ここまで、陸上の飛行場に設ける格納庫や、そこで行われる整備作業の話について書いてきた。ところが、固定翼機にしろ回転翼機にしろ、発着する場所は陸の上だけではない。フネから発着することもある。

航空母艦と整備用格納庫

「航空母艦」、略して「空母」である。英語なら「aircraft carrier」だが、中国語圏だと「航母」というようだ。最上甲板を、必要最低限の上部構造だけ残して真っ平らにして(だから 「flat top」という)、そこで飛行機を発着させる。

ところが、空母の機能は航空機の発着だけではない。「浮かぶ飛行場」である以上、発着だけでなく整備の機能も必要になる。アメリカ海軍の空母のように半年も海外で航海するようになれば、その間に搭載機の整備をしないわけには行かない。

そして、整備作業を露天で行うのは具合が悪い事情は、艦上でも陸上でも同じ。そこで、飛行甲板の下に格納庫甲板を設けて、整備が必要な機体はそちらに降ろす。そのためにエレベーターを設けてある。

逆にいえば、格納庫に降ろすのは「格納庫に降ろす必要が生じた時」だけで、普段は飛行甲板に駐機したままである。だから、「米空母の搭載機数 = 格納庫甲板のスペースに収められる機数」ではない。格納庫甲板のサイズと機体のサイズを基に「搭載可能機数」を計算しても、それは数字の遊びに過ぎない。

一般公開イベントでもない限り、部外者が空母の飛行甲板や格納庫甲板を目の当たりにできる機会はないが、数少ない例外がアメリカ・カリフォルニア州サンディエゴにある空母ミッドウェイ博物館。以前、横須賀に前方配備されていた空母「ミッドウェイ」がそのまま、港に繋留されて博物館になっている。

ここでは飛行甲板も格納庫甲板も自由に見物できるので、空母がどんな構造になっているか知りたい向きには大いにお薦めしたい。サンディエゴ空港から近いから、行くのは楽だ。

  • サンディエゴの空母ミッドウェイ博物館。この艦を横須賀で御覧になった方もいらっしゃることだろう

空母とAIMD

話が前後するが、軍用機の整備は列線整備と重整備に大別できる。

前者は日常的に運用現場で行っている点検整備で、消耗品の交換や、不具合を起こした機器の交換も行う。

前回に取り上げたLRU(Line Replaceable Unit)は機器の交換を迅速に行うための工夫だし、エンジンの取り下ろしを容易にしているのも同じ理由。交換作業を速くできれば、結果的に可動率が上がる。

後者はいわばオーバーホールで、デポ、あるいはメーカーの工場に入れて実施する。機体や搭載機器などをバラして検査するだけでなく、傷んだ部分を補修する作業も加わる。

陸上基地から運用していれば、「配備先の基地で列線整備」「デポやメーカーで重整備」と分けられるが、空母はどうか。本国を離れて長期の「遠出」をすると、その途中で整備の必要が生じた時に、いちいち本国に送り返すわけにも行かなくなる。

そこで米海軍の空母には中間整備部門(AIMD : Aircraft Intermediate Maintenance Department)なる組織があり、列線整備よりも突っ込んだレベルの整備作業を艦上で行えるようにしている。すると当然、艦上にはそのための場所と設備が必要になる。

機体の整備点検だけでなく、エンジンを降ろして整備点検するための道具立ても整っている。エンジンを整備すれば当然、それがちゃんと機能することを確認するための試運転が必要になる。

米空母の場合、格納庫甲板の後ろの端が試運転場になっている。もちろん、開口部は扉で閉鎖できるようになっているが、その扉を開けば艦尾から後方に向けて開けた空間ができるので、そこにエンジンを据え付けて試運転をやる。

  • 米空母「ロナルド・レーガン」の艦尾。飛行甲板の下、艦名標記の上の部分に開口部があるが、ここでエンジンの試運転をやる

ちなみに、もしもエンジンに不具合が発生して代わりが必要になったらどうするか。艦上でどうにもならなければ、代わりのエンジンを陸上基地から空輸してくる。COD(Carrier Onboard Delivery)といって、空母に発着できるサイズにまとめた専用の輸送機があるのだ。今はC-2グレイハウンドという機体を使っているが、今後はCMV-22Bオスプレイに交代することになっている。

海自の艦は?

では、海上自衛隊はどうか。米海軍みたいな大きな空母はないが、ヘリコプターを搭載している護衛艦はたくさんある。

通常、護衛艦のヘリコプター格納庫は機体を収容するのがやっとのサイズで、列線整備レベルの作業はできても、大がかりな整備は難しい。その辺の事情は、他国のヘリコプター搭載水上戦闘艦も同じである。

しかし、「ひゅうが」型や「いずも」型といった「flat top」型のヘリコプター護衛艦は、米空母と同様、飛行甲板の下に広い格納庫甲板を備えている。

  • 護衛艦「いずも」の格納庫。艦尾から艦首方向を見ており、整備用区画は撮影者の背後にある

その格納庫甲板のうち最後部が整備作業用という位置付けで、ある程度、大がかりな整備作業に対応できるようになっている。自艦だけでなく、他の艦が搭載するヘリコプターを受け入れて整備することも視野に入れている。

そして、この最後部の一角だけ、他のエリアと比べると天井が高くなっている。ことにヘリコプターの場合、エンジンやローター・ヘッドみたいな重要機能が上部に集まっているので、機体の上に登って作業したり、機体の上から脱着を行ったりする場面が多い。だから頭上の空間が十分にないと、作業に差し障りが出る。

相手が同じ飛行機なのだから、艦上での整備だからといって、陸上でのそれと比べて内容がガラッと変わることはないはず。ただ、作業を行う場所が狭い上に、海洋状況次第では揺れるから、陸上と比べると作業条件は厳しいだろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。