アカデミー賞3部門(美術賞、メイクアップ賞、視覚効果賞)を獲得した映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』。この作品のVFX制作を行ったデジタル・ドメインのリード・テクニカル・ディレクター三橋忠央氏が、デジタルハリウッドにて、映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のVFX制作の裏側や、ハリウッドの最新CG制作現場について語る特別講義を行った。

デジタル・ドメインのリード・テクニカル・ディレクターである三橋忠央氏

映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』は、主人公のベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)が80代の男性としてこの世に生を受け、徐々に若返っていくという奇妙なヒューマンドラマ。同作品の視覚効果(VFX)を担当したのが三橋氏の所属する制作会社「デジタル・ドメイン」だ。この会社では、映画・CM・ミュージックビデオなどの視覚効果を数多く手掛けており、映画『アポロ13』(1995)、『トランスフォーマー』(2007)などが代表作として挙げられる。

実は生身のブラット・ピットは映像に一切写っていない

映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のなかでデジタル・ドメインが制作した視覚効果は、80歳から60歳までの主演ブラッド・ピットの映像。時間にすると上映開始から約50分間の映像にあたる。この50分間のCG映像を作り出すために、同社が費やした期間は約2年、延べ155名のクリエイターたちが制作に関わったという。三橋氏は講演を始めるにあたり、まず80歳のベンジャミンの映像をスクリーンに映し出し、ひとつの問いを受講生に投げ掛けた。

「この映像はCGだと思いますか、それとも特殊メイクだと思いますか」

実は80歳から60歳までのベンジャミンの映像は、身体部分を年代に合わせたボディアクターが演じ、頭部のみCGで制作されている。つまり、映像には生身のブラット・ピットが一切写っていないということだ。また同作品には映画界初となるCG映像を織り交ぜたシーンもあるという。

「劇中で、老人のベンジャミンが散髪するシーンがあるのですが、これは世界初のバーチャルヒューマンのバーチャル散髪だったのです」

このシーンは、CG合成用のヘッドギアをつけたボディアクターの頭付近でハサミを動かした映像を撮影し、そこにCGを加え、散髪の映像を作り上げていったという。このように年代やシーンに合わせ、様々な髪型がCGで制作され、その数は全60種類にも及んだとのこと。

精巧なCG映像を作るための工夫

この映画のCG映像はどのように作られていったのだろうか。同作品では、まずブラッド・ピットの顔型を取り、粘土で復元し、その顔に老人風の特殊メイクを施した。次に、特殊メイクを施した顔の型を取り、今度は人の肌に非常に良く似た質感の出るシリコンを流し込み、顔型を作成、さらに人間の肌に見えるよう手を加えていった。髪の毛に関しては、アーティストが1本1本実際に髪を植えていったという。こうして作られた精巧な顔型を見たデヴィッド・フィンチャー監督は「このマケット(顔型)をCGで作ってくれ。これをコンピュータで100%再現すればそれでファイナルだ」と語ったという。この言葉を受けてCG制作チームは、顔型を作業現場に置き、参考にしながらCG制作にあたったという。

三橋氏は、作業現場に顔型を置いてのCG制作を振り返り、「目の前にある顔型を再現すればいいという凄く明確な形でゴールが提示されていたので、本当にやりやすかったです」とコメントした

効率良くCG制作を行うためのコツ

CG制作で問題になるのは、データの大きさだ。より細部に渡り、手が加えられた映像はどうしても容量の大きいデータになってしまう。CG制作は試行錯誤しながら行うため、ひとつひとつの処理に時間がかかるデータでは、制作効率が非常に悪くなる。これらの理由から制作現場では、高解像度のデータと低解像度のデータのふたつのデータを用意。CG制作段階の作業は低解像度のデータで行い、その完成した作業手順を高解像度に反映させ、最終的に我々が劇場で鑑賞するクオリティの映像に仕上げていくとのこと。

ベンジャミン・バトンの精巧な顔型を制作したのは日本人クリエイターだったという

CGを役者のリアルな表情に近づけるテクニックとは

CGで制作された老人時代のブラッド・ピットらしい顔の表情はどのように作り出されているのであろうか。ブラッド・ピットの自然な表情を再現するため、まずブラッド・ピットの顔に特殊な塗料を塗り、約4台のカメラで撮影、三次元形状データを作成していく。次に、左目をつぶったり、右眉毛だけを動かしたりと、顔の各パーツごとの表情をすべてデータ化し、「表情のマイクロライブラリ」と呼ばれるフォルダに収録。そしてボディアクターの演技をモニターで見ながらブラッド・ピットに実際に演じてもらい、その表情を収録されている各パーツの表情から組み合わせ、映像を作っていく。このようにして非常にリアルな表情のCG映像は作られた。

ベンジャミンの目のCG映像制作に1年半費やしたクリエイターもいるとのこと

私たちが劇場で観たCG映像は、このように様々な工夫や、テクニックを用いて制作された。講演では、ハリウッドの最新CG技術の話しのみならず、日本とアメリカでの制作現場の違いや、ハリウッド大作に携わるVFXクリエイターの給与、勤務形態にまで話しが及んだ。最後に、三橋氏は「将来的に日本から出てきた優秀なクリエイターたちがチームになって、世界で活躍するようなことをやりたいなと本気で考えています。みんなでそれを実現させましょう」と力強く語った。

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ベンジャミン・バトン 数奇な人生

1920年代にF・スコット・フィッツジェラルドの著書を元にして制作された同作品は、主人公のベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)が80代の男性としてこの世に生を受け、徐々に若返っていくという奇妙なヒューマンドラマを描いた作品。映画『セブン』(1995)、『ファイト・クラブ』(1999)に続き、デヴィッド・フィンチャー監督と、ブラッド・ピットがコンビを組んだ3度目となる作品だ。共演者は、映画『アビエイター』(2004)でアカデミー賞助演女優賞を獲得したケイト・ブランシェットや、ティルダ・スウィントンなど。