生成AIの業務活用が広がりを見せるなか、多くの企業が直面しているのは「自社のどの課題にAIを結びつけるか」という問いだ。汎用的な効率化や文書作成にとどまらず、これまで人手や仕組みでは構造的に解決できなかった課題にAIを当てはめられたとき、その効果は一段と大きなものになる。
「大きいサイズ」を中心としたアパレル販売を手掛けるサカゼンが今年から導入した「AIモデル」は、まさにそうした事例のひとつと言えるだろう。ECサイトの商品コーディネート画像に生成AIによる着用モデル画像を取り入れたところ、対前年比で150%を超える売上へとつながったという。なぜ同社にAIモデルが必要だったのか、そしてどのように成果へと結びつけたのか。
サカゼンを運営する坂善商事 店舗営業本部の加藤俊彦氏に話を伺った。
相撲力士の一言から始まった、サカゼン「大きいサイズ」の歴史
坂善商事の創業は1946年。戦後間もない東京の下町で、洋服や帽子を自ら手掛ける個人商店として歩みを始めた。当初は製造卸を営んでいたが、1970年代後半から80年代にかけて小売へと業態を転換し、普通サイズの紳士服・婦人服を中心に事業を展開していたという。
加藤氏によると、転機となったのは1985年ごろのこと。当時、店舗や営業所が国技館や相撲部屋がある両国から近かったこともあり、多くの相撲力士が来店していたという。そのなかで聞かれたのが、「自分たちは洋服が選べず、買い物が面白くない」という声だった。「そうした期待に応えるのは我々だろう、というところから大きいサイズの事業が始まった」と加藤氏は振り返る。以来、来店する体格の大きな顧客のニーズに応えるため、ただサイズが大きいだけではない価値のある洋服作りを続けてきた。
現在のサカゼンは、普通サイズの紳士・婦人服、大きいサイズのカジュアル・ビジネスウェア、そして海外から直輸入するインポートブランドという複数の事業を柱とする。加藤氏によると、サカゼンのブランドイメージでもある「大きいサイズ」の服が売上構成比の半分近くを占めるようになったのは、実はここ5、6年のことだという。それ以前は普通サイズやインポートブランドが売上を牽引しており、直近になって大きいサイズが急成長を遂げた格好だ。
また、サカゼンはECサイトにも早くから取り組んでおり、事業の開始は約30年前にさかのぼる。本格的にECビジネスが成長し始めたのは約10年前だ。現在の取締役がECの立て直しに着手し、サイトの使い勝手などを改善したことで急成長が始まり、ECビジネスでの売上は今や全社の年間売上の約3割強を占め、特にコロナ禍以降は売上の中心を担う存在となっているという。サカゼンの店舗は関東地方を中心に30店舗ほどあるが、「大きいサイズ」への需要が全国にある。そうした需要を着実に取り込んでいる形だ。EC内での売上構成では、大きいサイズと海外ブランドがそれぞれおよそ半分を占めているという。
「大きいサイズのために」を突き詰めると浮かんできた2つの課題
サカゼンがAIモデルを導入する舞台となったのは、ECサイトで運用してきたスタッフのコーディネート集というコンテンツだ。実際にサカゼンのスタッフが商品を着用し、ECサイトではユーザーが実感しにくい着用イメージを提案することで売上につなげようという狙いがあったのだという。
しかし、サカゼンの店舗で働いているスタッフたちは、必ずしも全員が「大きいサイズ」というわけではない。結果として、普通サイズのスタッフが大きいサイズの服をオーバーサイズ気味に着こなす提案も散見されるようになってしまったのだという。「大きいサイズの人のためと考えると、それは本質ではないかもしれない、という声が社内から上がった」と加藤氏は明かす。
では、スタッフの代わりにいわゆる“読者モデル”のような着用モデルを起用すればいいのかというと、話はそう簡単ではない。
そもそも、加藤氏によると普通サイズのモデルは数多く存在する一方、大きいサイズのモデルは「需要はあるが供給がない」状態だという。体格の大きな人自体は少なくないが、モデルとして人前に立つとなると話は変わる。同氏は、体格の大きな男性に対しては清潔感などの面でネガティブな印象を持たれることもあり、そうした視線を意識して本人が「人前に出る」ということに対して消極的になりがちだと指摘する。
