• 今回開発された「MatterGen-e-」の概要。結晶構造と局所電子情報を同時に生成することで、目標物性を満たす安定・新規な構造の生成率が向上した (出所:共同ニュースリリースPDF)

    今回開発された「MatterGen-e-」の概要。結晶構造と局所電子情報を同時に生成することで、目標物性を満たす安定・新規な構造の生成率が向上した (出所:共同ニュースリリースPDF)

近年、画像生成AIに広く用いられる機械学習手法「拡散モデル」が結晶構造生成にも応用されており、米Microsoft Researchが2025年1月に発表した「MatterGen」は大きな注目を集めた。しかし同モデルは、安定で多様な新材料を高確率で生成できる一方、「バンドギャップが3eVの材料」のように特定の性質を指定すると、熱力学的に不安定な構造や、化学的にあり得ない組成の構造を多く生成してしまう課題を抱えていた。

東京大学と科学技術振興機構は、この課題の背景に「AIが扱っている情報の種類」があると考え、結晶構造に加え、従来モデルが扱っていない「局所電子情報」を同時に生成する拡散モデル「MatterGen-e-」を開発。狙った性質を持つ新材料を設計する「逆設計」(インバースデザイン)の成功率を大きく向上させたと、10月15日に共同発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科 マテリアル工学専攻の奥田伊武来大学院生、同・高原泉大学院生、東大 生産技術研究所の溝口照康教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の計算材料科学分野を扱うオープンアクセスジャーナル「npj Computational Materials」に掲載された。

AI活用による逆設計とはなにか

従来の材料探索は「しらみつぶし」で行うため、多大な時間と計算コストを要していた。そこで近年注目されるのが「目的の性質を実現する構造」を直接求める「逆設計」手法で、生成AIが有力な担い手として期待されている。

しかし、材料探索で真に必要なのは、目的の性質を満たす構造の創出であり、既存モデルは条件充足と物理的に正確な構造の維持との間にトレードオフが生じ、生成が不十分な場合も多かった。

この問題の背景にあるのが、AIが扱っている“情報の限界”だ。従来モデルが学習するのは、格子や原子の位置・種類など、材料の「骨格」情報のみ。しかし、実際に材料の性質を決定するのは骨格上の電子状態である。骨格が決まれば電子状態も原理的には決まるが、AIがそれを骨格情報のみから読み取るのは容易ではない。

そこで研究チームは今回、電子状態をAIに明示的に与え、構造と一緒に生成させることにした。

今回の研究成果

  • 今回の研究の考え方。拡散モデルは、ランダムなノイズから少しずつノイズを取り除いていくことで1つの結晶を生成する。(上段)従来モデルはこの過程で原子の種類と並び方だけを扱うため、性質を指定すると生成構造の質が落ちやすい。(下段)今回の研究では、各原子の電荷や、各原子の周囲の電子状態のエネルギー分布を構造と同時に生成させる。電子状態の情報が生成の道しるべとなり、狙った性質の実現と構造の質の両立が達成された (出所:共同ニュースリリースPDF)

    今回の研究の考え方。拡散モデルは、ランダムなノイズから少しずつノイズを取り除いていくことで1つの結晶を生成する。(上段)従来モデルはこの過程で原子の種類と並び方だけを扱うため、性質を指定すると生成構造の質が落ちやすい。(下段)今回の研究では、各原子の電荷や、各原子の周囲の電子状態のエネルギー分布を構造と同時に生成させる。電子状態の情報が生成の道しるべとなり、狙った性質の実現と構造の質の両立が達成された (出所:共同ニュースリリースPDF)

今回の研究では、MatterGenを基盤とし、結晶構造と局所電子状態を同一のグラフニューラルネットワークで同時に生成する枠組み「MatterGen-e-」が開発された。

生成する局所電子状態としては、性質の異なる2種類の量が採用された。1つは、結晶中の電子を原子ごとの領域に分けた際、各原子に割り当てられる電子数を表すコンパクトな量の「ベイダー電荷」。もう1つは、各原子の周囲で電子が取り得る状態がどのエネルギーにどれだけ依存するのかを表す、スペクトルの形を持つ情報量の豊かな「原子分解電子状態密度」である。両者は、どの程度の電子情報が有効なのかを比較できる設計となっている。

なお、状態密度については、512点のスペクトルを自己符号化器で30次元まで圧縮してAIに扱わせた。学習には、Materials Projectから構築された「MP-20データセット」のうち、電子密度と状態密度の両方が利用可能な構造が用いられた。

これにより、拡散モデルがノイズを取り除いていく過程で、構造と局所電子状態が同時に復元される形となった。そのため、現在の原子が帯びる電荷情報が各ステップで構造形成に反映される仕組みだ。いわば、骨格を描きながら同時にその上の顔つき(電子状態)を描き、両者を整合させながら1つの結晶を立ち上げていくイメージである。

評価にあたっては、各条件について1,024個の構造を生成し、第一原理計算で構造を緩和した上で、(1)狙った性質の実現、(2)既知材料と重複しない新規性、(3)熱力学的安定性、(4)電荷中性などの化学的な妥当性、の4項目において評価が行われた。その結果、電子状態を同時生成するモデルは、ほぼ全ての条件で従来の構造のみのモデルを上回ったという。

