗って京都を旅する旅行者が全員「京都でアクティビティを楽しむためにお金を節約したい」と思っているわけではない。それを裏付けるデータもないだろう。しかし、データを解釈することによって「こういう人が多いのではないか」という仮説を見立てて、セグメントを考えるのが、データサイエンスセントラルのアプローチの大きな特徴だ。

「データを解釈すると、『これは絶対にありえない』『これはセグメントを決定づけるフラグになる』という特異点が見えてきます。データにすべての根拠を持たせるのではなくデータから利用者の文脈を読み解くこと、仮説と洞察をもとにデータ分析ができる人がJTBにとって『データサイエンティスト』だと定義しています」(福田氏)

データの奴隷にならない、データマーケティング

データ基盤を構築してさまざまなデータを集約し、それを分析してマーケティングに活用するというデータマーケティングのムードが高まっているなか、福田氏は今だからこそ「“マーケティング=顧客を創造することとは何か”という、マーケティングの初心に帰ることを意識しています」と語る。

「デジタルマーケティングはさまざまなものごとの数値化、定量化が可能になったことで、マーケターは数にこだわりすぎるようになりました。クリックスルー、リターゲティング効果など、顧客の特徴を数で換算したくなります。しかし、マーケティングは顧客の特徴を理解することから始まるのではないでしょうか。例えば、年代などの属性でのセグメンテーションは、セグメンテーションではなくマーケットを限定しただけに過ぎず、顧客を理解するとは、顧客のニーズや嗜好性から見立てを立てることではないでしょうか」(福田氏)

  • 「データマーケティングはクリエイティブな仕事」と話す福田氏

加えて福田氏は、データマーケティングは「実はとてもクリエイティブな仕事だ」とも語る。

「セグメンテーションとは数字を囲うことではなく、顧客の見立て=顧客の感覚、理由、モチベーションをデータのなかから探し出すことであり、これがマーケットを作ることにつながると考えています。マーケターには、データを解析するスキルではなく、解釈するセンスが求められるのではないでしょうか」(福田氏)

福田氏によると、同社では顧客行動や販売見込みを予測するための一般的な数学的統計解析も重視しながら、データの中からコンテクストを読み解く質的なデータ分析を推進し、顧客理解をさらに深めていきたい考えだ。最後に福田氏は、データ解析とセンスの関係について次のように語った。

「我々が行っているのは、マーケターの感覚、センスを数字で読み解こうとしている作業。数学的にデータを見るのではなく、データで顧客の感性を探し出す作業だと言えます。300というセグメントも正解ではなく、担当者が変われば違う300が生まれるかもしれないというのが、また面白いのではないでしょうか。クリエイティブに使うデータ戦略も重要であり、それこそが顧客を理解するマーケティングという仕事だと考えています」(福田氏)