モデルという自己を発信する仕事にネガティブな心理を抱えた層から人材を得ることの難しさや、一般募集における肖像権の問題もあり、モデル確保のハードルは非常に高かったのだそうだ。
加藤氏自身も、販売員から転じてスタッフモデルの一人としてECサイトに登場してきた。スポーツを長く続けてきた体格を買われて起用されたといい、ECサイトやSNSでの発信などを通じて「大きいサイズのサカゼン」というポジティブなイメージの浸透にも一役買ってきた。
しかし、一言で「大きいサイズ」といってもそのイメージはさまざまだ。筋肉質のがっちりした体型もあれば、ふくよかな体型もある。単純に背が非常に高いだけの「大きいサイズ」もある。相撲力士のように、標準的な市販の服では着用が困難な人もいるだろう。こうした「大きいサイズ」のイメージに応えるだけの着用モデルの確保は、至難の業だったのだ。
「実際の着用写真ありき」で商品との整合性を担保する
こうした課題を解消するために導入されたのが、「AIモデル」だ。加藤氏によると、そのきっかけは商品デザインの制作や資料作成の場面などで社内に少しずつ生成AIが浸透し始めたことにあったという。そうした中、スクロールインターナショナル社が提供するアパレル業界に特化した生成AIツール「Lightchain」を試してみたところ、想像を超える精度のリアルなモデルやペルソナを設計できることがわかった。
まず一部のECサイト担当者から使い始め、「これならみんなでできそうだ」とアカウントを共有しながら社内に活用の幅を広げていったのだそうだ。「さまざまなニーズに応えられる着用モデルの確保が難しいのであれば、AI時代だからこそできる提案をしていこう、という思いでAIモデルの実装を始めた」と加藤氏はいう。
開発にあたって最も注意を払ったのは、実際の商品を正確に再現しつつ、大きいサイズならではの体型に合わせて実際の着用シーンと違和感のない着用イメージを生成することだった。汎用的な生成AIは細身の体型を基準にしがちで、大きいサイズの商品を着せようとしても体型を自動的に細く補正したり、シルエットを変えてしまったりすることがある。色味やロゴ、プリント位置、素材感が生成の過程で変化する懸念もあった。
こうした懸念に対してサカゼンがとったプロセスが、「実際の着用写真ありき」でAIモデルを生成するという手法だ。サカゼンのAIモデルが着る商品は、加藤氏をはじめとする実在のモデルが実際に着用し、撮影した写真を土台にしているのだという。
「すでに撮影した商品や置き撮りしたものを『この人に着せて』というプロンプトで生成するため、商品とのずれは生じにくい」と加藤氏は説明する。実在するモデルの撮影に立ち会った担当者が中心となってAIモデルを作り、複数生成したなかから実際の着用シルエットとの整合性を確認した上で公開しているという。使用している生成AIツールがアパレルに特化しており、素材感や色味を本物に近く表現できたことも後押しとなった。
一方で、AIの「賢さ」が課題となる場面もある。実際の写真を土台にしていても、AIが商品を必要以上に美しく見せてしまうことがあるという。「リアルな商品よりもAIのほうがきれいに作りすぎてしまい、その補正がなかなか難しい」と加藤氏は語る。体型の表現についても、体型のリアリティと全体のバランスをどう取るかを重視してAIモデルを作り込んでいるという。
興味深いのは、それぞれのAIモデルに単なるイメージを超えたキャラクター性も持たせている点だ。例えば、あるAIモデルには「沖縄出身で学生時代はラグビーをしていた」といったバックグラウンドを人物像として設定し、その人物ならどう着こなすかを意識してスタイリングを組む。担当者はスタイリングを重ねるうちにAIモデルへ愛着を抱き、実在のスタッフのように向き合い、AIモデルによるコーディネート作成を楽しんでいるという。
