「シンチレータ」という物質をご存知だろうか。直接目にする機会はあまりないかもしれないが、放射線検出器の主要部品であるシンチレータ結晶は、高エネルギー物理学の実験装置や医療機器、空港の手荷物検査器など、さまざまな分野で広く利用され、私たちの生活を支えている。その市場規模は、シンチレータ結晶自体で1000億円程度、検出器で約3000億円、装置まで含めると数兆円という莫大なものになる。しかしながら、かつてその業界シェアの大半は海外企業が占めており、日本企業の活躍する場はほとんどなかった。

この状況を打破すべく、東北大学の研究グループは2010年に、世界最高特性を有するCe(セリウム)添加Gd3Al2Ga3O12(GAGG)シンチレータを開発。同材料を含む、大学で開発した各種材料・技術の迅速な実用化に向けて、2012年に東北大発ベンチャー「C&A」を立ち上げた。現在C&Aは、東北地域の企業の既存インフラを活用したファブレスによる日本発シンチレータの結晶製造体制を確立し、シンチレータおよびそのデバイスの製造販売、コンサルティング事業により、同社単体で年間3.5億円の売り上げを達成している。

C&Aの中心メンバーとなるのは、東北大学 金属材料研究所・未来科学技術共同研究センター 吉川彰教授、同准教授 兼 同社代表取締役社長 鎌田圭氏、同社 単結晶事業部 事業部長 庄子育宏氏だ。3氏はGAGGの開発とその実用化の功績が認められ、「第16回山﨑貞一賞(材料分野)」を受賞した。

東北大学 金属材料研究所・未来科学技術共同研究センター 吉川彰教授(中央)、同准教授 兼 C&A代表取締役社長 鎌田圭氏(右)、C&A単結晶事業部 事業部長 庄子育宏氏(左)。本誌では、「第16回山﨑貞一賞」の授賞式前にインタビュー取材を行った

これまでになかった装置を実現したGAGG

シンチレータは、X線やガンマ線などの高エネルギー放射線が当たると蛍光を発し、放射線を紫外光・可視光に変換する物質。光電子倍増管などの受光素子とともに用いることで、放射線検出に利用される。医療用の陽電子放射断層撮影装置(PET)などに用いられるシンチレータは従来、酸化物系の結晶がメインだったというが、研究グループが開発したガーネット型シンチレータ結晶GAGGは、酸化物系の結晶に比べて2倍以上の発光量をもつ。これにより、ハンディタイプの高解像度放射線画像装置など、これまでになかった装置が実現されている。

吉川教授によるとGAGGは、放射線の数え落としを減らすことができるような蛍光寿命の短い材料の開発に向け、Pr(プラセオジミウム)を発光中心としたシンチレータの研究を進めていくなかで、発見に至ったものだという。

「Prを発光中心としたPr:Lu3Al5O12(Pr:LuAG)には、実はシンチレータにとってマイナスとなる蛍光の長寿命成分も同時に存在することがわかってきて、結晶を実用化する企業や、装置開発を担当する先生方から、その長寿命成分をなくすことができないかという要望が寄せられるようになりました。そこで、ほかの研究グループの論文を参考に、我々がもともと研究していたLu3Al5O12(LuAG)のAlサイトを、Ga(ガリウム)で置換するという戦略をとることにしました」(吉川教授)

しかしながら、ガーネット構造の結晶は、本来入るべき位置ではないところに元素が入る格子欠陥によって、バンドギャップ内に欠陥由来のエネルギー準位が発現するという問題がある。この欠陥準位の存在が、長寿命成分の原因を新たに生み出してしまうのだ。そこで、同研究グループは、GaおよびGd(ガドリニウム)置換により結晶の組成を変えることでこれを制御。最適な元素の比率を検討していくなかで、GAGGにたどり着いた。その後、添加剤を工夫することにより、発光量をあまり損ねることなく、蛍光寿命を短くすることにも成功している。

C&Aが開発した結晶

「1000の失敗」を世界の誰よりも早く

吉川教授

吉川教授らの研究グループはGAGGのほかにも数々の結晶を開発しており、C&Aを通して実用化へ繋げている。研究成果を製品化して市場に出すまでには、多大な時間やコストがかかってしまい、研究開発の"デスバレー"を越えられない大学発ベンチャーも多い。また、材料業界には、材料は発見されてから実用化されるまでに10年掛かるという「材料10年説」や、1000個の結晶材料のうち3つ実用化されれば大成功であることを表現した「千三つ」という言葉があるそうだ。C&Aはこうした困難をどう乗り越えているのだろうか。

吉川教授が考えたアイディアは、「1000の失敗を世界の誰よりも早く、先にやってしまえば良い」というものだ。ひとつの組成を結晶化するのに、通常は1週間~10日かかるというが、吉川教授らの研究グループは、5時間~10時間で結晶化を達成する「マイクロ引き下げ法」を編み出した。

また実用化の壁として、研究体制にも原因があると考えた吉川教授は、鎌田氏など材料の専門家のほかに、光物性や放射線検出器の専門家を正式なスタッフとして研究室のメンバーに招き入れ、異分野融合体制を整えた。

その理由を、吉川教授は「従来は、材料メーカは材料メーカとして、装置メーカーは装置メーカーとして技術を積み上げており、お互いの意見交換が充分にできないまま10年経ってしまうということが起こっていました。我々の研究室には、結晶のユーザーに相当する人たちが在籍しているため、彼らの意見を取り入れることで"がんばる必要のある特性"と、"サボってもよい特性"というのがわかってきます」と説明する。

たとえば、鏡面加工をして結晶の表面を整える工程や、結晶中の「ボイド」と呼ばれる気泡のようなものを取り除く工程などを省き、ユーザから見て不要な個所を徹底的に"サボった"ことで、開発にかかるコストと時間の大幅な短縮を実現している。