「ビッグデータの活用」というとまず思い浮かべるのは、広告配信の最適化やマーケティングオートメーションなど、デジタルマーケティングの領域ではないだろうか。確かに、顧客のインサイトを深く理解してコミュニケーションの最適化を目指すデジタルマーケティングにおけるデータの活用は、企業にとっては必須のテーマと言える。

しかし、企業が保有するデータの活用は、マーケティング領域だけでなく様々な分野にも応用できる。それを実践しているのが、「earth music&ecology」をはじめ様々なアパレルブランドを展開するストライプインターナショナルだ。具体的にどのような取り組みをしているのか、ストライプインターナショナル デジタルトランスフォーメーション本部 データプラットフォーム部の部長である榎本一樹氏に話を伺った。

在庫管理のデジタルトランスフォーメーションによって、予算達成率が大幅に上昇

これまでヤフーや電通でデータエンジニアリング、データマーケティングに従事してきたという榎本氏がストライプインターナショナルに入社したのは、2017年。以来榎本氏は、同社の基幹業務そのものについて、データを活用したデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいるという。

同社のデータ基盤は、データを蓄積するハブとして「Arm Treasure Data CDP」を中核に据えて、全国の実店舗、ECサイト、スマートフォンアプリ、そして外部データベースなどから、売上、在庫、アクセスログ、行動履歴などのデータを蓄積。BIツールによるデータのモニタリングやデータ分析、マーケティングのパーソナライズ化などに活用しているという。

中でも、力を入れて取り組んでいるのが、在庫管理の最適化だ。在庫を抱えて実店舗やECサイトを通じて販売する流通ビジネスの場合、どのようにして必要な場所に在庫を供給するか、いかにして倉庫に眠る在庫を売り切るかが、事業収益に大きな影響を与える。それをデータによって実現しようというのだ。

榎本氏によると、同社における在庫の流れは次の通りだ。まず新商品の「初回配置」では、商品は在庫を保管する倉庫から各店舗に分配される。そして、その後の「在庫フォロー」では、在庫切れを起こした店舗に対して、物流倉庫からさらに在庫が補充される。また、倉庫の在庫が欠品状態になると、店舗の間で在庫を融通する「店間移動」も行われる。

これまでは、売り切れた店舗に対して臨機応変に手当をしていく対症療法的なフォローが中心だったのだそうだが、データとテクノロジーを活用した需要予測と在庫最適化によってこれを効率化。在庫切れによる機会損失を削減して、売上の最大化と販売業務の効率化をしようというのが目標だ。

「2018年4月にシステムを導入して、さっそく店舗の予算達成率は大幅に上昇した。導入後達成率100%を超え続け、5か月後の達成率は147%に達した。店間移動に掛かる人的コストが大幅に削減され、在庫消化の効率も大幅に向上した。売上や利益率の向上という効果だけではなく、在庫管理の手間削減や店舗スタッフの接客時間の増加など、間接的な効果も生まれており、スタッフの作業負担軽減による効果が大きいと感じている」(榎本氏)

  • 在庫管理のシステム化とその効果について語るストライプインターナショナル デジタルトランスフォーメーション本部 データプラットフォーム部 部長の榎本一樹氏

デジタル変革の過程で直面した“リテラシーの壁”、どのように乗り越えた?

このように、順調な滑り出しを実現したストライプインターナショナルの在庫管理におけるデジタルトランスフォーメーションだが、そこに至る過程は決して“万事順調”というわけではなかったのだという。榎本氏がプロジェクトを進める中で直面したのは、“リテラシーの壁”だ。

もともと、榎本氏はデジタルの領域で活躍してきたデータエンジニアリングのプロ。一方で、「在庫管理をシステム化してほしい」というニーズを持つ事業部の人々はアパレルビジネスのプロだ。この両者がひとつの目標に向かっていこうとしたときに、お互いの専門性の違いから生まれる“リテラシーの壁”があったのだそうだ。

具体的にどのような壁だったのか。榎本氏は、「期待の不一致」「言葉の壁」「信頼関係の未形成」という3点を挙げた。

例えば、これまでデータ領域で数々の経験を積んできた榎本氏の立場では、最新のデジタルマーケティング手法や機械学習などを駆使してテクロノジードリブンな事業環境を構築したいところだが、一方で事業部側は目下の課題である在庫管理の最適化を実現してほしいという意向が強く、榎本氏の熱意と現場の期待値に不一致が生じていたという。

また、会話をしてもテクノロジーの専門用語で語る榎本氏とアパレルの専門用語で語る事業部にはズレが生じ、十分な信頼関係が築けていない状態で業務の基幹データを渡してもらうことも困難だったのだそうだ。アナログな業務習慣が根付いている環境にテクノロジーを実装しようとすると、必ずと言ってよいほど現場からアレルギーが生じることがある。榎本氏も、その壁に直面したのだ。

では、榎本氏はこの壁をどのように取り払い、事業部と連携してデジタルトランスフォーメーションを実現したのか。そのポイントについて、榎本氏は「事業部と目線を合わせ、同じ方向を向いて共に歩めるようにコミュニケーションを取り続けた」と語る。つまり、テクノロジードリブンを一方的に展開するのではなく、事業部のニーズやリテラシーに寄り添い、どのような形でデジタルトランスフォーメーションを実装するのが業務効率化に貢献できる最適解なのかを、ともに考える姿勢を貫いたのだ。

例えば、今回のプロジェクトである「在庫管理の効率化」においても、榎本氏によると完全システム化は行っておらず、「半自動化」という形で実装しているのだという。具体的には、在庫データや前日の出庫依頼は事業部が手動でサーバーにアップロード。すると、Arm Treasure Data CDPがデータを取り込み、集計とフォローすべき在庫の予測を行う。そして、その結果は事業部の担当者がチェックし、最終的には手動で出荷依頼のデータを送信する。「最終的には担当者が判断したい」という現場の声に対応したのだそうだ。

「事業部サイドにいなければ、わからないことやできないことが多くある。事業部と絆を作り、現場の本音を聞きながら何が必要なのかを考えていくことが重要だ」(榎本氏)

  • 「現場の本音を聞きながらデジタル変革のニーズを探ることが重要」と榎本氏

最後に、榎本氏に今後の展開について聞いた。榎本氏は、引き続き事業部と目線を合わせながら、同社のデータ基盤を成長させていき、在庫予測などの高精度化、新商品の生産数への応用、トレンド予想や販売戦略の立案など、モノづくりから売り切るところまで幅広くデータを活用した効率化を進めたい考えだ。「収益などの結果に直結するところから高度化を進め、上流(商品企画・生産管理など)へと応用していきたい」と榎本氏は語った。

「デジタルマーケティングだけでなく、データには物流の最適化、人材活用の最適化など無限の可能性を秘めている。事業から様々なデータが生まれている中で、いま対処すべき課題は何か。ビジネスのどこにスポットライトを当てるべきかを考えることが重要ではないか」(榎本氏)