米国の基幹ロケット――軍事衛星などの"官需衛星"を打ち上げるロケットをとりまく状況は、ここ数年で大きく変わった。

かつては、米国を代表する航空宇宙メーカー・ボーイングとロッキード・マーティンが共同で設立した、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)が打ち上げを独占していた。しかし2016年、実業家イーロン・マスク氏が率いるスペースXが、米空軍から衛星の打ち上げを受注し、この独占を打破。スペースXとULAは入札を通じて競争することになり、受注合戦が続いている。

そして今、ULAはスペースXとの競争を見据えて安価な新型ロケットの開発に、一方のスペースXは、すべてのロケットを時代遅れにし、さらに月や火星への移住を実現するための、巨大で低価格なロケットの開発に挑んでいる。

しかし、新型ロケットの開発にはリスクがともなう。そして、そこに生まれる隙を狙って、新型ロケットをもって殴り込みをかけようとしている企業がある。米国のもうひとつの大手ロケット会社にして、元祖宇宙ベンチャーである、オービタルATKである。

  • オービタルATKが開発する「ネクスト・ジェネレーション・ローンチ・システム」の想像図

    オービタルATKが開発する「ネクスト・ジェネレーション・ローンチ・システム」の想像図 (C) Orbital ATK

オービタルATK

オービタルATK(Oribtal ATK)は、米国の大手宇宙メーカーで、宇宙ロケットやミサイル、人工衛星の開発、製造を手がけている。

他のメーカーの例に漏れず、同社もその長い歴史の中で、吸収や合併を繰り返している。

簡単に振り返ると、まずサイオコールという大きなメーカーがあり、主に固体推進剤を使うロケットを製造し、宇宙ロケットやミサイルとして供給していた。同社の製品の中でも有名なのは、スペースシャトルの固体ロケット・ブースター(SRB)だろう。同社は2001年に、アライアント・テックシステムズ(ATK)という別の大手メーカーに買収された。

いっぽう1982年、ハーバード・ビジネス・スクール出身の起業家が、オービタル・サイエンシズという会社を立ち上げた。世界初の宇宙ベンチャーとも称される同社は、空中発射するロケットを使って小型衛星を安価に打ち上げるというアイディアを武器に、NASAなどから開発資金を獲得。やがて経営を軌道に乗せ、大企業にまで成長した。

オービタル・サイエンシズのロケットにATKが供給する固体ロケットを使うこともあって、両社はもともと関係が深かったが、2015年になって合併することになり、現在のオービタルATKが生まれることになった。つまり同社には、長年続く固体ロケットの老舗としての高い技術力と、ベンチャー由来のビジネス感、スピード感という、2つの血が流れている。

オービタルATKは現在、中型ロケットや人工衛星、無人補給船の開発、運用を手がけている。そんな同社が初めて、大型ロケットの開発に挑むことになった。

  • オービタルATKの前身の1つ、オービタル・サイエンシズは、飛行機からロケットを空中発射していた

    オービタルATKの前身のひとつ、オービタル・サイエンシズは、飛行機から空中発射するロケットで一躍有名になった (C) NASA

ネクスト・ジェネレーション・ローンチ・システム

オービタルATKが開発する新型の大型ロケットは、その名を「ネクスト・ジェネレーション・ローンチ・システム」(NGL:Next Generation Launch System)という。

大きく中型版(Intermediate)と大型版(Heavy)の2種類があり、中型版は静止トランスファー軌道に4.9トンから10.1トンの打ち上げ能力をもち、中型とはいえ、アリアン5など他の大型ロケットに匹敵する。さらに大型版は、静止軌道に衛星を直接投入できる能力をもち、その質量も5.25トンから7.8トンと大きい。静止衛星の直接投入能力があることもさることながら、この大きな打ち上げ能力もあって、匹敵するロケットは数少ない。

現在、静止衛星は重いものでも7トン弱、一部の軍事衛星が例外的に7トンを超える程度であり、すなわちNGLは、商業用から軍事用まで、ほぼすべての静止衛星の需要に対応できる能力をもつ。

このNGLの最大の特徴は、いまある部品や技術を活用しつつ、改良すべきところは改良し、それらを組み合わせてロケットを形作っているところにある。

たとえばロケットの第1段と第2段は、かつてスペースシャトルで使われた固体ロケット・ブースターを流用する。このブースターは輸送しやすくするため全体が分割されており、この一つひとつのことを「セグメント」と呼ぶ。シャトルでは4つのセグメントを使っていたが、NGLでは第2段にはセグメントを1つだけ、そして第1段は、中型では2つのセグメント、大型では4つのセグメントを使う。

さらに、ただ単に流用するのではなく、たとえば第1段と第2段のケースは、シャトルのブースターでは金属を使っていたが、新たに炭素繊維複合材料を使って製造したものが用いられる。

第3段の詳細はまだ決定されていないが、米国のエアロジェット・ロケットダインが製造している「RL10」エンジン、もしくは欧州のアリアングループが開発した「ヴィンチ」エンジンのどちらかを搭載するといわれている。どちらも液体酸素と液体水素を推進剤とし、宇宙空間での再着火も可能な高性能なエンジンである。

また第1段の両脇に装着する固体ロケット・ブースターは、今現在、他のロケットに供給し、今後も供給が続くことが見込まれているブースターを流用する。

  • NGLのスペック

    NGLのスペック (C) Orbital ATK

究極の"つぎはぎ"ロケット

一見するとありあわせの部品を組み合わせただけのように思えるNGLだがその結果、エンジンなどを新規に開発する場合と比べ、開発におけるリスクとコストを抑えられる可能性がある。また、すでに部品単位では飛行実績があることから、一定の信頼性もある。

また、第1段、第2段となるかつてのシャトルのブースターは、炭素繊維複合材料を使うという改良が加えられるものの、そのための技術はすでに確立されており、冒険というほどではない。さらに、セグメントの数が違うだけで第1段も第2段もほとんど同じなので、大量生産もでき、コストダウンも期待できる。さらに中型と大型の違いもセグメントの数を変えるだけなので、顧客となる衛星の大きさに合わせて柔軟かつ、簡単に対応できる。

またNGLのブースターも他のロケットに供給していることから、生産ラインや設備が共有でき、また量産することでコストダウンが期待できる。さらに同社は、ロケット・モーターだけでなく電子機器なども他のロケットと共通化するとしており、リスクとコストの低減が徹底されている。

開発期間も短く、開始から3年、つまり今年開発が始まれば2021年には打ち上げが可能だという。

第3段エンジンだけは自社製ではないが、オービタルATKは液体酸素と液体水素を推進剤に使うエンジンを開発した実績はないため、そこは"餅は餅屋"と考えているのだろう。

既存の部品を活用し、改良も加え、さらに他社から高性能エンジンを購入して積むNGLは、まさに究極のつぎはぎロケットといえよう。

  • NGLの想像図

    NGLの想像図 (C) Orbital ATK