三井住友信託銀行は、Amazon Web Services(以下、AWS)への投資を「戦略的Bet(賭け)」と位置付けている。背景にあるのが、顧客ごとに異なるサービスを提供する信託ビジネスならではの「少量多品種」のシステムだ。オーダーメイドという強みを残しながら、複雑化したITを標準化し、開発スピードも高める――同行はなぜ、その基盤としてAWSを選んだのか。
AWSジャパンが今年6月に幕張メッセで開催した年次イベント「AWS Summit Japan」に登壇した、三井住友信託銀行 執行役員の岡松参次郎氏が「三井住友信託銀行の戦略的AWS投資と組織イノベーション」と題して講演した。同氏は「インフラとしてAWSを活用するだけでなく、AWSの優れたカルチャーを風土改革にも取り入れていく」と、取り組みの狙いを語った。
ホストは残す、業務系はAWSへ 三井住友信託銀行のインフラ戦略
三井住友信託銀行のシステムが「少量多品種」になりやすい背景には、信託ビジネス特有の事業構造がある。同行は銀行業務だけでなく、年金などの資産運用・管理、不動産、証券代行など幅広いサービスを手掛けている。
岡松氏は、こうした事業の特徴について「お客様一人ひとりに合わせたオーダーメイド型のサービスを提供しているため、どうしても少量多品種のシステムを長く抱える構造になっている」と述べた。
同行のITインフラは、勘定系を担うホスト・オンプレミス基盤、OA系基盤、そしてAWS基盤に大きく分かれる。ただし、三井住友信託銀行は既存システムを一律にAWSへ移行しようとしているわけではない。
勘定系について岡松氏は、「外部システムからAPIで利用できる仕組みが整っており、ビジネスロジックの変更も多くないことから、当面は維持する方針」と位置付ける。一方、インフラを必要とする業務系情報システムは、AWSへ集約している。
ホスト・オンプレミス、OA系基盤、AWS基盤を用途に応じて使い分け、業務系情報システムのインフラをAWSへ集約している。
AWS活用も段階的に進化してきた。岡松氏は「最初はオンプレミスと同じような統制、監視、運用の仕組みをクラウド上に再現し、IaaSとして使うところから始まった」と振り返る。現在はコンテナやAmazon Auroraなどクラウドネイティブなサービスを標準化し、統制を保ちながら個別システムの自由度も高めている。今後については、「サービスの中身まで理解したうえで、AWSを使い倒すフェーズに進みたい」と語った。
AWSへの「戦略的Bet」で標準化とアジリティを両立
岡松氏は、AWSへの集約を「戦略的Bet(賭け)」と表現する。背景にあるのは、信託ビジネスならではの課題だ。顧客ごとのニーズに応じてシステムを作り続けた結果、個別システムや似て非なる機能が増え、ガバナンスやセキュリティの統制も複雑になっていた。
岡松氏は、ビルディングブロックとして利用できるAWSと、少量多品種の信託ビジネスとの親和性に着目した。「AWSを標準アーキテクチャにすることで、IT環境だけでなく、開発や運用のプロセスも共通化できる」と述べる。セキュリティ対応の一部をクラウド側へオフロードし、AWSサービスの組み合わせで開発のアジリティを高める。基盤を集約することで、耐障害性を含めた品質の底上げも図る。
「お客様一人一人のために今までにないサービスをたくさん創造し、届けたい」。岡松氏がAWS投資の出発点として挙げたのは、コスト削減そのものではなく、信託ビジネスが持つ「ものづくり」へのこだわりだった。
技術だけではない、AWSのカルチャーも組織変革に取り込む
この戦略を具体化するために設けたのが、三井住友信託銀行とAWSによる共同推進組織「All-Out Cloud Factory」である。岡松氏は「単にクラウドネイティブ化するだけではなく、クラウドの中身まで理解し、部品として使いこなしながら、ものづくりを進める枠組みにしたい」と強調した。
同組織では、標準化、統制の効いたプラットフォームエンジニアリング、AIやデータベース集約を含むデータ活用環境の整備を柱に、新規ビジネスから既存アプリケーションまでを支援する。
All-Out Cloud Factoryの成果は、すでに具体的なシステム移行にも表れている。
オンプレミス上の統合顧客元帳をAmazon Aurora PostgreSQLへ移行する案件では、AWSのマイグレーションノウハウを盛り込んだAmazon BedrockベースのAIエージェントを利用している。岡松氏は「SQL、パッケージ、ファンクション、プロシージャなど、4,000本を超えるプログラム変換を効率化している」と述べ、ここで得た成果を今後の移行案件のひな型にしていく考えを示した。
もう一つの事例では、ユーザー部門が自ら開発・リリースするEUC環境に、自動化された統制を組み込んだ。静的テストや本番リリースなど重要な工程を、ユーザー側では変更できない「関門」としてシステム化することで、現場のアジリティを残しつつ、最低限の品質とセキュリティを確保する。個別案件で得た仕組みを横展開し、全社標準へ変えていくこともAll-Out Cloud Factoryの重要な役割である。
AWSのカルチャーを人材育成と組織変革にも取り込む
同行がAWSから取り込もうとしているのは技術だけではない。2026年4月にはシステム子会社を銀行本体へ統合し、自らものを作るプロセスをより見える形にした。ただし岡松氏は「組織を一体化しただけで、ものづくりの文化まで自然に変わるわけではない」と指摘する。そこで立ち上げたのが、技術コミュニティ「TECH JOURNEY」である。
2025年度には15回開催し、延べ3,000人以上が参加した。先端エンジニアの経験を聞くだけでなく、普段接点の少ない社員同士がチームを組んで研究成果を発表するなど、ものづくりを楽しむ場として育てている。「Learn and Be Curious」などAWSのカルチャーも参考にしながら、岡松氏は「お客様に寄り添った信託ビジネスを一貫して作り上げられる人材を育成したい」と語った。
目指すのは、少量多品種という信託ビジネスの強みを損なわず、それをスケールできるITで支えることだ。オーダーメイド性を維持しながら、標準化と統制、開発スピードを両立する。そのためにAWSを技術基盤として使うだけでなく、ものづくりの考え方や人材育成まで含めて取り込む。三井住友信託銀行がAWSに「戦略的Bet」をする理由は、ここにある。


