誰も知らないプロのお仕事を笑いで描く

矢口史靖
1967年、神奈川県出身。大学在学中に8mm映画を撮り始める。8mm作品『雨女』がPFFグランプリを獲得、その奨学金で作った『裸足のピクニック』(1993年)で監督デビュー。『ウォーターボーイズ』(2001年)が大ヒットを記録し、『スウィングガールズ』(2004年)では日本アカデミー賞最優秀脚本賞など5部門を受賞。他の監督作品に『ひみつの花園』(1997年)、『アドレナリンドライブ』(1999年)など

『ウォーターボーイズ』、『スウィングガールズ』など、「純粋なコメディ」というジャンルにこだわり、映画を作り続ける矢口史靖監督の最新作『ハッピーフライト』がDVD&Blu-ray化される。PFFグランプリ獲得後のデビュー作『裸足のピクニック』から、笑いを描き続けてきた矢口監督に話をきいた。

――今回の『ハッピーフライト』は『裸足のピクニック』以来、矢口監督が持っているシニカルというか、ブラックな笑いの部分が、強く出てきているような印象があります。近年の『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』といった、「何かを頑張る学生の姿に感動して笑う」という図式とは明らかに違う作品ですね。

矢口史靖(以下、矢口)「特に意識はしていないのですが、題材が違いますからね。その2作は学校と地域という世界の中で、頑張ればゴールにたどり着くという流れの物語でしたが、『ハッピーフライト』ではプロを描きたかったんです。"ワー"っと走ればゴールに着くというのではなく、働く社会人の厳しい世界が舞台なので、描き方も必然的に変わったんだと思います」

――パイロット、キャビンアテンダント、グランドスタッフ、整備士、オペレーション・ディレクター、航空管制官など、空港業務に携わる様々な職業の人々がこの作品には登場します。これらの専門職をリアルに描くため、どの程度の取材を行ったのでしょうか?

矢口「取材は2年間みっちり行いました。ほとんどが始めて知った事ばかりでしたね。取材前はエアラインというものは全てコンピューター管理されていて、飛行機は自動的にスムーズに飛んでいるものだと、勝手にイメージしていました。取材でそれが完全に裏切られた(笑)。現場では、生身の人間がぶつかり合いながら働いている。自分のテリトリーを守り、仕事をまっとうしようとすると、衝突は必然なんです。凄く有機的というか、ドラマチックで人間的な現場だと思い、それを魅力的に感じて映画にしたいと思ったんです」

――この作品は働く人々の群像劇ですが、どのように軸となる人物を決めたのでしょうか?

矢口「軸を誰に置くかは迷わなかったです。航空業界のエキスパートでない人を、あえて軸に置きました。初めて国際線に搭乗するCA、昇格訓練を受ける副操縦士。知らない世界に飛び込んだような、映画の観客に近い視点の人を主人公にしました。」

――役作りに関してはどうでしょうか?

矢口「役者さんには、撮影前に本職のスタッフとまったく同じ講習を受けてもらいました。リハーサルというよりも、職場に体験入学してもらった感じですね。現実の現場をリアルに知ってもらったので、その仕事に関する動作や手順に関して役者さんたちの戸惑いもなく、撮影はスムーズでした」

――飛行機が事故に遭うかもしれないというシチュエーションの映画に、よく現実の航空会社であるANAが、協力してくれましたね。

矢口「実はこの映画はANAと最初から企画した作品ではないんです。取材は国内、海外問わず色々な航空会社に行っていました。取材を始めて1年くらいで主なストーリができ上がりました。『バードストライク(※飛行機と鳥が激突する事故)が原因で、ジャンボ機が目的地にたどり着けず羽田空港に緊急着陸する』というストーリーを見せたら、どの航空会社にも断られた。『これでは、困る。協力できない』と……。諦めかけた時、ANAは『OK』といってくれたんです」

――バードストライクの後の展開は、ディザスタームービー的な要素もあります。また、プロの方々が様々なミスをしてしまうという描写もあります。その部分に対して、ANAは寛大でしたか?

矢口「人為的なミスではなく、行き違いやタイミングのズレが引き起こす偶然の積み重ねが映画のトラブルに結び付いているんです。実は、どうしてこのストーリーでOKなのか、理由をANAに訊ねたんです。すると、『トラブルの描写以上に、現場のプロが力を合わせて航空機を安全に飛ばそうとする姿がちゃんと描かれている。その映画の意図に賛同したい』という答えだったんです。だから、協力してくれた航空会社に合わせてストーリーを変えたりはせず、当初の構想のまま作る事が出来ました」

ハッピーフライト

毎日、多くの人が出入りし、何百機もの飛行機が離着陸する巨大空港。ホノルル行き1980便に搭乗する副操縦士・鈴木和博(田辺誠一)や新人CAの佐藤悦子(綾瀬はるか)は、緊張しつつも業務をこなしている。だが、離陸した1980便を様々なトラブルが襲うのだった。
(C)2008 FUJITELEVISION/ALTAMIRA PICTURES/TOHO/DENTU

――この物語で『ハッピーフライト』という映画タイトルも、かなりシニカルですよね。

矢口「かなり(皮肉が)たっぷり入ってますね。最初から決まった航空会社と組んでいたら、こういうドラマにはならないと思います。僕は表向きかっこいい広報映画ではなくて、現場の人の裏の顔や隠れた苦労を描きたかった。とにかく航空会社の現場で聞いた話が面白くて、これを映画にしないでどうするんだという気持ちがありました」

――そんな『ハッピーフライト』をDVD&Blu-rayで初めて観る方に、ひとことお願いします。

矢口「思った以上に本格的な航空物の映画です。ポスターのイメージから『ドジで間抜けなCAの成長物語、ちょびっと恋愛もあります』そんなイメージを持たれる方もいるかもしれませんが、まったく違います。非常にスリリングで、手に汗握る作品になってます。それでいて、『ハッピーなフライト』にちゃんと着地する映画です。お仕事ムービーとしても、誰も知らない世界を垣間みることができますよ。DVDでは出し惜しみせず、メイキングや特撮の舞台裏をタップリお見せします。それプラス、スタッフとキャストが集結して制作したサイドストーリーの短編作品を5本入れました。僕も1本監督しています。登場人物の別のエピソードが描かれているので、これは楽しめると思います」

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