昭和遺産とも言うべき貴重なロボットが寄託により常設化

2"人"の相澤ロボットが、所縁のある東京都西東京市の多摩六都科学館にこの秋から寄託されることになり、去る10月16日に関係者による展示開始セレモニーが行われた。

西東京スカイタワー横に位置する多摩六都科学館

セレモニー当日、相澤ロボットは入場ロビーに展示された

相澤ロボットとは、昭和の"ロボット博士"と呼ばれた故・相澤次郎氏(1903-1996)と彼の設立した財団法人 日本児童文化研究所によって製作されたロボットの総称。中でも特に、人間サイズのロボット兄弟たちがそう呼ばれた。

彼らは当時、保谷市(田無市と合併して現在の西東京市となった)にあった研究所で誕生し、昭和30年代後半~50年代中盤にかけて全国の様々なイベントを回った。EXPO'70 大阪万博にも出展、新聞・雑誌やテレビにも数多く登場し、ブリキのロボットがそのまま大きくなったようなスタイルと愛らしい顔立ちで、子供たちの人気を博した。

次郎氏の引退後、1988年から北海道の夕張ロボット大科学館に展示されていたが、同館の解体に伴い2008年に東京へ戻り、2009年からロボット業界有志のボランティアによる修復プロジェクトが始動。往時のように様々なイベントへ出展されるようになった。筆者も誌上で何度かその動向をお伝えしてきたので、その詳細についてはぜひ過去の記事も参照していただきたい。

さて、今回、多摩六都科学館へ寄託展示されることになったのは「雷さんロボット ミスター・スパーク」と、「絵かきロボット りょうくん」の2"人"(2"体"でなく2"人"としたのは、ロボットをあくまで「人造人間」と捉えた次郎氏の呼び方に倣ったため)。

「ミスター・スパーク」は易者をイメージしたロボットで、頭と大きな目や耳を動かしながら、立ち上がったり座ったりを繰り返す。往時は巨大な虫メガネを持って手相占いのパフォーマンスも見せていたようだ。次郎氏の残した記録では、誕生日は昭和37年(1962年)12月23日、身長177cm、体重97kgとされている。

「雷さんロボット ミスター・スパーク」

木製イスの内部にある大型モーター1つで駆動する

「りょうくん」の方は詳細不明だが、おそらく誕生は1970年前後。身長は135cmとする記録が残っている。左右の手にペンを持たせ別々の絵を描く(線を引く)ことができ、台座内左右のバーを動かすと、リンク機構によりそれぞれの腕が動く仕組み。往時は台座横に雛形となる回転盤ユニットを接続して特定のパターンを描かせていたようだが、現存しないため、子供たちが台座横で描いた絵を手元で再現する形で修復されている。

「絵かきロボット りょうくん」

台座内からのびたバーにリンクして腕が動く仕組み

展示開始セレモニーで行われたデモに、今の子供たちも興味津々

セレモニー当日はよく晴れた日曜日とあって、館内はなかなかのにぎわい。ロボットゆうえんちによる、ロボット・クリエイター高橋智隆氏の「ロボット体験教室」も行われており、ロビーに展示された相澤ロボットの周りにもたくさんの親子連れが集まっていた。

ロボットゆうえんちによる「高橋智隆のロボット体験教室」も行われていた

体験教室の会場には高橋氏を囲んで大勢の参加者が

開始時間の13時になり、セレモニーはまず館長の高柳雄一氏による挨拶からスタート。「相澤先生がもしまだいらしたら、挨拶ロボットを作ってもらいたいとさっき言ってたんですが(笑)、なぜ、こうしてここに相澤先生の創ったロボットが来たかと言うと、出身地が保谷だから。この2体のホームグラウンドが多摩六都科学館になった、というのが今日のセレモニーの一番大事なことです。でもとにかく、ロボットが動くところを早く見たいよね(笑)」と、館長は集まった子供たちにフランクに語りかけた。

