“ぼくら”の5回にわたる連載、長いようで短かった戦いもついに最終回となりました。今回は、”ぼくら”の非日常的な戦いを終え、日常に立ち返って、AIなどのデジタル技術をビジネスで活用するために何を行えばいいか、を企業システムアーキテクチャの面から考えたいと思います。

昨今、”打ち上げ花火”的にAI実証実験が行われるなかで、AIなどのデジタル技術もあくまで企業システムの一要素と考えて、AIも含めたデジタル技術を長期的な視点で長く・安く、効率的に投資して活用する方法を提案します。

AI含めたデジタル技術の活用のためには、KPI設定がまず大切!

ポイント(1)『前提として、経営・業務のKPIはしっかり設定・管理されていますか?』

AIなどのデジタル技術活用のための企業システムアーキテクチャの話をする前に、前段として、従来のKPI管理やデータ管理基盤から話を始めたいと思います。

本連載第3回(やってみよう!AI業務適用検討)の”ぼくら”も指摘したように、AIを含めたデジタル技術活用では、業務上の課題を明確にして、”イシュードリブン”で検討することが基本です。そのためには企業内では改善・変革される業務の現状を”可視化”できていないといけません。業務変革によって何が改善され、何が次なる問題となっているかを見極めることは、デジタル技術の時代にも改めて重要となってきます。そのための前提としてシステム的な観点ではKPI管理のためのデータ管理システム基盤が必要となります。

あくまでAIなどのテクノロジーは業務改善・変革のツールでしかありません。KPIが設定され組織内でPDCAサイクルが実行されていることがまず重要です。

システムアーキテクチャ的な話をする前に、経営・業務面でのそもそもの”目的”が明確である必要があり、多くの企業ではKPI管理のためにデータ管理をITシステムで行っているかと思います。

ポイント(2)『デジタル技術を活用した新たなKPIの取得も検討する』

ポイント(1)があくまで前提となり、デジタル技術活用では常に経営や業務に対してどんな価値があるのか、デジタル技術活用が目的化していないかを問い続けないといけません。一方で、前提をしっかり踏まえた上で、やはりデジタル技術は便利なものなので、KPI管理という観点ではデジタルならではのKPI取得も検討して、活用してみてはどうでしょうか。

例えば、

  • 物流倉庫内での作業者の生産性を取得するためにIoTセンサーを利用して、作業者の動線から生産性の新たなKPIを取得する

  • アパレル店舗内での顧客の動きをカメラ画像からAIで分析して、店舗内の商品の配置の再検討やマーケティングのためのKPIを取得する

など、これまでは取得するのが困難だったKPIもテクノロジーによって取得することが考えられます。KPIを設定しても、取得・整理のために現場は疲弊するばかり……といった時代は終わり、KPIも取得も自動化され、さらに精密かつ高速にPDCAサイクルが回される時代が到来するかもしれません。

このようにこれからのデジタル技術活用のためには、企業でのKPI設定・管理をAI・IoTなどの技術活用も含めて検討することが重要になります。 さらに、KPI管理・AI活用も含め、今後の企業システムはどのようになるべきかについて次に考えたいと思います。

AI含めたデジタル技術の活用のためには、IoT時代も見越した企業システムの全体構想も大切!

ポイント(3)『デジタルデータを管理する基盤がなければAIを導入しても意味がない』

『AIの活用が企業の競争のカギとなる!』といった記事が最近の新聞・雑誌・ネット記事紙面を賑わせていますが、AI時代の企業システムはどういった機能を具備すればいいのか、を次に考えたいと思います。

KPIの管理も含めて、あくまで企業システムではこれまでと同様、データをいかに活用するかが非常に重要となります。

これまでも『基幹系などの企業内のデータを収集・加工し、可視化して経営や業務に活かす!』というテーマは多く語られてきましたが、これは今後のAI時代にも変わりません。

ただ、変わるのは対象となるデータの種類が膨大になるということです。AI時代にはIoT機器・カメラからの画像・ロボットからのセンサーデータなど、今までの定形的なデータではない、多様なデータが登場します。

このデータはこれまでの企業システムで扱われてきた一般的なデータに対して、『デジタルデータ』と呼びましょう。

デジタルデータの取得も念頭においた企業システム全体像の一例を挙げます。

AI時代の企業システム全体像の一例

上図は物流企業の今後の企業システムアーキテクチャを例示したものになります。図の右側は従来のWMS(倉庫管理システム)、TMS(配送管理システム)に蓄積されていたデータがDWH(データウェアハウス)・DM(データマート)へ連携されてBIツールやアナリティクスツールで可視化・分析されていることを示しています。従来は設定されたKPIに基づいて、このような情報基盤を活用して企業のPDCAサイクルが回されてきました。

