三越伊勢丹グループが、基幹業務へのAIエージェント活用に向けて動き出している。
同グループは現在、Oracle Fusion Cloud ERPを採用した基幹システムの刷新を進めている。その一方で、新システムの稼働を待たずにAIエージェントの開発にも着手した。最初の対象に選んだのは、国内百貨店で約2万3000社に上る取引先の情報を管理する、サプライヤマスタの登録業務だ。
「ローンチしてから作るというやり方もあるんですけど、それだと遅いなと思ったんです」
こう語るのは、三越伊勢丹システム・ソリューションズの木暮大宣氏だ。Oracle Fusion Cloud ERPの刷新と並行してAIエージェントの開発を進めている。
新システムの構築と並行してAIエージェントの開発を進める背景には、従来の人による操作を前提とした業務フローを、そのまま新システムに持ち込みたくないという問題意識がある。
10月6日に開催された日本オラクルのイベント「Oracle AI Forum」では、三越伊勢丹ホールディングス グループ財務経理部の武田陽介氏と、グループのITを担う三越伊勢丹システム・ソリューションズの木暮氏が登壇し、ERP刷新とAIエージェント活用の取り組みを紹介した。
講演後の個別取材も交えながら、三越伊勢丹グループが目指す業務改革の姿を紹介する。
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左から、三越伊勢丹ホールディングス グループ財務経理部 プランニングリーダー 武田陽介氏、三越伊勢丹システム・ソリューションズ プラットフォーム統括部 プラットフォーム1部 チーフリーダー 木暮大宣氏
「館業から個客業へ」、三越伊勢丹グループが基幹業務を見直す理由
三越伊勢丹グループは現在、百貨店を中心とした従来の「館業」から、顧客一人ひとりに合わせた価値を提供する「個客業」への転換を進めている。
従来の館業が、百貨店という店舗を中心に商品やサービスを提供するビジネスモデルであるのに対し、個客業では、一人ひとりの顧客との関係を重視する。百貨店に加え、金融・カード、不動産などの事業も通じて、顧客の多様なニーズに応えていく考え方だ。
武田氏は、顧客のニーズが多様化する中で、一人ひとりにいかに対応していくかが課題になっていると説明した。
武田氏は経理部門に異動する前、営業部門にも在籍していた。その経験も踏まえ、次のように語る。
「顧客に対しては営業がもちろん携わるところがありますが、経理の目線でもいかにこの個客業に携わるか、考えていかなければいけません」
つまり、個客業への転換は、顧客と直接接する営業部門だけの課題ではない。経理などのバックオフィス部門も、従来の業務のあり方を見直し、グループ全体の変革を支えていく必要がある。
その一環として進めているのが、基幹システムの刷新だ。武田氏は、従来の会計システムをそのまま置き換えるのではなく、AIの活用とどう結び付けるかが重要だと説明する。
では、具体的に何を変えようとしているのか。そこには、長年にわたって人による操作を前提に構築されてきた基幹システムと業務プロセスの課題があった。
単なるシステム刷新ではない、Fit to Standardで業務をシンプルに
三越伊勢丹グループは、基幹システムの刷新にOracle Fusion Cloud ERPを採用した。プロジェクトは2025年11月にキックオフし、新システムの構築を進めている。
ただし、今回の取り組みは単なるシステムの置き換えではない。
「これまでの仕組みは人が使いやすいように作っていました。業務フローも同じで、たくさんの人がいて成り立つ業務フローを基に構築していたんです」
木暮氏は、従来の基幹システムについてこう説明する。
長年にわたって機能の追加や改修を重ねた結果、システムは複雑化していた。一つの業務を変更するために複数のシステムに手を加える必要があり、セキュリティアップデートを適用する際にも多くの検証作業が発生していたという。こうした課題を踏まえ、今回の刷新で重視したのが、業務そのもののシンプル化だ。
「よりシンプルな業務にしていくことが、まずは必要だと思っています」(木暮氏)
一方で、すべての業務を単純化するわけではない。木暮氏によると、顧客一人ひとりの要望に応える百貨店の営業現場では、複雑な業務フローが存在する。そうした対応力こそが三越伊勢丹グループの強みでもある。
だからこそ、請求書の発行や支払いなどの定型業務は、できる限りシンプルにする。業務手続きを簡素化することで、顧客と接するスタイリストが、より自由に動ける環境を整える考えだ。
その実現に向けて採用したのが、クラウドERPの標準機能に業務を合わせる「Fit to Standard」の考え方だ。従来の業務に合わせてシステムを個別に改修するのではなく、標準機能を活用しながら業務プロセスを見直す。
プロジェクトの推進にあたっては、CFOとCIOを中心とする体制を整え、経理部門とIT部門の混成チームで改革を進めている。武田氏も、業務側がFit to Standardの必要性を理解し、従来の仕事の進め方を見直すことが重要だったと説明する。
また、Oracle Fusion Cloud ERPの選定では、SaaSとして継続的に進化することに加え、AI活用の将来像とデータセキュリティを両立できることも評価したという。
ERPの標準機能を活用して業務やデータを整理することは、AIエージェントが業務を実行するための基盤づくりにもつながる。
取引先約2万3000社のマスタ管理、RPAからAIエージェントへの転換を目指す
