本連載ではハードウェアの話が多いのだが、今回はハードウェアの話よりもソフトウェア(オペレーション)の話が主体になりそうだ。お題は「軍民共用空港」。

軍民共用空港とは

普通、「空港」(airport)というと、民航機が発着する場所を指す。軍用機が発着する場所は「基地」(air stationまたはair base)ということが多い。両者を総称して「飛行場」(airfield)というが、「空港」「基地」以外でも、飛行機が発着するために滑走路などを設けた施設が含まれる。

民航機が使用する「空港」と軍が使用する「基地」は別々に設けることが多いが、1つの飛行場が両方の機能を兼ねている事例も案外とある。日本でパッと思いつくところを、空港名を基準にして列挙してみると……

  • 千歳空港(航空自衛隊)
  • 丘珠空港(陸上自衛隊)
  • 三沢空港(アメリカ空軍)
  • 茨城空港(航空自衛隊)
  • 小松空港(航空自衛隊)
  • 県営名古屋空港(航空自衛隊)
  • 岩国錦帯橋空港(アメリカ海兵隊、海上自衛隊)
  • 那覇空港(航空自衛隊・海上自衛隊・陸上自衛隊)

探せばほかにもいろいろあるが、単にリストを作るのが目的ではないので、これぐらいにしておく。なお、これらのうち、千歳空港では軍民の滑走路が別になっているが、他は共用だ。

実は、海外にも軍民共用空港はいろいろある。日本に近いところでは、ハワイのダニエル・K・イノウエ国際空港(旧・ホノルル国際空港)にアメリカ空軍のヒッカム基地が同居して、滑走路を共用している。

ちなみに日本の場合、那覇では国土交通省の管制官が管制を担当しているが、航空自衛隊が同居しているその他の軍民共用空港では、航空自衛隊の管制官が管制を担当している。無論、「自衛隊の管制官だから自衛隊機ばかり優先的に扱っている」なんていうことはない。

スクランブルは最優先

ここのところ、本連載では管制の話をしているが、管制の観点から見ると、軍民共用の飛行場には独特の注意点があるものらしい。

例えば、那覇空港。利用者数は日本国内・第6位だそうで、発着する民航機の便数も多い。ところが、その合間を縫って自衛隊機も発着している。特に最近では、南西諸島方面の情勢が緊迫しており、正体不明の飛行機が来たというので航空自衛隊の戦闘機がスクランブルに上がることが多い。

いくら誘導路が混雑して、多数の民航機が待ち行列を作っていても、スクランブルに上がる戦闘機は最優先である。上がるのが遅れたら、ひょっとすると、正体不明機が何か「やらかす」かもしれない。そんなことになったら一大事だから、スクランブル発進は最優先。

もっとも、スクランブルに上がる戦闘機はもともと、滑走路の端に近いところに設けられたアラートハンガーに待機している。そして、発進の指令がかかったら、直ちにパイロットが乗り込んでエンジンを始動して、サッと上がっていってしまう。だから、スクランブル機が最優先といっても、それによって長々と待ち時間が上積みされることはなさそうだ。

余談だが、アラートハンガーの設置場所は地図サイトの航空写真で容易に確認できるので、興味があったら見てみてほしい。どこの基地でも、滑走路の端に近いところに設けてある様子がわかるはずだ。

では、降りるほうはどうか。実はこちらも民航機と戦闘機では事情が異なる。第114回で解説したように、民航機がフライト・プランを作成して燃料搭載量を計算する際は、混雑時のホールディング(空中待機)やダイバート(着陸地変更)を考慮に入れて、いくらか余分な燃料を搭載する。だから、「滑走路が混雑しているから、しばらく待て」といってホールディングさせられても、少なくとも燃料の面では問題ない。

ところが戦闘機の場合、もともと燃料消費量が多いので、戻ってきた時は燃料に余裕がない、ということもあるようだ。任務の内容によっては事前に計画を立てることができず、出たとこ勝負にならざるを得ないこともある。

すると当然ながら、戻ってきた時点で余分な燃料を確保してあるとは限らない。ということは、民航機を待たせて戦闘機を先に降ろさなければならない、という場面が発生する可能性があるわけだ。

このほか、軍用機は独特の飛び方をすることがある。例えば、着陸進入して接地するが、そのまま減速するのではなく再び加速して飛び立つ「タッチ&ゴー」。また、エンジンが止まった状態で降りる訓練など、「有事に備える組織」ならではの飛び方がある。

おまけに、軍用機といっても戦闘機だけではない。輸送機も哨戒機も練習機もいる。そういった機種ごとに、あるいは任務の内容ごとに「緊急度」「燃料事情」などに違いがある。それを頭に入れておくほうが、円滑な管制ができる。

ハードウェア的な違い

優先順の問題はオペレーション、つまりソフトウェア的な話だが、ハードウェアの面ではどうか。

まず、管制に不可欠の通信機。軍民で同じ周波数帯を使うのであれば、機体の側でその周波数に対応する無線機を搭載している必要がある。軍民で異なる周波数帯を使うのであれば、地上側で「軍用」と「民間用」の通信機を用意しておく必要がある。

このほか、航法援助施設にも影響がある。第105回で取り上げたように、民航機では超短波全方向式無線標識施設(VOR : VHF Omnidirectional Range)を使用しているが、軍用機では同じ動作原理だが周波数が違うTACAN(Tactical Air Navigation)を使用している(TACANで使用する電波の周波数はUHF)。

となると、軍民共用の飛行場ではどちらにも対応できるように、VORの機能とTACANの機能を兼ね備えたVORTACが必要になりそうだ。

ちなみに、計器着陸装置(ILS : Instrument Landing System)も民航機の専売特許ではなく、軍用機でも搭載している事例がある。F-35の場合、首脚収納室扉にILS用のアンテナが付いている。

つまり、軍民共用の飛行場で軍用機と民航機の両方を扱うには、両方の機体に対応できる設備が必要という話である。同じ飛行機だから、共通する部分は多いのだが、違う部分があれば対処方法を考えないといけない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。