「カワサキ国」の衝撃

未成年による中学1年生の殺害事件の舞台となった神奈川県川崎市が、ネット上で「カワサキ国」と呼ばれています。凶行に及んだ手法が、シリアにおける邦人殺害事件を連想させたことと、ネット上を飛び交った風聞から生まれた「無法地帯」のイメージを、テロリスト集団の支配地域である自称「イスラム国」になぞってのことです。

被害少年と犯人らが、メッセージングアプリ「LINE」で連絡を取り合っていたことから、未成年による犯罪や、非行行為が表面化しにくくなったと、テレビコメンテーターは訳知り顔で語ります。まるで「LINE」が、未成年を非行に走らせているかのようです。

しかし、動画投稿サイト「YouTube」が、自称「イスラム国」に残虐性を与えたわけではないように、「LINE」がなくても未成年が非行に走ることは、すでに「ビー・バップ・ハイスクール」が証明しています。SNS花盛りの現代においても、少年少女の非行の兆候は、リアルの世界で公開されています。

実名か匿名化

この事件では、未成年犯罪の「匿名報道」も議論を呼びました。

主犯Aを「週刊新潮」は実名で報じ、ネットでは早い段階で、犯人の実名と顔写真が拡散されていました。同音異字による苗字の間違いを除けば正確で、ネットに無縁な70才を過ぎた義父ですら知っていました。

ネット時代に「少年法」による「匿名報道」はすでに「0.2」ですが、事件自体の報道が目的ではありませんので、本稿では「犯人」としています。

「少年法」は未成年の「更生」を目指す目的でGHQの指導により制定された法律ですが、想定していたのは「保護して教育を施すことで矯正可能な、貧しさから食糧を盗むなどの犯罪」であり、知人を斧で殺害した名古屋の事件や、本件のような「理由なき殺人」ではありません。

また、怨恨など「殺意」による犯行なら、第三者が犠牲になる可能性は極めて低いと言えます。しかし、「理由なき殺人」は、次に誰が犠牲者になっても不思議ではありません。つまり我が身と我が子、そして友だちらを守るためにも、積極的に情報を拡散するのは「ネット時代の自己防衛」といっても良いでしょう。加害者の周辺に住む「善良なる一般市民」の安全と安心のためには、犯人情報は共有されるべきと考えます。

拡散された情報には誤報も含まれ、それを危ぶむ声もありますが、ならば尚のこと「実名報道」による、誤報の打ち消しが必要な時代になっているのです。

Sとは何か

犯行前に、犠牲となった中学一年生が殴られ、目に大きな青アザを作っていました。これに抗議するために、中学校のOBらとされる不良グループが、犯人の自宅に乗り込んでいった話が、犯人逮捕直後の一部報道では、犠牲者を守るための「美談」として語られていました。しかし、「青アザ事件」はずっと前に解決していたと、当の不良グループのコメントとして「週刊文春(2015年3月19日号)」が報じます。

そして、"Sの取り立てにいっただけ(要旨)"と告白します。「S」とは「賽銭泥棒(Saisen-dorobou)」で、犯人らは、遊ぶ金欲しさに、近隣の神社から賽銭を繰り返し盗み、不良グループはこの賽銭を恐喝しようと押しかけたのです。後の犯人の母親が、不良らの予想に反して警察を呼んだので、とっさについた嘘が「青アザ」であり、これが「美談」の真相です。

いつの時代もグレるには「金」が必要なのです。

ダーイシュとの類似点

最近では見かけなくなりましたが「ボンタン」「短ラン」などの「改造制服」は高額で、裏地の刺繍だけで数万円から十数万円します。

不良のマストアイテム「タバコ」にしても、度重なる増税により高級品となっており、酒を飲むにも、カラオケに興じるにしても金がかかります。

川崎の犯人は、通り魔的に鉄パイプで通行人を殴り重症を負わせた事件で、昨年末まで鑑別所に入っており、出所してきてからは仕事をしていなかったようです。しかし、凶行直前に酒を飲み、外食できるほどの「遊ぶ金」を持っていました。賽銭泥棒で得た金なのでしょう。

つまり「金遣い」から「非行」はチェックでき、リアルの世界で公開されている「金遣い」という情報に、無関心・無頓着な「保護者0.2」が増えたことが「カワサキ国誕生」の背景にあるということです。さすがの「LINE」も、リアルマネーの動きまでは記録できません。

ネット上に拡散していた犯人の写真は、不良グループが賽銭泥棒の金を奪うために「指名手配」の写真として、殺人事件発生前に拡散されていたようです。

盗んだ金でも、手元にあれば自分の金と錯覚するのが泥棒です。それを不良グループが「青アザ」を理由に、自宅にまで押しかけ奪おうとし、ネットでも「包囲網」が構築されつつあったことが、被害者への逆恨みとつながり凶行へ及んだ……とは推測に過ぎません。

ただ、今も昔も「非行と金」は密接な関係にあります。それは「LINE」なんかより遙かに密接な関係といえるでしょう。

エンタープライズ1.0への箴言


不良を続けるには金がかかる

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」