第158回でも説明したように、大がかりな整備作業になると、風雨にさらされたり埃を被ったりする可能性がある屋外での作業は避けたい。その極めつけが、機体を分解して実施する大規模整備ということになる。

イランではなくアイラン

軍用機と民航機では整備作業の呼称が違うし、軍用機でも国によって異なることがあるのだが、自衛隊機の場合、定期的に実施する大規模整備のことをアイランと呼んでいる。

これは「IRAN(Inspection and Repairing As Necessary)」の略で、つづりは同じだが中東の国名とは関係ない。防衛省の日本語訳では「定期修理」という。米軍だとデポ整備という呼び方もあるようだ。

配備先の基地では在姿状態、つまり機体をバラさずに「今ある姿」のままで検査や整備、あるいはエンジン、LRU(Line Repairable Unit)、SRU (Shop Repairable Unit)の交換を行う程度だが、IRANに入ると話は違う。完全に部品単位でバラバラにしてしまうわけではないが、中身をむき出しにして検査・補修・交換を実施する仕儀となる。

こうした作業は、軍が専門の施設を抱えているケースがあるものの、多くの場合は製造元のメーカーに委託している。メーカーなら機体のことがよくわかっているし、必要な人材も機材も施設(つまり整備用格納庫など)もあるから、それを活用するほうが合理的である。

IRANでは機体をバラすので、もしも能力向上改修や延命改修が必要になった場合は、IRANに併せて実施するのが合理的だ。なぜかといえば、搭載機器を変更するとか、機体構造材の補修あるいは交換を行うには機体をバラさなければならない。それなら能力向上改修や延命改修をIRANとは別個に実施するよりも、まとめて実施するほうが無駄がない。

その辺の事情は日本も他国と同じで、例えばF-15やF-2の能力向上改修はIRANの際にやっている。飛行機に限った話ではなくて、艦艇の能力向上改修も入渠整備(ドック入り)に併せてやることが多い。

一度にすべての機体がIRANに入るわけではないから、能力向上改修や延命改修をIRANに併せて実施するとなると、毎年、少しずつ作業を進めていくことになる。対象全機の能力向上改修や延命改修を済ませるまでに、かなり時間がかかる一因がこれである。

そんなわけで、メーカーの工場がある飛行場では時折、IRANに入る機体が飛来したり、IRANを済ませた機体が試験飛行を実施したり、といった場面に遭遇することができる。ただしもちろん、そのスケジュールは非公開だから、出会えるかどうかは運次第。もしも能力向上改修が施されていれば、IRANの前後で搭載機器に変化が生じている可能性があるので、機体の外見が少し変わっているかもしれない。

  • 検査により、クラックが生じた主翼の交換が必要と判断された、米空軍のF-15C。交換のために主翼が外されているので、主翼と胴体を結合するための金具が6ヶ所ある様子が分かる。作業場の床がきれいに清掃されているところにも注目したい Photo : USAF

修理ではなく総取り替え

飛行機の機体構造材は、飛行によって荷重がかかることで少しずつ傷んでくる。だから基本的に、飛行機の機体構造寿命は飛行時間によって決まるのだが、激しい機動を行う戦闘機はそれだけでは決められない。同じ飛行時間でも、ただ単に移動のためのフライトを行うのと、格闘戦の訓練を行うのとでは、機体にかかる負荷がぜんぜん違う。

だから以前にも書いたように、機体構造材にセンサーを取り付けて、実際にかかった荷重負荷を測定するようなことも行われている。そうすることで、「まだ使えるのに、寿命だと判断してしまう」とか「もう寿命なのに、まだ使えると判断してしまう」といった事態を避けようという狙いである。

とはいえ、それは限られた寿命を有効に使うという話であって、寿命が延びるわけではない。いつかは寿命が来るが、そうなった時にどうするか。また、設計時に設定した寿命に達していなくても、負荷のかかり具合や設計上の不備などが原因で、想定より早くクラック(亀裂)が生じるようなことも起きる。

ある機体では、主翼を胴体にリベットで固定していたら、そのリベット穴の周囲にクラックが見つかった。問題は、クラックが発生した方向が想定と違っていたことで、並んだ穴と穴の間にクラックが生じていた。すると、クラックが広がっていけばそれらがつながってしまい、一気に破断する可能性が出てくる。

軽微な傷みであれば、補強材を当てて済ませることがある。古いF-16の中には主翼付け根の上面に補強板を当てている機体があるが、これは構造材の傷みに対処した事例の1つ。ただ、補強板ぐらいで済めばいいが、それでは足りないということもある。

そして、予算の関係で新しい代替機を買うわけには行かないとなると、機体構造材の交換という手を使うことがある。つまり、機体をいったんバラして、傷んだ部位の構造材だけ新品に替えるのである。

よくあるのは、翼胴結合部や主翼の交換。飛んでいる飛行機は、主翼が発生する揚力で支えられているから、主翼や、その主翼と胴体をつなぐ部分に大きな負荷がかかるのは容易に理解できるだろう。その辺の話は本連載の第2回でも取り上げたことがある。

具体例としては、ノルウェー空軍のP-3C哨戒機がある。これは大がかりなもので、主翼のうち外翼と中央翼の下面外板、さらに水平尾翼、垂直尾翼前縁、エンジンナセルなどを交換した。これで飛行時間15,000時間分、期間にして20~25年の延命を図った。面白いのは米海軍のF/A-8C/Dで、中央部胴体の構造材を交換した。これは第2回でも説明したように、着艦時に大きな衝撃がかかる部位だから、という理由。

  • 2012年に撮影されたノルウェー空軍のP-3C Orion Photo : STORE NORSKE LEKSIKON

こんな具合で構造材を取り替えるとなると、機体をバラバラにして搭載機器・配線・配管をみんな外さないと作業ができない。そんな作業を露天ではやりたくないから、これもまたメーカー送りにして、メーカーの整備用格納庫で作業を行うことが多い。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。