Webで政治を動かす(笑)
今年の1月に投開票された佐賀県知事選挙では、ネットを使った「ネガティブキャンペーン(落選運動)」が「微力」を発揮したと言われました。また、数十票の「微力」が当落を分ける地方議会議員選挙で「ネット」は重要な戦場となります。この春に実施される統一地方選挙を前に、神奈川県警が「県警サイバー犯罪対策課」との連携を発表したのは、あなどれない「微力」だという認識があるからです。
正反対の動きを見せているのが、ネット系の有識者や有名人たちです。昨年末の衆院選挙を最後に「ネット選挙」の話題をすることが激減し、
「Webで政治を動かす!」
と掲げていた有名人は、クイズ番組で愛想笑いを浮かべています。
選挙が近づくと、また騒ぎ始めるのでしょうが、彼らは「政治」というコンテンツが、"最もネットとリアルの乖離が激しいジャンル"であることを知りません。それは、総数と対象の混同という、ビジネスならば致命的なミスを犯しているからです。
タイタニックにすらなれない
ちょうど1年前に「結党」された「インターネッ党」をご存知でしょうか。
都知事選挙に出馬した家入 一真氏と、参謀格の堀江貴文氏らが掲げた政策に賛同した有名アナウンサーや著名評論家、カリスマノマド、人気ミュージシャンらによる政治団体です。
Webサイトに掲げる「3つの活動宣言」では、都知事選立候補時に「公募」した政策の実現とメルマガの発行、2020年までに東京23区全ての区長選挙に立候補者を擁立していくとあります。ちなみに「IT」を出発点としている家入・堀江両氏が中心となりながら、SNS全盛の時代に「メルマガ」を軸に据える「レトロ感」を今回は突っ込みません。
船出してすぐに座礁します。初陣を飾るはずの昨年6月の中野区長選挙に、候補者擁立ができず、その後の選挙では動きすらなく、先日行われた台東区長選挙でも沈黙を守り続け、事実上の活動停止となっています。まるで日の出桟橋から出航した観光船が、芝浦ふ頭の手前で座礁したかのようです。あるいは「東京マラソン」における一般ランナーが、スタート地点を通過する前に棄権したようなものです。
彼らはどれだけ真剣に政界進出を考えていたのか? という疑問は、既にそのサイトに掲示されていました。
タイムスケジュールという基本
サイトをスクロールすると「東京23区区長選スケジュール」と見出しとともに各区長選挙の予定が掲載されています。2015年のスケジュールには、「4.24」に中央区、板橋区など13区長選挙、「5.15」には足立区長選挙と書いてあるものの、どちらも「金曜日」です。
私が知る限り、国内選挙の投票日の大半は「日曜日」。選挙日程は「予定」に過ぎないとはいえ、賛同者はみな30才を越え、むしろ40代が多数を占める著名人や有名人ですが、このうちの誰1人として「カレンダー」を確認していなかったというわけです。あるいは、投票日に日曜日が選ばれることが多いことを知らなかったのかもしれませんが。
この程度の人物たちでも政治を志すことだけは自由です。誰でも政治に参加ができる。それが民主主義であり、健全に機能している証拠であるわけです。問題は「この程度」の集まりを「新しい政治の動き」のように称揚する人々がいたことです。
ある著名ジャーナリストは、ヨーロッパの「海賊党」を引用して新しい政治ムーブメントであるかのように紹介し、一方で、手放し、いや、野放しに賛意を送る有名経済学者もいました。
そしてFacebookには3000近い「いいね!」が寄せられ、2600ものリツイートで拡散されていましたが、私が確認したところツイートのなかに「金曜日だよ」というツッコミを確認できなかった点は「拡散0.2」とも言うべきでしょうか。
永遠のベータ版
政治家のレベル低下が嘆かれますが、有権者のチェック機能も等しく低下していることが「可視化」された現象ともいえます。
ブログの普及により、無責任な素人が政治を論じる「床屋政談」を公開できるようになりました。不遇に置かれるものが、政治に責任転嫁するのはいつの時代も同じです。語弊を怖れずに言うなら、政治マニアと負け組の声が、政治や選挙における「ネット世論」の正体です。前者は興味から、後者は暇つぶしのために、いつまでも議論を続けています。それを「国民の声」と勘違いした連中が「ネット選挙」を礼賛していたのです。
これがビジネスなら致命的です。いわゆる「顧客層」の設定を間違えているからです。「ネット利用者」の総数は有権者数とほぼ重なります。しかし、ネット空間で「政治、選挙」に興味を持つのは「マニア」と「負け組」、そして「政治家」だけです。
少数派の嗜好を、全体に当てはめており、いわば「マヨラー」の主張をもとに「和食」を語るようなものです。だからネットは「微力」にはなっても、政界を動かす力にはならないのです。
エンタープライズ1.0への箴言
「言論には言論」の原則を守れないジャーナリストにはご注意を
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」