FCバルセロナフロアのMRコンテンツ製作の陣頭指揮を執ったのは楽天技術研究所 コンピューテーショナルインタラクショングループ Computer Vision & Interaction サイエンティストのチェング・ケルビン氏だ。

同氏は楽天カフェにおけるMRのトライアルに先立ち、FCバルセロナのホームスタジアムであるカンプ・ノウのミュージアムでもエキシビジョンを行っている。「実際に渋谷の楽天カフェを訪れてMRを体験した人は『憧れの選手が側にいた』『知識としては知っていたが体験できて良かった』『画像も動画も見やすくて良かった』など、ポジティブな意見が多くあった」と、同氏は手応えを口にする。

  • 楽天技術研究所 コンピューテーショナルインタラクショングループ Computer Vision & Interaction サイエンティストのチェング・ケルビン氏

    楽天技術研究所 コンピューテーショナルインタラクショングループ Computer Vision & Interaction サイエンティストのチェング・ケルビン氏

以下は、FCバルセロナフロアにおけるMRのイメージ動画だ。

筆者も実際に体験してみたが、かのクライフターンで有名な往年の名選手、故ヨハン・クライフ氏の姿が映った際は、感動すら覚えた。

大勢の人と共有することの難しさ

ケルビン氏は、スマートフォンやパソコンをはじめとしたコンピューティングの世界だけでなく、例えばレンズでMRが可能になった場合にMRは普遍的なコンピューティングになると考えている。

しかし、そのためにはMRの操作法の標準化やユーザーの状況を把握した情報の提供方法、オンラインコンテンツとの接続性などを実現していかなければならないとも指摘。FCバルセロナフロアのMRコンテンツでは、これらの要件に着目して作りこんでいるのが売りだという。

一方で、苦労した点として同氏は「2Dと比較して3Dの認識が難しく、楽天カフェの場合は他の風景を同時に認識し、場所を推測する手法の作り込みに労力を要した。また、コンテンツを表示する際に奥行きを表現することで没入感が高まるため、奥行きに関しては細心の注意を払わなければならなかった」と、回顧する。

  • HoloLensを着装して操作するケルビン氏

    HoloLensを着装して操作するケルビン氏

これらを克服するために、コンテンツのデザイン設計を重要なポイントとして挙げており、見せたいコンテンツと認識の基点となるものをリンクさせることは技術力だけでなく、空間のデザイン力も問われるという。

また、テストに時間を要するほか、HoloLensの場合だと装着しているユーザーのみが体験し、ほかの人の体験を邪魔する可能性があるため「大勢の人が同時に体験を共有する」ことは今後の大きなテーマでもあると指摘している。

大勢の人と共有するという観点では、2016年に東北楽天ゴールデンイーグルスの球場で観客参加型ゲーム「ダイナミック ボートレース イニング」を実施しており、試合のイニング間にスタジアムの巨大LEDモニタと観客のスマートフォンを連動させて行うボートレースゲームで、同研究所が開発した技術が採用されている。

これは物理的な領域おいても、その場にいるユーザーが共有することができる新しい体験が重要な未来像にもつながるため、この取り組みから着想を得て何かしらの形でMRに応用してもらいたいものだ。

楽天が考えるMRの課題と未来

将来的なMRの方向性として森氏は「コモディティ化が激しいことから、楽天グループやクライアントと共同で企画力を高めることだ」と話す。

これを実現していくためには、常に時代を追いかけつつ新しい企画を提案し、さまざまなイベントにおいてユーザーの反応を吸収していくことを研究領域だけでなく、ビジネスパートナーとともに体験し、新たな気付きを得ることだという。

そして、同氏は「MRは仮想世界と現実世界を行き来するため、AR/VRとは違う認識に立たなければならない。現状ではHoloLensを活用し、ARにはないVR的な情報や現実世界の拡張を体験するアプリに留まっている。仮想世界とのインタラクションを追求していくためには、より良い企画を考え、企画を実在の店舗やビジネスクライアントと立案していくことがネクストステップだ」と、強調する。

このような状況を踏まえた取り組みとしては、2016年に筑波大学と共同で行った「未来店舗デザイン研究室」および「未来店舗デザイン実験室」の実証研究がある。同研究は、最先端のインターネット技術を活用した新しい店舗デザインに基づいたUX、特にIoTやAI技術を活用した店舗システムのプロトタイプの開発を目的に実施した。

さらに、昨年には同大とイーザッカマニアストアーズと共同で身長や体型に合わせた最適なサイズの服を、デジタルサイネージ上で試着することができる近未来スタイリングルームをファッション誌のイベントに出展している。

  • 近未来スタイリングルームの様子

    近未来スタイリングルームの様子

これらの取り組みは従来の小売店舗とは真逆の発想だ。これまではオンラインで提供していたものをMRを活用し、リモートでスタッフが接客するものとなる。スタッフは1つの店舗に縛られるのではなく、MRを通して多様な消費者に対してサービスを提供することが必要になるという。

この点について森氏は「今後は『便利だよね』だけでは価値の提供が難しくなることから、MRも直線的なものではなく、人とのインタラクションが必要になるのではないだろうか」との認識を示す。

楽天技術研究所は今年で設立から11年目を迎える。これまでバックエンドのビッグデータ処理の技術基盤や新しいマーケティング手法の確立などに取り組み、成果を残してきた。

同研究所の展望について森氏は「従来の研究要素を残しつつも、インタラクションの領域で新しい未来像を追求し、MR/AR/VRでビジネスパートナーの新しい未来像を共同で構築していく」と抱負を語っており、今後も動向に注目していきたいところだ。