2023年6月に京都で開催される「2023 Symposium on Technology and Circuits」の主催者が回路設計分野の注目論文を紹介している。その中で、人類の幸福のために無限の可能性を秘めたバイオメディカル回路・システム分野には22件の応募があり10件が採択された。今回はそうしたバイオメディカル回路分野の注目論文を紹介する。

バイオメディカルインタフェース回路設計:ワイヤレスセンサ-脳インタフェースシステムをトロント大が開発

  • A Wireless Sensor-Brain Interface System for Tracking and Guiding Animal Behaviors Through Goal-Directed ClosedLoop Neuromodulation (論文番号:C1-1)

運動機能の制御には、感覚的なフィードバックが不可欠と考えられている。そのため例えば義肢性能の向上にも、感覚的なフィードバックを利用した、より自由度が高いセンサ・ブレイン・インタフェースが必要とされている。

カナダのトロント大学のグループは、そうした課題を踏まえた脳刺激によって水迷路中の実験動物をガイドしてゴールに導くことができるワイヤレスセンサ-脳インタフェースシステムを報告する予定。同システムは水迷路中の動物の状態を把握する独自の160×160イメージセンサとFPGAによるホストシステムと、動物に装着した脳刺激デバイスによって構成されており、ホストシステムと脳刺激デバイスの間だけでなく、脳刺激デバイスにおいて皮下に完全に埋め込まれた部分と背中に装着した部分の間でもワイヤレス通信が実現されたシステムとなっているという。

水迷路のゴールが水面下にある場合でも、ホストシステムによって生成されたパターンでの刺激を与えることで、ゴールが見えるときと同程度の速さで到達できることを複数のラットでの実験で確認したとしている。

  • 開発されたワイヤレスセンサ-脳インタフェースシステムの構成

    図1:開発されたワイヤレスセンサ-脳インタフェースシステムの構成と、水迷路実験が採用された妥当性 (出所:VLSI Symposium Committee、以下すべて)

バイオメディカル回路設計:電力供給と通信を干渉なく同時に実現するトランシーバICを南方科技大が開発

  • Wireless Body-Area Network Transceiver ICs with Concurrent Body-Coupled Powering and Communication Using Single Electrode (論文番号:C8-1)

電力供給と通信を同時に実現しようとする場合、ベースステーションの電力送信回路による干渉が受信回路を飽和させてしまうといった課題があり、この解決が求められてきた。

中国の南方科技大学の研究チームは、身体に装着したベースステーションと複数のセンサノードによるヘルスケア情報の常時モニタリングに向け、単一電極で各センサノードに電力供給と通信を同時に実現するBANトランシーバICを開発したことを報告する予定。

ベースステーションの電力送信回路による干渉が受信回路を飽和させてしまう課題は、40dB以上の干渉抑圧性能を有する自己干渉キャンセル回路を開発することで対処したとしているほか、センサノード回路では電力ならびにデータの受信部とデータ送信部のグランドを分離する構成により安定した電力受信を可能としたともしている。

  • 単一電極での電力とデータ信号の人体経由同時送受信システムのコンセプト

    図2:単一電極での電力とデータ信号の人体経由同時送受信システムのコンセプト

バイオメディカル回路回路設計:人間並みの空間解像度の電子皮膚触覚読み出しチップをルーヴェン・カトリック大学が開発

  • A Fingertip-Mimicking 12×16 200μm-Resolution e-skin Taxel Readout Chip with Per-Taxel Spiking Readout and Embedded Receptive Field Processing (論文番号:C8-2)

高解像度の触覚センシングには、ハードウェアレベルでエンドツーエンドのオンチップセンサ-スパイクエンコーディングを行うニューロモーフィック触覚センサを使用する方法が有望視されている。

そこでルーヴェン・カトリック大学(KUL)の研究チームでは、0.18μm CMOSプロセスを用いて、人間の指先に匹敵する200μmの空間解像度を有する電子皮膚(e-skin)触覚読み出し半導体チップを開発したことを報告する予定。

12×16タクセル(感覚器)アレイおよび、指先の複合受容野(CRF)を模倣したタクセルごとの刺激波形読み出し回路をキーテクノロジーとして開発したという。従来のe-skinと比較して、システムの消費電力を約100~7000倍低減し、タクセルあたりの消費電力を5桁以上削減したとともに、空間解像度を5倍向上させ、センサ数を2倍にすることに成功したと説明しているほか、スパイキングニューラルネットワーク(SNN)に基づく、肌触りによる材質および振動刺激の周波数分類において、97.1%および99.2%の精度を達成したことを報告するとしている。

  • 人間の指先の触覚器を模擬したe-skinチップ

    図3:人間の指先の触覚器を模擬したe-skinチップ。ロボットハンドの手のひらおよび指先に搭載される