三越伊勢丹グループがAIエージェント活用の最初の対象として選んだのが、サプライヤマスタの登録業務だ。
同グループの国内百貨店には、2026年1月時点で約2万3000社の取引先が存在する。これらの取引先と継続的に取引し、支払いを行うためには、取引先情報をマスタとして登録・管理する必要がある。
百貨店では商品や取引先の入れ替わりもあり、取引先情報の登録・更新業務が発生する。作業そのものは比較的定型的である一方、処理件数が多く、経理部門にとって負荷の高い業務となっていた。
「現在はRPAを使ってマスタ登録を自動化しています。比較的定型的な業務ではありますが、負荷が高いというのが経理目線での課題です」
武田氏は、サプライヤマスタ登録の現状をこう説明する。
さらに、Oracle Fusion Cloud ERPのようなSaaSでは、継続的に機能や画面が更新されるため、RPAとの組み合わせにも課題があった。画面の変更に合わせてRPAの処理を修正し続ける必要があるためだ。
そこで、同グループは自動化の発想そのものを変えようとしている。武田氏は、AIエージェントを活用する狙いを次のように語った。
「画面が変わるたびにRPAを合わせるのではなく、AIそのものにマスタ登録を考えてもらい、その解釈を基に登録を自動化していく。そういったことが実現できるのではないかと考えています」
ただし、AIエージェントにすべての処理を任せるわけではない。武田氏は、AIに任せられる作業は任せながら、最終的に人が確認することで正確性を確保する考えを示した。
目指しているのは、単なる登録作業の効率化だけではない。
将来的には、取引先の登録情報に加え、取引状況や残高などの情報をAIエージェントが整理し、担当者に提示することも視野に入れている。
経理担当者がデータの確認や入力作業に追われるのではなく、取引先の状況を把握し、経営判断に役立つ情報を提供する。そうした業務の高度化も狙いの一つとなっている。
人が担うのは例外処理、AIエージェントを前提に業務フローを再設計
では、サプライヤマスタの登録業務に、AIエージェントをどのように組み込むのか。
木暮氏によると、サプライヤマスタの登録には、申請から実際の登録まで複数の工程が存在する。今回の開発では、一連の業務を細かな工程に分け、AIエージェントが担当する部分と人が担当する部分を整理したうえで、それぞれをつなぐ仕組みを構築している。
人が担うのは、主に例外的な処理や確認が必要な場面だ。それ以外の定型的な処理は、できる限りAIエージェントに任せる方向で検討している。
ただし、基幹業務では登録情報の正確性が欠かせない。生成AIには、同じ入力に対して必ずしも同じ回答を返さないという特性があり、そのまま登録処理を任せるわけにはいかない。
そこで考えているのが、登録する情報の対応関係をプログラムで定義する方法だ。申請情報のどの項目をマスタのどの項目に登録するかをルール化し、そのチェックを通過したデータを登録することで、正確性を担保する考えだ。
木暮氏は、申請の段階ですでに人による確認が行われていることにも言及した。
「申請のところでは人が確認しています。同じようなチェックを繰り返しても仕方がありません」
そのうえで、一定のチェックを通過し、例外処理に該当しないデータについては、人が再度確認することなく登録できる仕組みを目指しているという。
一方、不正な申請や通常と異なる処理など、人による判断が必要な場面では、引き続き人が関与する。AIエージェントの活用を進めながらも、業務の正確性や統制を維持することが前提となる。
開発の進め方も、従来のシステム構築とは異なる。最初からすべての業務を自動化するのではなく、小さな単位でAIエージェントを作り、動作を確認しながら対象範囲を広げていく方針だ。
一連の業務を一度に置き換えるのではなく、AIが担える工程を少しずつ増やしていく。三越伊勢丹グループは、こうした進め方によって、人とAIエージェントが役割を分担する新たな業務フローの構築を目指している。
ERP稼働前からAIエージェント開発に着手、IT部門は業務変革のパートナーへ
ERPの刷新と並行してAIエージェントの開発を進める背景には、従来の帳票を中心とした業務フローを、新システムでもそのまま定着させてよいのかという問題意識がある。
人が画面や帳票を操作することを前提に業務を設計しても、AIエージェントが業務を担うようになれば、その仕組み自体を見直す必要が生じる。木暮氏は、現在の業務フローを維持する必要性と、AIエージェントを前提とした新たな業務設計との間にジレンマを感じているという。
こうした課題に対応するため、経理部門とIT部門のメンバーを同じチームに配置し、AIエージェントの開発を進めている。若手メンバーを中心に、Oracleの協力も得ながら、実際に開発を経験することを重視しているという。
AIエージェントの活用が広がれば、IT部門にはシステムの構築・運用だけでなく、業務部門とともに業務プロセスを設計する役割も求められる。木暮氏は、IT部門が持つ業務知識を生かし、業務部門と一緒に考え、実装していくことの重要性を指摘する。
今後は、サプライヤマスタ登録で得た知見を顧客マスタの管理にも展開するほか、登録業務の前後にある業務プロセスにもAIエージェントの活用範囲を広げていく方針だ。
三越伊勢丹グループが目指しているのは、単に基幹システムを刷新することでも、個別の業務をAIで自動化することでもない。人とAIエージェントの役割を見直し、業務の進め方そのものを変えることだ。

