全国に1500店舗以上を展開するスターバックス コーヒージャパン。「スタバ」の愛称を持つ大手コーヒーチェーンとして知られるが、その裏側ではデジタル分野への積極的な投資を行う、飲食業界におけるDXの先駆者でもある。

これまでにもさまざまなサービスが開発/提供されてきたが、なかでも2019年にリリースされた「モバイルオーダー&ペイ」は、あらかじめアプリ内で注文と決済を済ませておき、店舗では商品を受け取るだけというサービスの革新性が話題を呼んだ。

だが、サービスのスマートさとは裏腹に開発の道のりは決して順風満帆ではなく、ローンチに至るまでには多くの課題が立ちはだかったという。

9月8日に開催されたマイナビニューススペシャルセミナー「クラウド移行、成功と失敗の分岐点」では、モバイルオーダー&ペイの開発を指揮したスターバックステクノロジー本部 部長 荒木理江氏が登壇。開発の舞台裏をテクノロジーの視点から解説した。

モバイルオーダー&ペイ開発の歩み

1996年の国内1号店オープン以来、24年間にわたり愛され続けているスターバックス コーヒー。トレンドを生み出す商品の数々やリラックスできる空間、自主性に富んだスタッフなどが同社の強みとしてよく語られるが、実はカフェ業界においていち早くデジタルの導入に取り組み、次々に新しいサービスを提供してきた側面も持つ。

例えば、2002年に導入されたプリペイド式のスターバックス カードや、2014年に発行されたインターネット上で贈ることができるギフト「Starbucks eGift」、2016年にリリースされたモバイルアプリなど、いずれも今、当たり前のように利用されているものばかりだ。

そして2019年6月、同社が満を持してローンチしたのが事前注文決済サービス「モバイルオーダー&ペイ」である。

モバイルアプリやWeb上から注文と支払いを行い、後は店舗で商品を受け取るだけ。並んで待つことなく商品を受け取れる便利なシステムだ。利用対象となる「Starbucks Rewards(スターバックス リワード)」の会員は、現在およそ620万人(9月末時点)。約1000店舗に展開しており、順次拡大中である。

荒木氏によると、モバイルオーダー&ペイの企画や調査には数年前から着手し、事前準備が完了して開発をスタートしたのが2018年11月のこと。そこから約半年で初期バージョンのリリースにこぎつけた。どう開発していくのかについてはさまざまな意見があったが、最終的に自社で開発することを決めた。

「国内で実績のあるサービスを活用、グローバルで展開しているサービスをローカライズ、その他さまざまな案がありました。そのなかで、スピードや柔軟性、日本市場とフィットするかどうかなどを考えた結果、自社で開発することにしました」

荒木理江氏

スターバックス コーヒー ジャパン スターバックステクノロジー本部 部長 荒木理江氏

開発において、荒木氏は特に柔軟性とアジリティ、スピード感を重視する方針を定めた。

「モバイルオーダー&ペイはAWSでつくられていると思われがちですが、実際は完全にAWSに閉じているわけではなく、SaaSやほかのクラウドも活用していますし、自社のオンプレのサービス群とデータ連携もしています」

会員基盤やモバイルアプリ基盤、決済基盤は自社基盤に載せ、注文やカート機能、在庫管理やマスター管理の一部はSaaSを利用するなど柔軟に組み合わせることで、開発のスピード感を保ったのである。

開発におけるもう一つのポイントは、マイクロサービス化だ。モバイルオーダー&ペイをいくつもの機能に分割し、それぞれを既存サービス担当のチームに割り振って並行して開発を行うことにした。これにより、開発時間を大幅に短縮できたという。

ただし、この方法には課題もあった。通常新サービスを導入する際は、関連する周辺サービスの仕様変更を一旦凍結することが多い。しかし、スターバックスではモバイルオーダー&ペイと並行して複数の新サービスのリリース、性能向上のプロジェクトが動いているのが常であった。このため、同案件ではその選択をしなかったのである。

結果、チームによってはモバイルオーダー&ペイも手掛けながら、その他のサービスの開発や障害対応も進めなければならず、負担が増大した。荒木氏は開発当時を振り返り、「アジャイル開発のメリットを享受する場合、自身が担当するある一つのプロジェクトだけでなく、並行するプロジェクトにも気を配り、それらのチームと密にコミュニケーションをとり、協力を得る。周囲を巻き込んだ柔軟性がプロジェクトの成否を決める」と強調した。