今回は、神奈川県川崎市の武蔵小杉にあるスーパー、大野屋さんにおじゃまします。産直野菜や無添加食品などこだわりのある商品を中心に扱っているスーパーです。

スーパーということは、値付けなどの場面でいろいろな数字を扱っていそうです!

-お話を聞くのは、大野屋を展開する株式会社大寿の青果部MD(マーチャンダイザー)、櫻田武さんです。櫻田さん、今日はよろしくお願いします。

櫻田さん:よろしくお願いします。

櫻田武さん

-はじめに大野屋さんの特長を教えてください。

櫻田さん:私は18年前、新卒で大野屋に就職しましたが、当時は正直なところまだこれといった特長もない、普通のスーパーでした。競合になるスーパーも少なかったですし、とくに工夫しなくても商品がそろっていればそれなりに売り上げは上がっていました。

しかし、近くに新しいスーパーが出店したことをきっかけに、少しずつ品ぞろえに特長を出せるよう意識するようになったという感じです。

-品ぞろえは、どんなところにこだわっているんでしょうか?

櫻田さん:まず、地元のものをできるだけ取り扱うようにしています。あとは市場を通さない産地直送のものですね。

-野菜を作っている農家さんは全国にたくさんありますよね。どうやって産直野菜を仕入れているんですか?

他では手に入りにくい産地直送の野菜がたくさん

櫻田さん:生産者さんは野菜を作ることは長けているのですが、売ることは苦手な方が多いのです(笑)。そんな生産者さんと私たち小売りをつなげてもらおうと、バイヤー経験のある方に協力をお願いしました。現在は、そういう方とのつながりで、いろいろな生産者さんを紹介してもらっています。

-なるほど! 現在大野屋さんで取り扱っている市場からの野菜と、産直野菜の比率はどれくらいなんでしょう?

櫻田さん:金額ベースで換算すると、3年前までは9:1くらいで、市場のものが大半でした。でも去年からその割合を意識的に変えていこうということで取り組みを強化した結果、現在は産直品が4割近くを占めるようになりました。

-売り上げはどう変わりましたか?

売り上げ金額だけでいえば、残念ながら大きく伸びたということはありません。しかし、武蔵小杉は再開発が進んでスーパーもたくさん増えてきています。その中で、今も多くのお客様に来ていただいているのは産直野菜のおかげかなと思っています。

-産直野菜にこだわりがある大野屋さんの中で、櫻田さんはバイヤーを担当されているということですが、仕入れ以外にはどんなお仕事をされているんですか?

櫻田さん:野菜に関しては、売り上げの管理・値付けから売場作りまで、ほとんどすべてのことに携わっています。

売場には生産者の写真やレシピなどのポップが随所に

-野菜は価格の変動が激しいので、値付けには苦労されているのではないですか?

櫻田さん:そうですね。同じ商品の価格が、ほんの数日で半分になったり数倍になったりするのは野菜くらいでしょう。市場での価格が暴落したときは、とくに難しいです。他のスーパーがいくらで売るかも気になりますし、そもそも値段が半分になったからといって、通常の倍売れるかといえば、絶対に売れません。せいぜい1.3倍から1.5倍といったところです。つまり、売り上げベースでは減収になってしまうのです。

-確かに、私たちも安くなったからといって倍は食べませんね…。

櫻田さん:そうでしょう?(笑) こういうときのためにも産直野菜の比率を増やす必要があると思っているのです。産直野菜については年間契約をして売価を安定させているので、価格変動に悩まされることはほとんどありません。

-市場の野菜が高騰しているときも、産直野菜の価格は変わらないんですか?

櫻田さん:はい、ずっと同じです。ですから、価格変動がとくに大きい葉物野菜など、産直品の方が安くなることもありますよ。

-そうなんですか!? 野菜が高いときは産直品も一緒に高くなるのかと思っていました。

櫻田さん:産直野菜の価格を一定にしておけば、市場の野菜が高騰した際に「同じ価格なら産直野菜を」と食べていただくきっかけにもなります。そして、そのおいしさを知っていただき、産直野菜のファンになってもらえればと思っています。

-実際、ファンが増えていると感じる産直野菜はありますか?

櫻田さん:いろいろありますが、極端な例としては「原木生シイタケ」ですね。これは地元神奈川県の生産者さんということもあって、思い入れもある商品なのですが、市場の生シイタケよりも3割ほど高いのです。そのため、最初のころはまったく売れず、来る日も来る日も売れ残って廃棄していました。

でも、味には絶対の自信があったので、あきらめずに置き続けたところ、徐々に売れ始めて、今では売り切れになるほどの人気商品になりました。値段も売り方もまったく変えていませんから、味そのものが評価されて固定ファンが付いたのだと思っています。

地元の人気商品「原木生シイタケ」

-仕入れや売り上げ見込みをコントロールしていくなかで、数字を意識することはありますか?

櫻田さん:そうですね。ふだんあたり前のようにやっていることではありますが、仕入れは数学的だと思うことがあります。たとえば、ある商品を1個100円で仕入れようとしたとき、その「正解」にたどり着く方法はいくつかありますが、ほとんどの場合「正解」にたどり着くことができます。

ところが、売り方にはそういった数学的な正解がないのです。お客様の満足度は数値化できませんから、日々の業務の中でどんな売り方が正解なのか、感覚を磨いていくしかありません。でも、だからこそやりがいもあると思っています。

-櫻田さんは数学についてどう思われていますか? 学生のころ、数学は苦手だったと伺いました。

櫻田さん:学生時代は先生に申し訳ないくらい、テストでひどい点を取っていました(笑)。当時は数学に興味がなかったのだと思います。ところが先日、業務で分数の計算が必要になり、再度自分で復習したのですが、とても楽しかったです。今は仕事の中で数字の持つ説得力をとても実感していますし、あらためて数学を勉強してみたいと思うようになりました。

-それはすばらしいですね!

櫻田さん:この仕事に携わっている者はみんな「商品が売れたときがうれしい」と言います。もちろん、売れるとうれしいのですが、やはり商売ですから「儲かってうれしい」という意識が必要だと思っています。そのためには、商品の値段が1円変わることで、4店舗1年間の売り上げがどれだけ変わるかといった数字の意識を常に持っていたいと思っています。

-数学をまた勉強したくなったら、いつでもご相談にいらしてください! 今日はどうもありがとうございました。

バイヤーさんというのは、扱い品目の割合や値付け、売り上げなど、多くの数字をコントロールしなくてはいけないお仕事だということが分かりました。一方で、お客様の満足度は数値化できないというお話も印象的でした。

心をはかるのは高度な数学をもってしても難しいことですね。今日はお勧めの「原木生シイタケ」を買って帰って、自分の満足度がどれくらいになるか試してみたいと思います!

今回のインタビュイー

櫻田武(さくらだたけし)
株式会社大寿 青果部MD
新卒で入社して以来、大野屋青果担当一筋
全4店舗で扱う野菜を一手に管理している

このテキストは、(公財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。

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