月探査を目標に掲げる日本のベンチャーispaceは2月22日、民間月面探査プログラム「HAKURO-R」に3社のコーポレートパートナーが参加することを発表した。

  • HAKUTO-R

    (c)ispace

こんどは着陸機も開発

[2018年、「Google Lunar XPRIZE(GLXP)」の期限に間に合わず、無人月面探査車(ローバー)を月面で走行させるチャレンジ「HAKUTO]計画を断念したiSpace](https://news.mynavi.jp/article/20180306-hakuto_glxp/)。その理由のひとつは月着陸機(ランダー)の開発は協力関係の他チームに頼っており、そのチームの開発が間に合わなかったことだった。

  • HAKUTO-R記念撮影

    左から順に、ispaceのファウンダー&代表取締役である袴田武史氏、日本航空の執行役員コミュニケーション本部長である下條貴弘氏、三井住友海上火災保険の常務執行役員である能城功市、日本特殊陶業の取締役 常務執行役員 技術開発本部本部長である小島多喜男氏、ispaceのディレクター&COOである中村貴裕氏

そのような経緯もあり、iSpaceはランダーも自ら開発し、月へ着陸する「HAKUTO-R」計画を推進している。その計画に3社のコーポレートサポーターが協力することになった。

  • HAKUTO-Rの計画

    HAKUTO-R計画の予定。2019年にランダー1号機を完成させ、2020年には月周回軌道へ投入して試験を行った後、月へ衝突させる。2号機は2021年に打ち上げ、ローバーを搭載して月面に着陸する計画だ

「鶴の歯医者」、日本航空の整備員も挑戦

パートナー1社目は日本航空だ。日本航空は前の「HAKUTO」のサポーターにもなっていたので、ローバーが空港の搭乗口を通過するパフォーマンスを覚えている方も多いだろう。「HAKUTO-R」ではこのような航空送支援だけでなく、ランダーそのものの開発にも参加している。

日本航空は航空機メーカーではなく運航会社だが、航空機整備も行っている。その中には、傷のついた部品を削り、溶接で埋めて磨いて仕上げるような、あたかも歯医者のような精密金属加工も含まれている。この技術を月探査に応用するというわけだ。

  • JALエンジニアリングの整備員

    配管の溶接作業を行う、JALエンジニアリングの整備員

電動ラジコンカーのようなローバーに対して、ランダーはロケットエンジンや燃料配管などが大量に使われる。これらの溶接作業を日本航空が技術支援しているほか、ランダーの組み立て作業は成田にある日本航空のエンジン整備センターで行われるとのことだ。

  • 日本航空の成田エンジンセンター

    日本航空の成田エンジンセンターがランダーの組み立てに提供されている

「宇宙の大航海時代へ」損害保険も名乗り

パートナー2社目は三井住友海上。社名に「海上」の名が入っているのは、海難事故の損害に備えるのが保険の始まりだったことに由来する。また宇宙開発でも、ロケットの打ち上げなどには保険が掛けられることが多い。

  • 月面に着陸したランダーとローバーの想像図

    月面に着陸したランダーとローバーの想像図 (c)ispace

当然、民間による月探査が始まれば保険も必要になるはずだが、現在はまだそのような保険商品はない。挨拶に立った三井住友海上の能城功 常務執行役員は、HAKUTO-Rの月探査ミッションを「人類の第二の大航海時代を予感させる」とたたえ、月でのリスクに対応する新たな保険商品を設計して活動を支援していくことを明言した。

  • HAKUTO-Rパートナー

    ランダーの模型には今回発表された3社のマークが張り付けられている

「夢の電池」月面への耐久レースへ

パートナー3社目は、日本特殊陶業。企業名より、スパークプラグブランドの「NGK」や、それ以外の製品で用いている「NTK」のブランド名の方が馴染みがあるかもしれない。日本特殊陶業はHAKUTO-Rを利用して、開発中の全固体電池の実証を行うことになった。

全固体電池とは電池の一種だが、液体の電解液を使わず、固体電解質を用いるものを言う。従来の電池と比べて小型、短時間で充放電できる、低温でも凍結しないなど優れた性能が見込めるため、携帯電話や電気自動車など、幅広い応用が期待されているものだ。

  • 全固体電池

    実証試験が行われる全固体電池。薄く小型高密度に作れるほか、月面の低温にも耐える (c)日本特殊陶業

今回のHAKUTO-Rの電源には、この全固体電池ではなく従来型の電池を用いる予定だ。それは全固体電池にまだ充分な実績がないからだが、日本特殊陶業製の全固体電池はHAKUTO-Rと一緒に宇宙空間を飛行して月面へ到達し、熱や放射線など過酷な環境にさらされる。それによってどの程度性能が劣化するかといったデータが、全固体電池の開発に役立つというわけだ。

また、月探査に電池は極めて重要な技術だ。夜の月面は温度がマイナス150度以下にまで下がってしまうため、リチウムイオン電池などでは凍結して壊れてしまう。今回のHAKURO-Rでは月の夜に耐える「越夜」は予定していない(日没までに探査を終える)が、将来は越夜しても破損しない全固体電池が不可欠になるだろう。

「はやぶさ2」成功、月探査も追い風

今回の記者発表は偶然ながら、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」の小惑星リュウグウ着陸と同じ日になった。ispace側ではむしろ重ならないように考えていたようで、JAXAの発表を聞いて日時変更も考えたようだが、結果としては「宇宙開発に前向きな雰囲気」と喜ぶ声が、スタッフから聞かれた。

また以前のHAKUTO計画の頃には「将来は月探査がビジネスになるはず」という、いわば見切り発車でスタートを切ったispaceだったが、2018年11月にはNASAの月輸送計画に採択された。国際的な有人月探査計画も具体化が進んでおり、そうなれば無人ランダーやローバーによる探査の需要も確実に発生する。「ようやく時代が追いついた。HAKUTOは残念だったが、今度こそ確実に成功させたい」と、ispaceの袴田武史代表は手ごたえを語った。

  • 袴田代表

    新たなパートナーを得て、月へのチャレンジを続ける袴田代表

なお、記者発表の会場となった六本木ヒルズ展望台では、HAKUTO-Rのランダーやローバーの模型が3月3日まで展示される予定とのことだ。

  • HAKUTO-R

    六本木ヒルズ展望台に展示されているHAKUTO-Rのランダーやローバーの模型