ヤフーと京都工芸繊維大学新世代クリエイティブシティ研究センター(以降、NEO)は1月15日から2月6日にかけ、Yahoo! Japan紀尾井町オフィス内のLODGE(ロッジ)において、共同で新しい働き方を探求する公開実験「"はたらく"のつなぎかた」を実施した。

今回、実験のリーダーを務めたヤフー スマートデバイス本部 コワーク推進部 部長 LODGE サービスマネージャーの 植田裕司氏と、京都工業繊維大学 大学院工芸科学研究科 デザイン・建築学系 教授の仲隆介氏に、実験の狙いと内容について聞いた。

多様性があるLODGEだからできた実証実験

--LODGEで公開実験を行った狙いを聞かせていただけますか--

植田氏: LODGEはオープンイノベーションにつながる働き方を進めたいと考え、2016年11月にオープンした場所です。外部から来るゲストの中には、事業の成長を助けてくれる人もいるでしょう。ヤフー社員とゲストが交流を深めれば「井の中の蛙」にならない気づきを得られるかもしれないと思ったのです。

今回の実験は、LODGEを箱とするコンテンツの1つとしての試みです。自分たちでやりたい取り組みは多いのですが、なかなか手が回らないものもあります。仲先生が主宰するNEOには多くの専門家が集まっていますから、ゲストとヤフー社員との橋渡しに役立ちそうだと考えました。

  • ヤフー スマートデバイス本部 コワーク推進部 部長 LODGE サービスマネージャー 植田裕司氏

  • ヤフーのLODGEの様子

仲氏: NEOはオフィスをテーマに掲げた研究機関で、家具メーカーをはじめとする9つの企業および17のアドバイザーが参画する産官学の連合組織になります。さまざま専門分野を持つ研究者もNEOに参加し、10年前からオフィスに関する共通の課題解決に取り組んできました。

最近のテーマは「境界のデザイン」。組織の役割分担が明確になると、壁ができてくる。それを境界と読んでいます。でも、今のように組織横断的な働き方が求められるようになると、必要な場合は人々が交流し、そうでない場合は踏み込まない「浸透膜」のような境界設計が必要になります。

同時に、今、欧州で生まれたリビングラボ(Living Lab)という生活者参加型の社会課題解決スタイルが注目されています。今までのNEOは議論中心でしたが、これまで考えてきたことを実際にやってみてどうなるかを検証したいと思っていました。約2年前から実験に適した場所を探していて見つけたのは、あるコワーキングスペースでした。そこで1年ぐらい実験をしてきたものの、会員の多様性が乏しいという問題に直面したのです。

  • 京都工業繊維大学 大学院工芸科学研究科 デザイン・建築学系 教授 仲隆介氏

植田氏: LODGEのコンセプトは「どんな人でも歓迎する」というもの。ゲストの属性を調べたところ、最近のアンケートからも、大企業、スタートアップ、個人事業主や大学生と、バランスのいい構成比になっていることがわかりました。業種別に見ると、インターネット系を含め、製造業やサービス業など、職種で言えば、エンジニアやライターが多いですね。1人で来ている人が過半数、残りがチームで働いている人たちで、中にはメンターを探している人もいます。男女比では男性が概ね8割、女性が2割という構成です。

3つの実験を同時進行

--LODGEの特徴である多様性が今回の実証実験の場にマッチしたわけですね。実験の具体的な進め方を振り返っていただけますか--

仲氏: 「空間デザインチーム」「センシングチーム」「作法チーム」の3つに分かれ、1月15日から2月6日にかけて、各実験を同時並行で進めました。成果の検証はこれからとなります。

空間デザインチームは、NEO参加メンバーの教授の所属研究室の学生たちに「人のつながりを支援する家具」という課題を与え、審査で評価された3つの作品を実際に製作し、LODGEに置いてみました。その中で最もインパクトがあったのが色々な使い方のできるベンチだったのです。普通の机と椅子は使い方が決まっていますが、このベンチの場合、椅子にも、テーブルにも、棚にもと使い方を楽しめるのが特徴です。

これまで空間や家具の力を信じていなかった人にも、気づきを与えることができたと思います。人間を変えれば問題が解決すると思うかもしれません。でも実は家具には背中を押す大きな力がある。劇的にコミュニケーションは増えていないと思いますが、少なくとも話しかけられる確率を上げることに役立ったという印象です。

  • NEO参加メンバーの教授の所属研究室の学生たちがデザインしたベンチ。今でも、LODGEに置かれて利用されている

--相席になっても、お互いに遠慮しない使い方が自然にできるわけですね。センシングチームでは何をしたのですか--

仲氏: センシングチームは、温度、湿度、騒音、照度が取得できる環境センサーや、利用者の動きや軌跡を取得する人流センサーなど、5種類のIoTセンサーやデバイスをLODGE内に設置し、データを集めました。

正直なところ、当初はそんなデータを集めて何になるのかと思っていました。でも、データを翻訳することが大事なのです。湿度1つを取っても、女性用に肌マップを作ると途端に意味があるデータに変わります。よく「見える化」と言いますが、それだけでは不十分で「わかる化」の必要性に気づきました。

  • 環境センサーの表示例

  • 人流センサーの表示例

植田氏: 予約スペースに予約しない人が座っていることがわかるなど、人の動きを把握することは、運営側にもメリットがあります。プライバシーの問題には留意しました。ヤフーはデータの会社ですから、ゲストのセキュリティはきちんと確保しなければなりません。画像はそのまま使わずに、クライアント側で数字に変換して使うようにしました。そのほかについても、社内のセキュリティ担当者に相談し、センサーがどんなデータを送っているかを整理し、可否を判断したのです。