マーケティングやCRMに顧客とのコミュニケーションが生み出すデータを活用し、どのように事業の変革や成長を行うのかは、あらゆる分野における企業の課題だ。こうしたデジタルトランスフォーメーション(DX)の分野をリードしてきたトレジャーデータは、同社が開催したセミナー「PLAZMA 2020 KANDA」においては、マーケティングディレクターである堀内健后氏と、同エバンジェリストの若原強氏が「ユーザー400社を横串して見えたDXの本質」と題したキーノート講演を行った。
DXプロジェクト成功のための7要素
講演では、DXに取り組むことも一つの「プロジェクト」と捉えた上で、コンサルティングファームが提唱している「プロジェクト成功のための7要素」をもとに、企業の導入事例や「PLAZMA 2020 KANDA」の他の講演者の話などを交えてDXを推進する上での課題などについて両名が語り合った。
「プロジェクト成功のための7要素」とは以下の7つだ。
<進め方>
・スコープは適切に定められているか
・作業スケジュールは現実的か
<人>
・ステークホルダーのコミットは得られているか
・チームは機能しているか
<ゴール>
・顧客への価値は認められているか
・自社の利益は十分に得られるか
・リスクはヘッジできているか
2人が最初に取り上げたのが「スコープ」と「ゴール」だ。例えば、企業がデータを活用して新しいビジネスを生み出したいとする。その際に、「顧客に有益な価値に変換してビジネスにする必要がある」と堀内氏、若原氏は指摘する。
「顧客にとって価値が明確でなければ、データを提供する顧客はデータ提供に消極的になるかもしれない。サービスが便利になったりするなど明確な顧客メリットを考えていかないといけない」と堀内氏が語れば、若原氏も「例えば、生産性を向上するためのデータ活用は自社の利益という観点では意味のあること。その先にどのような顧客メリットがあるのかも考えなければならない」と続き、新規ビジネスの創出であっても、業務効率化であっても、顧客にどのような利益を生み出せるかをゴールに設定することが重要であることを提言した。
一方で、顧客メリットを考えながら自社の利益を追求するということは、売上をコミットすれば良いのかというと、実際のところDXによって生まれる売上をコミットするのは難しいと両名は指摘。まずはコストを削減して利益を生み出すというアプローチをとる企業が多いのだという。
また、社内でDXの推進に向けた稟議や組織の賛同をどのように得ていくのかという点も、プロジェクトを円滑に進めるためには重要な要素だ。急激な組織の変化、業務の変化には必ずといってよいほどハレーションが生まれ、DXに理解を示してもらえない場合もあるのが現実だ。そこで両名が提唱しているのが、スモールスタートで成果を生み出していくというアプローチだ。
「まずは小さい規模で行い、コスト削減という価値を掲げて進め、成功させながら説得力を高めていく」と若原氏は語り、堀内氏も「部活のようにまずは有志で小さく始めてみて、効果が生み出せたら社内に出していくという進め方もある。チームの中に同じようなモチベーションを持った人が集まり、チャレンジを楽しめるかというのが重要」と語った。
マーケティングだけに留めない、これからのデータ利活用
両氏によると、トレジャーデータが提供する「Arm Treasure Data CDP」の導入自体は3週間~3カ月ほどだが、導入に向けた事前準備や導入後にデータを貯めて分析して価値に変えるまでには1年~2年くらい掛けており、プロジェクトは年単位で考えていく必要があるという。そこで重要なのは、「導入したあと」で、データをどのように活用して価値・利益を生み出すかというフェーズを考えずして、DXはあり得ないということだ。
これまで、一般的にデジタルマーケティングにおけるデータ活用と言えば、オンラインやオフラインで収集されるさまざまなデータを統合・分析して顧客の行動を理解して興味関心を高めて購買行動に導いていく「カスタマージャーニー」の文脈で語られることが多かった。しかし堀内氏は「これからは次のフェーズにいくのではないか」と指摘する。
そのカギを握るのが「IoT」だ。これからの時代は、例えば生活家電や自動車などさまざまなデバイスがネットに繋がり、データを収集できる環境が生まれていく。「スマホやPC以外の機器からデータが取得できることで、製品開発のブラッシュアップや利用シーンを想定したマーケティング、顧客生活の快適化が可能になるのではないか」と堀内氏は語る。
しかし、多くの企業ではマーケティング・プロモーションの組織と商品企画・開発の組織は全く別のものであり、堀内氏の提言は部署を横断したデータの利活用が不可欠になるということを示唆している。「マーケティング的なアプローチとIoT的なアプローチは別物のように見えるが、これからは一緒に考えていかなければならない」と若原氏も提言した。
この課題は、「データのサイロ化」というDX以前の企業が抱える課題にも大きく関わっている。本来、DXはカスタマーエクスペリエンスをデジタルによって大きく変革することであり、マーケティング、商品企画・開発、販売など部門を横断して考えていかなければならない。しかし、企業の組織はそのような前提で構成されていないことも多く、データのサイロ化はそうした組織の課題から生まれているとも言える。
「データのサイロ化はそもそも組織に根付いていて、組織が横断的に考えなければならないときに壁に当たってしまう。いきなり全社的な取り組みは難しいが、まずは小さく始めて、成功事例をひとつ作れば社内の風向きが変わるのでは」と堀内氏は指摘し、また若原氏は「ポジティブに見れば、データを活用しようというモチベーションは組織のサイロ化を解消する良いチャンスになるのでは」と提案した。
講演の最後に、堀内氏は「PLAZMA 2020 KANDA」のようなセミナーをビジネスの中でどのように活用するかについて提言した。トレジャーデータのみならず、さまざまな企業がデジタルマーケティングの多種多様な課題をテーマにセミナーやシンポジウムを展開しているが、重要なのは壇上の講演だけでなく、登壇者や他の企業担当者とリアルな繋がりを生み出すことなのだという。
「企業に講演をお願いしても、DXプロジェクトを進めた現場で起きたリアルはなかなか話しにくい。講演で重要なポイントを抑えたうえで、DXを実践した企業の人とリアルな交流をしながら理解を深めてほしい。そして自社に持ち帰って、得られた知見を実践しようと動き出すことが重要だ」(堀内氏)
加えて、社内でデジタルトランスフォーメーションという新しいことに挑戦することは、常に社内のハレーションと隣り合わせであり、結果を生み出して社内に理解してもらうというプレッシャーとも闘う必要がある。若原氏は「社内では孤独なこともある。でも(セミナーは)同じモチベーションを持つ人たちが集まる場もある。そのリアルな繋がりを活かしてほしい」と参加者に呼びかけた。