今後はこれらのデータに加えて、たとえば物流現場では荷物の画像データや作業員やロボット・フォークリフトなどに取り付けられたセンサーによる位置情報などのデジタルデータが取得され、AIによって分析された内容から生産性などのKPIを取得したり、作業計画を最適化したり、品質トラブルを検知したりといったことが行われるでしょう。

その場合、従来のDWH・DMといった情報管理基盤だけではなく、各種デバイス(カメラやセンサーなど)からのデータを一元的に吸い上げてAIが『食べられる』状態までに加工してあげる基盤が必要です。

いわゆるIoTプラットフォームと言われるものですが、単純にデータをデバイスから取得するのみならず、莫大なデータを整理するビッグデータ基盤のようなものも必要になってくるでしょう。

こうやって見るとAIは企業システムの中では一つの技術要素でしかなく(図では左下においやられています)、ほかのシステム群との連携が非常に重要だということが分かるかと思います。

本連載で何度も出てくるように、AIはまっさらな赤ちゃんなので、成長させるためには日々発生する現場のデータを与えて育てていく必要があります。そのためにはデジタルデータを収集・管理する基盤が必要となります。

ポイント(4)『AIを成長させる仕組み(エッジコンピューティングの活用)』

少し突っ込んだ話をすると、今後AIを育てていく際には継続的にAIに学習させるためのシステム的・運用的な工夫も必要になってくると考えらます。

下図に示しているのは、物流センター内の荷物の画像をAIで自動判別させるシステムを導入した場合に、どのようにAIに継続的に学習させていくかの仕組みを検討したものになります。

AIを継続学習させるためのエッジコンピューティング活用例

いわゆるエッジコンピューティングという考え方をベースにして、AIでの判別などの処理時間が長くなっては困る処理は物流センター内のエッジサーバにて処理を行い、追加学習に必要となる大量データはクラウドにアップロードしてGPUなどの大量のコンピュータリソースを利用してAIに学習させる仕組みを考えています。

保守拠点では技術者がAIの正答率やデータの傾向などを分析し、AIを再学習させ、エッジ側で稼働するソフトウェアをアップデートすることでAIを日々強くしていきます。

今後のAI活用を目指す企業にとってはこのような仕組みが必須となってくるでしょう。

ポイント(5)『将来的なテクノロジー追加を見越して共通的な管理基盤を導入する』

ここまでの解説で、AIやデジタル技術を活用するためには非常に多くのシステム投資が必要になると印象を受けた読者の方も多いかと思います。

たしかにAIの導入に加え、従来からの情報基盤を再整備したり、IoTプラットフォームを導入したりと、単純に1ソリューションを導入するのに比べるとコストがかかってしまうのは事実です。

ただし、こちらも物流現場での例になりますが、今後AIをはじめIoT機器やロボットなど多数のソリューションを導入した場合には下図のように、バラバラに管理基盤が乱立してしまい、管理コストや作業が増大することも予測されます。お互いのデータを紐づけて統合的に管理し、AIに処理させるのも難しくなるでしょう。

共通的な管理基盤の必要性

こういったことを防ぐためには、将来的なテクノロジー活用を見越して、計画的に共通的なIoT管理やデータ管理のプラットフォームの導入も検討したほうがいいでしょう。プラットフォーム自体も将来の拡張性を見極めつつ、クラウドサービスを利用するなどしてスモールスタートを行うことも可能だと考えます。

AI導入検証など、クイックに成果を上げて組織内にノウハウを蓄積していくことも必要ですが、一方で中長期的な視点で将来的なテクノロジー活用を見越して共通的なプラットフォームの導入も含めたグランドデザインを描き、計画を立てていく必要があります。

日進月歩で進化するテクノロジーを活用するには、短期的に成果をあげることと長期的な定着を図ることの両面から考えることが必要です。結果的に、『長く・安く』AIを効率的に活用できることができると考えます。

*  *  *

いかがだったでしょうか。第5回では、ぼくらの”日常”である、企業システムアーキテクチャについて、KPI活用といったそもそもからはじめて、必要となるシステム基盤について解説しました。AI実証実験でのスモールサクセスを積み重ねていく中で、今後AIを実導入する際のヒントとなれば幸いです。

“ぼくら”のディープラーニング戦争も一旦これでおしまいです。しかし、戦いの中で得た知見・ノウハウに今後も磨きをかけて、さらに価値ある情報をお伝えできるよう”ぼくら”の戦いは終わりません。

著者紹介


赤司 晃彦 (AKASHI Akihiko)
―― 株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 コンサルティング&マーケティング事業部 ビジネスデザイン統括部 コンサルタント

東京工業大学 理工学 研究科修了。NTTデータに入社し、金融系システムの開発担当を経て、2015年より現職。製造業・物流業者向けに、KPI策定・システムグランドデザイン・デジタル技術活用・グローバルガバナンスなどのコンサルティングに従事。