Covid-19ワクチン接種の拡大で年内の集団免疫獲得が現実味を帯びてきた米国。経済活動再開、人の動きも活発になり始め、外食やスポーツ観戦、コンサート、ショッピングなどより自由に行動できることが増えてきた。そこで必要になるのがワクチン接種の証明である。景気回復の切り札として、特に経済界から「ワクチンパスポート」の活用に期待の声が上がっている。だが、マスク義務解除に踏み切る州が増えているにもかかわらず、実際の生活で接種証明を活用する機会は少ない。それどころか、ワクチンパスポートについては、Covid-19感染が拡大し始めた頃のPCR検査を拡大するべきか否かの議論と同じような混乱した状態に陥っている。

カリフォルニア州が6月に「Digital Covid-19 Vaccine Record」というポータルサイトの提供を開始した。ワクチン接種が記録され、本人確認を行ったユーザーがワクチン接種記録のデジタルコピーを入手して接種の証明に使用できる。同州では大規模な屋内イベント(参加者5000人以上)に対し、最近のCovid-19検査の陰性証明、またはワクチン接種の証明を参加者に求めている(屋外でも10000人以上のイベントでは確認推奨)。そのため、Digital Covid-19 Vaccine Recordは事実上デジタルワクチンパスポートのように使える。だが、同州知事のギャビン・ニューサム氏や最高情報責任者のエミー・トン氏は同システムをワクチン接種の記録を管理するためのサイトと位置付け、「ワクチンパスポートに該当しない」と明言している。

ワクチン接種の記録のデジタル化に積極的でも、ワクチンパスポートに慎重になる大きな理由は、予防接種を受けていない人を選別するためのシステムになることへの警戒である。様々な理由からワクチンを受けられない人、または受けたくない人も多い。ワクチン接種の記録がパスポートと見なされるようになると、ワクチン接種を受けた人を優遇し、受けていない人との間で不公平が生じかねない。それが偏見や同調圧力につながる可能性を懸念している。

  • 米国でワクチン接種を受けるとCDC(米疾病予防管理センター)のワクチン接種記録カードが発行される。これが財布にフィットしないサイズで、証明書として使うことを考慮していない謎デザインと批判された。

    米国でワクチン接種を受けるとCDC(米疾病予防管理センター)のワクチン接種記録カードが発行される。これが財布にフィットしないサイズで、証明書として使うことを考慮していない謎デザインと批判された。

バイデン政権は国家レベルで中央主権的なデータベースを持つのはプライバシーの観点からも不適切であるという考えを明らかにしており、ワクチン接種証明の利用やワクチンパスポートの運用は州や民間に任せている。同政権のコロナ対策チームを率いるジェフリー・ジエンツ氏が3月にワクチン証明に関する会見を行った際に、証明書のシステムはシンプルで誰でも無料で使え、プライバシーを保護し、オープンソースで公開され、そしてスマートフォンやPCを使っていない人達を除外しないアクセシブルな仕組みでなければならないとした。

  • 300近い航空会社が参加する業界団体International Air Transport Association(IATA)がデジタルヘルスパスポートのロールアウトを開始

米国で最も早くワクチンパスポートの運用を開始したのはニューヨーク州だ。州の予防接種データベースと連動した「Excelsior Pass」という公式アプリの提供を3月に開始した。QRコードを通じて接種歴などを提示し、州内のスポーツやビジネス、各種イベントの入場に利用できる。開発にはIBMなどが協力し、個人データの漏洩防止にブロックチェーンを用いている。

しかし、ニューヨークに続く州は少ない。ワクチンパスポートに相当する仕組みを積極的に進めているのはカリフォルニア、ルイジアナ、ハワイだけ、モバイルアプリのデジタルワクチンパスポートを用意しているのは今もニューヨークのみである。ニューヨークではExcelsior Passの導入・運用に1700万ドルの費用がかかっており、当初の予測より250万ドルも高くなったことで費用という面でもデジタルワクチンパスポート導入の議論が広がっている。

一方で、共和党支持者が多い州を中心に19州では、例えば旅行の際にワクチンパスポートの提示を求めるのを禁じるなど、州内のワクチンパスポートの利用に何かしらの制限を設けている。さらに7州でも同様の制限が検討されている。

そうした州の中には、Covid-19感染が拡大した際にマスクの効果を疑ったように、ワクチンパスポートを不要な負担と見なしている州もある。ワクチン接種や陰性の証明を示さずに行動できるようになるのが最も望ましいが、今がすでにその時かと考えると大きな疑問符が付く。感染再拡大となれば、そうした州のビジネスが特にダメージを受けることを考えるとリスクは大きい。

Covid-19禍がすでに終わったかのような振る舞いは論外として、突き詰めると、変異ウイルスの脅威が残る中でワクチンパスポートの効果を予測するのは難しい。予測できないから具体的な目標や安全基準、役割を設定することができない。日本でもオリンピックの有観客の議論や個人消費回復のための議論などでワクチンパスポートの活用が提案されてきたが、ワクチンに対する理解が深まり、変異ウイルスの脅威が収まるまでは慎重に進めざるを得ない。まだまだ時間がかかりそうだ。ただ、その時間が無為なものになるわけではない。米国では今、ワクチンパスポートの取り組みが主なものだけで20近く存在し、それらがプライバシーを保護して必要最小限の情報を正確に記録し、誰もがシンプルに利用できる方法に整理して連携させることが課題になっている。さらに標準化という課題もあり、世界中で同じように使える仕組みの実現に向けて今から準備していくべきことがたくさんある。