このものづくり関連ニュースのまとめ
・ダッソー・システムズがバーチャルツインと産業AIを融合する3Dユニバースの構想を説明
・AURA、LEO、MARIEが業務、設計、科学の専門知識を持つバーチャルコンパニオンとして協調
・AIが設計案を広げて物理的な妥当性を検証し、最終的な意思決定は人間が担う
Dassault Systèmes(ダッソー・システムズ)は11月5日から6日にかけ、年次イベント「3DEXPERIENCE CONFERENCE JAPAN 2026」を開催している。
初日に開催された基調講演には同社CEOのパスカル・ダロズ氏が登壇し、AIとバーチャルツインによって人間の知識や能力を拡張する「3D UNIV+RSES(3Dユニバース)」の構想を説明した。
ダロズ氏が強調したのは、次の産業革命を引き起こすのはAIだけではなく、AIと科学、人間が蓄積してきた専門知識の融合だという点だ。
日本の製造業では、材料や工程、設備などに関する知識が熟練技術者の経験として蓄積されてきた。一方で、熟練技術者の引退や製品・生産システムの複雑化が進み、個人が持つ知識を企業全体で利用できる形に変えることが課題となっている。
ダロズ氏は、優れた技術者の知識を保存するだけでなく、工場や部門を越えて使える集合知へ変換することで、企業の新たな競争力にできると説明。AIによって人間の専門知識を利用できる範囲を広げ、ある工場で培ったノウハウを別の工場でも利用できる産業基盤の構築を目指すとした。
AIを前提に製品と産業プロセスを再設計
ダロズ氏によると、ヒューマノイドロボットや自動運転車、手術支援ロボットなどは、既存製品へ後からAIを搭載したものではなく、ハードウェア、ソフトウェア、センサ、AIを開発当初から一体として設計する「AIネイティブ」な製品という位置づけとなる。
製品に知能が組み込まれるだけでなく、工場やサプライチェーン、企業の業務プロセスも相互に接続され、運用を通じて継続的に学習・改善する。この変化をダロズ氏は「AIネイティブな産業」と表現する。
ただし、AIネイティブな産業が目指すのは、人間の役割をAIへ置き換えることではないことも強調。AIによって設計案や検討可能な条件を増やし、人間が従来は扱えなかった複雑な問題に取り組めるようになることが重要だとする。
設計者は、AIが短時間で生成した複数の候補について、性能や安全性、製造可能性、コストなどを比較できるようになる。AIが候補を生成することで設計空間を広げ、人間が知識と経験に基づいてそれらの候補の中から最適な案を選択するといった役割分担となる。
複数のバーチャルツインをつなぐ3Dユニバース
ダッソー・システムズが、このAIネイティブな産業を実現する基盤として位置付けるのが3Dユニバースだ。
バーチャルツインは、製品や工場を単に3D形状として再現するものではない。材料特性、構造、物理的な挙動、製造工程、利用環境、規制、設計判断などを関連付け、現実世界で何が起こるかをシミュレーションする環境となる。
3Dユニバースでは、製品、設備、工場、組織、サプライチェーン、ビジネスモデルなどのバーチャルツインを相互に接続する。さらに、製品が利用される環境や規制、関係する企業、人間が得る体験を組み合わせることで、個別の製品だけでなく産業活動全体を仮想空間で検証できるようにする。
例えば、製品の材料を変更した場合、製品性能への影響だけでなく、製造設備やサプライヤ、認証、コスト、市場投入計画に与える影響まで確認する必要がある。3Dユニバースは、それぞれの情報を個別のファイルとして扱うのではなく、関係性を保った知識として管理する。
こうした知識にAIがアクセスすることで、単に過去のデータを検索するのではなく、変更による影響を分析し、代替案を生成し、実現可能性を検証できるようになる。
AIが提案し、産業向け世界モデルが物理的な妥当性を検証
産業分野でAIを利用する際には、文章として説得力があるだけでなく、現実の物理法則に照らして正しい回答が求められる。
ダロズ氏は、航空機の翼をAIに設計させる例を挙げ、一般的な言語モデルが翼の役割や形状を説明できても、空力、応力、材料特性、製造工程などを理解し、実際に製造・運用できる設計を生成できるとは限らないと指摘した。
そこでダッソー・システムズが開発を進めているのが「Industrial World Models (産業向け世界モデル)」だ。
産業向け世界モデルは、科学的知識、エンジニアリングの専門知識、シミュレーション、企業が蓄積してきたノウハウを組み合わせ、現実世界における製品や設備の挙動を表現する。