セレモニーは13時からスタート

多摩六都科学館の高柳雄一館長

続いて、相澤ロボットを寄託した財団法人 日本児童文化研究所の現理事長、大森順方氏も挨拶。「このロボットたちは相澤先生が40年ぐらい前に創ったものです。みなさんのお父さんやお母さんが子供だった頃、こんなロボットがあったらなぁと思っていた夢を、みなさんも持って大きくなってもらいたいと思っています。今日は楽しんでいってください」と、相澤ロボットが体現する"未来への夢"の大切さに触れた。

財団法人日本児童文化研究所の現理事長、大森順方氏

そしていよいよ相澤ロボットが起動。修復プロジェクトを代表して「ロボットゆうえんち」代表の岡本正之氏が説明とデモを行った。

修復プロジェクト代表の岡本氏がロボットの説明とデモを行った

「相澤次郎さんが創ったロボットは(大小含め)800体と言われていますが、(大型ロボットで)現存が確認されているのは12体。その中でもこの"ミスター・スパーク"は特に貴重で、鉄の上に直接ペンキを塗った塗装、鉄を叩き出して作った外装の飾りなど、昭和30年代のままで残っている唯一の機体です。オルゴールのような仕掛けで動いていて、当時は何も(ロボット用の)部品がなかった中で、ロボットが立ったり座ったりするところを見せたい!という心意気がうかがえます。"りょうくん"は、(台座横の)箱の上で何か描くと、それを台の上でトレースする仕組みで、みんなに触ってもらえるようになる予定です。ぜひ会いに来てください」と、岡本氏は相澤ロボットの歴史的な価値について熱く語った。

立ち上がる「ミスター・スパーク」

興味津々で見つめる子供たち

「りょうくん」のトレースの様子

動画
岡本氏による説明。ミスター・スパークの頭部の動きにも注目(wmv形式 4.67MB 30秒)

以上でセレモニーは終了。短い時間ではあったが、集まった子供たちは、今から30年以上前に作られた相澤ロボットが力強く動く様子を興味深く見つめていた。

ホームグラウンドを得た相澤ロボットの今後

さて、めでたく多摩六都科学館がホームグラウンドとなった2"人"の相澤ロボットだが、「ミスター・スパーク」は早速、さいたま市青少年宇宙科学館で10月22日(土)から開催される特別展示「ロボ・タウン」へ出展される。いきなりホームを留守にすることになるが、もちろん会期終了後には戻ってくる予定だ。

一方、「りょうくん」の方は、今のところ特に外部への貸出予定はないそうで、展示室3の"生活の科学"のコーナーに展示されるとのこと。実際に子供たちが触れ、絵を描かせられるような形で公開されるそうだ。

さっそく「りょうくん」のお絵かき機能に挑戦(?)する子も
「りょうくん」のリンク機構によるトレースの様子(wmv形式 4.92MB 19秒)

20年以上に渡り全国各地を回った相澤ロボットは、現在30代後半~50代前半ぐらいの人ならきっと一度は目にしたことがあるハズ。機会があればぜひ、想い出を胸に会いに行ってみて欲しい。

また、多摩六都科学館では今後、相澤ロボットに関する資料も収集していく。特に、当時の西東京近辺でのイベントの情報、今回寄託された2"人"のロボットに関する情報があれば同科学館へお寄せいただきたい。

ちなみに、財団が保有する他の相澤ロボットたちは、これまで修復のために保管されていた神奈川工科大学KAIT工房を離れ、現在は再び大森氏が理事長を務める医療法人社団 龍岡会 櫻川ケアーセンターへ移されたそうだが、こちらは非公開となっている。

昨年、青森・静岡・島根を巡回した「ロボットと美術」展には5"人"の大型ロボットたちが出展されたが、いずれはまたロボット兄弟が全員集合した展示の実現も期待したい。

昨年の「ロボットと美術」展、静岡県立美術館での相澤ロボット展示の様子