とりわけ効果が顕著だったのは、学習データに約0.5%しか存在しない「バンドギャップ3eVかつ生成エネルギー-4eV/atom」という極めて厳しい条件だ。MatterGen-e-は成功率約3.5%を達成し、従来モデルの約4倍に向上した。同時に、新規性を満たす構造の割合も約62.3%から約80.8%へと大きく向上した。

  • 性質を指定して1,024個の結晶を生成した際、目標とする性質を持つ物質が得られた割合。灰色が従来の構造のみを生成するモデル、青色が各原子の電荷を、橙色が電子状態のエネルギー分布を同時生成する今回の手法。バンドギャップと生成エネルギーを同時に指定した最も厳しい条件(右)では、従来の0.9%に対して今回の手法は3.5%と約4倍に達した (出所:共同ニュースリリースPDF)

    性質を指定して1,024個の結晶を生成した際、目標とする性質を持つ物質が得られた割合。灰色が従来の構造のみを生成するモデル、青色が各原子の電荷を、橙色が電子状態のエネルギー分布を同時生成する今回の手法。バンドギャップと生成エネルギーを同時に指定した最も厳しい条件(右)では、従来の0.9%に対して今回の手法は3.5%と約4倍に達した (出所:共同ニュースリリースPDF)

さらに、性能向上の理由を調べる2つの対照実験を実施した結果、この向上は変数を増やした副作用ではなく、与えた電子情報が現実の物理を反映したためと結論づけられた。また、生成された電子情報の正確さも検証され、AIが構造と同時に出力したベイダー電荷は、第一原理計算値との平均絶対誤差が電子0.054個分という高精度で一致していた。状態密度についても、スペクトルのおおまかな形状を良好に捉えていた。

  • 対照実験の結果。(左)目的とする物質が得られた割合。(右)化学的な妥当性まで満たした構造の割合(バンドギャップ3eVを指定した場合)。物理的に正しい電子情報を与えた際(青・橙)は従来モデル(灰、破線)を上回るが、同じ形式のまま中身をノイズで壊したり意味のない乱数に置き換えたりすると(斜線)、いずれも従来モデルを下回った。性能向上は変数を増やしたことによるものではなく、与えた電子情報が本物の物理を反映していたことによる (出所:共同ニュースリリースPDF)

    対照実験の結果。(左)目的とする物質が得られた割合。(右)化学的な妥当性まで満たした構造の割合(バンドギャップ3eVを指定した場合)。物理的に正しい電子情報を与えた際(青・橙)は従来モデル(灰、破線)を上回るが、同じ形式のまま中身をノイズで壊したり意味のない乱数に置き換えたりすると(斜線)、いずれも従来モデルを下回った。性能向上は変数を増やしたことによるものではなく、与えた電子情報が本物の物理を反映していたことによる (出所:共同ニュースリリースPDF)

  • AIが結晶構造と同時に生成した「各原子の周囲の電子状態のエネルギー分布」と、第一原理計算による正解との比較(論文の図5より抜粋)。灰色が正解の原子分解DOS、橙色がAIの生成結果。精度が高かった例(左)ではほぼ完全に一致し、最も典型的な例(右)でも、細かなピークの位置や高さには違いが残るものの、全体の形はよく再現されている (出所:共同ニュースリリースPDF)

    AIが結晶構造と同時に生成した「各原子の周囲の電子状態のエネルギー分布」と、第一原理計算による正解との比較(論文の図5より抜粋)。灰色が正解の原子分解DOS、橙色がAIの生成結果。精度が高かった例(左)ではほぼ完全に一致し、最も典型的な例(右)でも、細かなピークの位置や高さには違いが残るものの、全体の形はよく再現されている (出所:共同ニュースリリースPDF)

加えて、どの元素の電子状態が「学習しやすい」かも調査された。鉄やタングステンなどの遷移金属は、d軌道に由来するバンドが環境によらず安定しているため、状態密度の再現精度が高かった。一方、ホウ素・炭素・窒素などの軽元素では、sp混成状態が周囲の結合環境に敏感で多彩な形を取るため精度が低くなり、AIと物理計算それぞれの難しさが逆転した形だった。

研究チームは今後、どのような電子情報をどうAIに与えるのが最も効果的なのかを体系的に探っていく予定とする。今回扱われたベイダー電荷と状態密度は局所電子状態のごく一部にすぎない。結合性質を表す量や、スペクトルを情報欠落なく圧縮する表現を検討することで、さらなる性能向上が見込まれるとした。

また、今回示された「物理的に意味のある変数を生成過程に組み込む」という考え方は、分子や界面、アモルファス材料など、幅広い対象にも適用できる可能性がある。生成AIの性能向上において、モデルを大型化したりデータを増加させたりするだけでなく、流し込む情報の物理的中身を吟味するという方向性を、今後さらに推進していくとしている。なお、今回開発されたコードは近く公開される予定だ。