AIが複数の可能性を生成し、産業向け世界モデルが物理現象や製造条件を表現する。さらにシミュレーションによって性能や安全性を検証し、その結果をバーチャルツイン上で現実の製品や工場へ結び付ける流れとなる。
同社が設計の実現可能性を比較した例では、汎用的なAIモデルによる検討結果の信頼性が70%台だったのに対し、産業向け世界モデルを利用した場合は92%に達したという。
もっともらしく見える設計と、物理的に成立し、実際に製造できる設計は異なる。ダロズ氏は、この違いを検証する仕組みが、自律走行車やロボット、生産設備など、現実世界で動作するフィジカルAIにとって重要になると説明した。
AURA、LEO、MARIEが専門家チームとして協調
3Dユニバースで蓄積された知識を実際の業務へ持ち込む役割を担うのが、バーチャルコンパニオンだ。
ダッソー・システムズは、プログラム管理やビジネスプロセスを支援する「AURA」、エンジニアリングを支援する「LEO」、科学分野を支援する「MARIE」を展開する。
これらは、質問に答えるだけの対話型AIではなく、企業の産業知識や科学的知識を基に、問題を理解し、解決策を探索し、複数の業務を調整するエージェントとして位置付けられている。
例えば、製品に必要な材料を調達できなくなった場合、AURAが製品開発計画やサプライチェーンへの影響を調べ、代替策を整理する。エンジニアリング上の検討が必要になればLEOを呼び出し、代替材料による強度や製造性への影響をシミュレーションする。その結果をAURAがまとめ、調達先や開発スケジュールの候補を提示する。
複数のコンパニオンが専門性を持ち寄り、1つのチームとして業務を進めることで、人間が検討できる設計案や対応策を増やす。
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「AURA」、「LEO」、「MARIE」という3つのバーチャルコンパニオンを組み込んだエージェンティックな3DEXPERIENCEプラットフォームの活用イメージ。これら連携が可能なバーチャルコンパニオンたちが、問題が発生した際の修正作業など、それまで膨大な時間がかかっていた作業を、ごく短時間で社内の過去の情報などを元に専門的な知見を盛り込んだ形で解決方針を提示してくれるようになる。スライド下の人物は、基調講演においてAIを活用したバーチャルツインと産業向け世界モデルについてのスピーカーとして登壇したDassault Systemesインダストリーエクセレンス・バイスプレジデントのアニッサ・ベリーニ氏
ただし、最終的な意思決定をAIへ委ねるわけではない。
ダロズ氏は、LEOは設計・工学、AURAはビジネスロジック、MARIEは科学という異なる視点から、根拠を持つ選択肢を提示する存在であると説明する。それぞれのコンパニオンが協調して設計の可能性を広げ、その中から何を採用するかは人間が決めるとした。
より正しい選択を行うために、人間にはAIへ適切な問いを与える能力と、AIが提示した結果を理解し、評価する能力が必要になる。そのため同氏は「ヒューマン・イン・ザ・ループ」というよりも、人間の活動にAIを組み込む「マシン・イン・ザ・ループ」であるべきだとの考えを示した。
熟練者の暗黙知を企業全体の知識へ
日本の製造業にとって、バーチャルコンパニオンのもう1つの役割となるのが、熟練技術者の暗黙知の継承だとする。
現場の知識は、設計書や作業手順書として記録されているような目に見えるものだけではなく、熟練技術者が製品や設備を見たり触れたりしながら行う判断や、過去の失敗を踏まえた選択、部門間の議論に含まれる文脈といったものにも重要な知識が存在する。
ダッソー・システムズでは、3DEXPERIENCEプラットフォーム上で行われる複数部門のやり取りや判断を関係付け、ナレッジグラフとして形成する。これまでの企業として取り組んできたことの理解につながるナレッジグラフをバーチャルコンパニオンが回答や提案を行う際の情報源として利用することで、そうした資料に記述されていること以外の文脈なども盛り込むことを可能とする。
また、日本の企業にある非デジタル化領域の情報も、例えば紙の資料であっても、現在のAI技術であれば、撮影した画像から内容を抽出することが可能であり、既存システムの情報とは関係性を解析して接続することができるとするほか、ユーザーがAIと自然言語で対話する過程も、判断の背景や暗黙知を取り込む手段になるという。