ちなみに、AIモデルに対する社内の受け止めについては、目立った反発はなかったという。もともとスタッフのコーディネート撮影は店舗スタッフが担っていたが、EC売上への貢献が評価されにくく、負担の割に還元がないという不満が生まれているという課題があった。AIモデルの導入は店舗部門とEC部門の分業を可能にし、むしろ効率化が実現したのだ。
現在、AIモデルを扱うのはデスクワークを担う部門に限られ、EC事業部が「これは必要なコンテンツだ」という意識で取り組んでいるため、社内でのハレーションは基本的に生じていないという。ただし加藤氏は、本来は店舗で活躍するスタッフたちにももっとECサイトの運営に参加してほしいと考えており、店舗側にもしっかりとメリットがある仕組みを検討中だとした。
コンバージョン率2.8%から5.0%へ、数字に表れた効果
AIモデル導入の効果は、売上のインパクトとなって明確に表れた。加藤氏によると、導入前の2026年3月、スタッフコーディネート経由の売上は前年比77%にとどまっていたという。しかし、AIモデルをテスト導入した4月にはAIモデル8名で前年比140%、5月にはAIモデル15名で前年比150%へと大きく伸びた。「今あるツールでやれるだけやってみて、駄目ならまた考えようという姿勢だったが、ここまでの結果が出るとは思っていなかった」と同氏は驚きを隠さない。
売上以上に注目されるのがコンバージョンレート(購入率)の変化だ。スタッフコーディネート経由のコンバージョンレートは導入前の2.8%に対し、AIモデル導入後は5.0%へと2倍近くに成長した。販売点数も前年比170%を超えている。「販売点数が伸びているということは、コーディネートがより深くお客様の購買意欲に刺さっている証拠だと考えている」と加藤氏は分析する。
もともと、このスタッフコーディネートと購買行動の関連性は高く、コンバージョンレートは3%近くと十分に高い水準を維持してきたが、AIモデルを起用して多彩なコーディネートを提案することで、ただ大きいサイズだけではないファッションとしての価値を提案できているのだ。
反響は数字だけにとどまらない。AIモデルを生成するスタッフ自身が生成したモデルたちに強い愛着を抱き、またSNS上では「実在しないのに魅力的だ」といった声も寄せられているという。
興味本位であってもページに滞在してもらえること、そして生成に携わるスタッフのモチベーションが高まっていることを、加藤氏は前向きに捉える。「スタッフたちが楽しそうに取り組む様子が周囲にも伝わり、自分もやってみたいという声が増えた」といい、現在ではEC事業部の半数以上のスタッフがAIモデルを活用している。
こうした反響の背景には、リアルに存在しないからこそ受け手が自分事として捉えやすいという側面もあると、加藤氏はみている。同氏自身も、他社が展開していたイラストを用いたプロモーションで、見る人が自らを重ねやすいと感じた経験があり、AIモデルにも同様の余地があるのではないかと指摘する。
当初は加藤氏自身の体型をモチーフにしたAIモデルから始まったが、顧客層に多い40代・50代に向けて個性を持った多彩なAIモデルを誕生させることで、反響に対する手応えが増しているのだそうだ。
AIとリアルをどう「すみ分ける」か
今後の展開について、加藤氏はまず足元の拡充を挙げる。AIモデルはまだ導入から数カ月という段階であり、当面はあくまで人的リソースでは埋められない部分を補う存在としてAIモデルを位置づける考えだ。一方で、女性のAIモデルを求める声や、インバウンド需要の強さを踏まえた海外の体格の大きな層に向けたモデルなど、多様性の拡大は直近の構想として進めているという。
そのうえで加藤氏が強調したのが、AIとリアルの「すみ分け」だ。AIモデルの拡大を推進しながら、その先にあるのはリアルな店舗スタッフの活躍の場を生み出すきっかけであり、目指すのは両者の共存だ。「AIにしかできないことと、リアルな人間にしかできないこと。そのすみ分けは今後も必ず維持していくべきだと考えている」と加藤氏は語り、AIモデルの活用を推進しながらも、人が担う価値をも追求していくという姿勢を示した。



