FacebookのVR

3月25日(現地時間)に開催されたFacebookの開発者向け発表会「F8」で、創業者でCEOのマーク・ザッカーバーグは「仮想現実(VR、Virtual Reality)」に注力すると発表しました。昨年すでに、VR向けのヘッドマウントディスプレーを開発するベンチャー企業を買収しており、そのノウハウをFacebookに導入することで、離れた場所にいるユーザー同士の「体験の共有」を目指すものです。

仮想現実は、様々な分野での利用が見込まれ、2018年までには世界で7兆円の市場規模になると日テレは報じます。実際にFacebookがサービスを開始すれば、礼賛する記事が量産され、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレーを装着した、女子アナの体験レポがニュース番組で垂れ流されることでしょう。

しかし、仮想現実の歴史は古く、1968年にユタ大学で開発されたヘッドマウントディスプレーを起点にすれば、半世紀を迎える2018年の世界の市場規模が7兆円です。斜陽が叫ばれるパチンコ業界の18兆円の半分にも遠く及ばないところが、仮想現実の現実です。

3Dテレビの敗北が象徴

仮想現実の取り組みは国内でも活発で、3Dキャラクターによる対戦ゲーム「バーチャファイター」がゲームセンターに登場したのは1993年で、俗に「インターネット元年」と呼ばれる1995年には、任天堂が「バーチャルボーイ」というゲーム機を発売しております。ネットの世界では「セカンドライフ」の喧噪は2007年。定年退職後の田舎暮らしの話しではなく、ネット上の仮想現実での交流を楽しむサービスです。

2009年に世界興行収入歴代1位を叩き出した「アバター」は、「3D映像」により映画館での仮想現実を実現しました。そして翌年の2010年は「3D元年」と銘打たれ、家電各社は次々と「3Dテレビ」を発売しました。いま、家電コーナーに並ぶのは「4Kテレビ」です。

「アバター」の成功と、3Dテレビの失敗が市場規模の限界を示唆しています。映画館という非日常なら「仮想現実」を楽しめても、お茶の間という日常空間で「仮想現実」を求めてるユーザーは少ないのです。実際にFacebookも「F8」で、優先的に取り組むと発表したのは「メッセージング機能」で、要するにFacebookの「LINE化」です。

キャプテン翼とロナウドの比較

こんな声もあります。

「画像処理技術が発達した現代では、本物は往々にして偽物に負けてしまう」

こう主張するのは、東大大学院の博士課程に在籍し、社会学者を名乗る古市 憲寿氏。世界遺産のサグラダ・ファミリアや、パルテノン神殿といった実物よりも、「世界中の写真家がたちが競い合って撮った写真のほうが、実物よりも遙かに素晴らしい」というのです。

この主張が正しいのなら、画像処理技術の粋を集めた「仮想現実」の市場規模は、旅行業界を上回ることでしょう。しかし2012年のデータで、国内市場のみで21.2兆円、生産波及効果は46.7兆円にまで増大します。

古市氏は「仮想現実0.2」です。漫画「キャプテン翼」の主人公と、クリスチャン・ロナウドを比較し、リアルのサッカーが負けたというようなものです。「写真」と「被写体」を比べる時点で議論が破綻しています。

古市氏の珍説はともかく、拡張現実に一般的な拡がりは期待できませんが、医療分野での応用は期待されています。投薬や手術のシミュレーションなど、まさに「仮想現実」だからできる分野です。また、福島第一原発における廃炉作業にも役立つことでしょう。

究極の仮想現実とは

一方で仮想現実には人類滅亡のリスクもあります。義足や義肢を動かすために、脳が発信する微弱電波を捉える「入力装置」はすでに実用化されています。これとは反対に、脳に特定の電波を送り込むことで、映像を直接、脳内に映しだす「脳内ディスプレイ」的な装置が開発されれば、古市氏の妄言も現実となります。

画像処理技術で描かれた偽物が、脳みそにダイレクトに転送されれば、受信者にとってはそれが「現実」となるからです。また、食感や嗅覚、味覚もすべて「脳」が感じていることで、これをコントロールするデバイスができれば、究極の仮想現実、いや「脳」においては「現実そのもの」を「体験」できるようになります。

すると、食事も取らずに「食事を取った」という信号を脳に与えれば、栄養不足で文字通り「死ぬ」まで、快適で欲求をすべて満たしてくれる仮想現実の世界に、人間は居続けることが可能となります。

グーグルを筆頭に、IT企業各社が研究する「人工知能」が発展し、人工知能が社会を管理する時代が訪れ、結論として「人類を不用」と判断すれば、人類を楽しませたまま滅亡へと追い込むことが可能となるのです。

「マトリックス」を思い浮かべる事態ですが、この話はSF過ぎるでしょうか。しかし、すでに総務省は2010年に「戦略的情報通信研究開発推進制度」で「触覚ディスプレイ開発のための脳内機構の検討」というレポートを発表しています。これは「脳内仮想現実」を目指すもので、課題は多いと結びながらも、研究はすでに始まっているわけです。

エンタープライズ1.0への箴言


仮想現実はリアルに勝てない、いまはまだ

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」