バーチャルツインを中心に設計者、製造担当者、品質担当者などが議論すれば、製品という同じ対象に関連する会話や判断も記録できるようになるとする。
バーチャル空間で学び、現実の工場へ展開
バーチャルツインは、設計支援だけでなくフィジカルAIを現実の工場へ導入する前の検証環境にもなる。
ロボットや自動搬送などの自律型設備を実際の工場で試験する場合、危険な状況を含むすべての条件を再現して行うことは難しい。そこで工場や設備、ロボットのバーチャルツインを構築し、学習や動作検証を仮想空間で行う。
バーチャル環境で設備配置、作業動作、安全性、生産能力などを検証したうえで現実の工場へ展開し、現場から得られたデータを再びバーチャルツインへ戻す。バーチャルとリアルの循環によって、製品や生産ラインを継続的に改善する仕組みだ。
ダッソー・システムズは、日本ではオムロンと協力し、製品や生産工程を表現するバーチャルツインと、工場内の設備やセンサから得られるデータを接続する取り組みを進めている。
オムロンの既存生産ラインで実施したPoCでは、ラインのバーチャルモデルを約2週間で構築し、各工程のKPIをダッシュボードで可視化する環境まで1カ月未満で整備したという。
熟練者の経験や勘だけに依存せず、現場の作業者がデータを見ながら改善すべき工程を議論できるようにした結果、大規模な設備更新を行わず、既存ラインを生かしたまま20%以上の生産性向上につなげたとしている。
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オムロンと協力して進めているバーチャルツインの取り組み。すでにオムロンでは自社のPLC生産ラインでのPoCを行っており、これまで熟練者が経験や勘を頼りに問題を確認していたものを、実際の装置などから得たデータをもとに、どこに問題があるかを把握し、そのデータを活用する形で改善につなげられる工程がどこになるのかを可視化することができているという
NVIDIAの演算基盤とバーチャルツインを組み合わせる
産業向け世界モデルや複数のバーチャルコンパニオンを大規模に稼働させるには、膨大な演算能力が必要になる。
ダッソー・システムズはNVIDIAとの協業を通じ、AIモデルの学習・推論を担うAIファクトリーと、製品や工場の設計、シミュレーション、検証を担うバーチャルツイン・ファクトリーを組み合わせることを提唱している。
NVIDIAがAIを学習・実行するためのコンピューティング基盤を提供し、ダッソー・システムズがバーチャルツインや科学的知識、産業知識によって、その演算結果へ現実世界での意味を与える役割分担となる。
一方、企業がAIへ設計情報や製造ノウハウを取り込む際には、データや知的財産を誰が管理するのかという問題も生じる。
ダッソー・システムズは、自社のAIを顧客データで学習させるのではなく、モデリングとシミュレーションによって生成した合成データを活用すると説明している。また、顧客が企業固有のデータでモデルを追加学習する場合は、セキュリティを確保したAIファクトリーを利用できるようにする。
さらに、知的財産を社外のサプライヤーなどと共有する場合には、IPライフサイクル管理によって利用状況を追跡。ソブリンクラウド「OUTSCALE」も活用し、企業がデータや産業知識に対する管理権を維持できる環境を提供するとしている。
人間の専門知識を拡張する新たなものづくりへ
ダロズ氏は、AIによって人間の専門知識が不要になるのではなく、むしろ人間の専門性を生かす新たな時代が始まるとの考えを強調した。
AIが候補を生成し、バーチャルツインと産業向け世界モデルが性能や安全性、実現可能性を検証することで、人間は従来よりも多くの案を比較し、より複雑な問題に取り組めるようになる。
AIへ適切な問いを与え、提示された結果を評価し、どの案を採用するかを決めるのは人間である。AIは意思決定者ではなく、人間が持つ知識、創造性、判断力を広げるためのパートナーとなる。
ダッソー・システムズは2027年に向け、産業AIを個別の実証や限定的なユースケースから、企業や産業全体で利用する大規模展開へ移行させる方針だ。
日本の製造業が蓄積してきたものづくりの知識、精密さ、継続的改善の文化をAIと結び付け、現場の知識を企業全体の知識へ変える。バーチャルツインと3Dユニバースが目指すのは、AIだけで自律する工場ではなく、人間とAIが共に学び、製品と生産システムを継続的に進化させる産業の姿だといえる。




