辻哲夫・医療経済研究・社会保険福祉協会 理事長(元厚生労働事務次官)の【これからは高齢者が社会を支える時代】

「高齢者が地域からいなくなれば、その地域もなくなる」─。こう警鐘を鳴らすのは、元厚生労働事務次官の辻????哲夫氏。そんな中でも高齢化が進んだ高知県仁淀川町や岐阜県安八町などで、住民同士自らのフレイル(加齢に伴う虚弱)を互いに理解し、その予防に取り組むといった自立的な動きが出てきている。辻????氏は「住民の行動変容には自治体行政と企業の役割が不可欠」と強調する。この場合、超高齢社会での企業の役割とは何か。そして日本が世界のモデル国になるためには何が必要なのか。

 新たなライフスタイルの提案

 ─ 辻さんは超高齢社会が訪れる中で、高齢者の心身が弱るのを予防する「フレイル予防」が、これからの日本の国づくりのきっかけになると強調しています。その中でも産業界の役割が大きくなると訴えていますが。

 辻 はい。それは、日本という国と日本人のライフスタイルの新たなファッション(流行)の提案でもあります。フレイル予防の柱は、しっかり食べる(栄養)、よく動く(身体活動)、それから人と交わる(社会参加)という3つです。

 この3つの柱をどのくらい取り組めば、効果が出るかというエビデンスも明らかになってきています。特に社会とのかかわりが減るということがフレイルの進行の入り口になっているという研究結果が明らかになっています。

 ただ、どんなに明白なエビデンスがあっても、社会全体の行動変容をどう起こせるのか。それを一言でと言われれば、高齢者を含めて人が集まり、通う場がたくさんある国づくりを目指すということです。それは行政だけでなく、企業抜きには起こせません。

 国の政策では「通いの場」という表現が使われていますが、まずは皆が集まる「地域のハブ」のようなところを地域にたくさんつくろうとしています。そうなると、企業によるショッピングモールといった場が大変重要になるわけです。

 ─ まさに企業がつくる通いの場になりますね。

 辻 ええ。様々な産業活動が集積する、地域の民間企業の緩い交流の場には、もともと行政の情報やフレイル予防に関心のある人だけでなく、それらに関心のない人も多く集まります。ですから、フレイル予防を普及させるためには、ショッピングモールのような場が大きな意味を持つということになります。

 ─ そういった場でフレイル予防を知ったり、学んだりすることができるわけですか。

 辻 はい。そういった場でフレイル予防啓発のイベントを行うと、訪れた人全員が学ぶわけではありませんが、フレイル予防の重要性に気がついた人が動き始め、口コミで自然に地域が変わっていくのです。

 そこで企業が自治体行政と連携して住民主体のフレイル測定といったイベントを地域に落とし込んでいくのです。

 後で改めて説明しますが、そういった場をどんどん増やしていくこと自体が地域の重要なインフラになります。これが超高齢社会の新たなファッションとなることを目指すのです。

 このような手法は予防政策でいう「ポピュレーションアプローチ」の手法の一つと言えますので、まず行政が旗頭になります。それに対して企業は単に協力だけでとどまる存在でなく、重要な役割を果たす時代になってきているのです。

 イオンやキユーピーが参画

 ─ それが企業価値にもつながるということですか。

 辻 その通りです。フレイル予防の特徴は生活習慣病に比べて、早期にその効果が目に見えることです。企業が旗頭の行政と連携し、地域の住民と共にフレイル予防の知識や活動を拡大して後で触れるようなフレイル予防の認証事業も導入するのです。

 こうしてコミュニティを活性化すれば、その企業に対する評価は高まり、かつ、高齢者が元気になって、それまでのお客さんの潜在的なニーズが顕在化していきます。

 つまり、この取り組みはCSR(企業の社会的責任)というよりも、企業自身の企業価値を生み出すものなのです。言い換えれば、超高齢社会においては、企業の発展は高齢者を含めた地域住民の活性化と共にあるという理解が大切です。

 ─ では、その切り替えのきっかけを具体的にどうつくればよいですか。

 辻 今までは専門職が介護予防教室や健康教室などを行う啓発活動が基本ですが、その効果には自ずと限界があります。ここをどうブレイクスルーするか。実は地域住民同士でフレイル測定を行うという新しい手法が開発されたのです。ボランティアが主導し、一緒になって住民のフレイル度を確認していくのです。

 自分がフレイルのどの状態にあるかは合計15+3のシンプルな質問に答えていただくだけで分かるようになっています。すると、専門職や家族では気づかないような些細な変化をお互いに自覚できるようになります。

 これは介護予防教室などで単に教えてもらう関係ではなく、お互いに地域で支え合って頑張ろうという共感を生む取り組みになります。

 これを可能とする場づくりには、フレイルの概念を正しく学んで、このような取り組みが重要であると確信する地域住民のボランティアを養成するといった身近な行政の支援が不可欠となります。

 ─ 人々がその手法に共感すれば広がりますからね。

 辻 そうです。これが「住民主体のフレイル測定」です。このノウハウが各地で蓄積されてきました。一方でフレイル測定を通じて得た地域住民のフレイル度の分布を分析すれば、その地域の強みや弱みも分かるので、行政は地域ごとのきめ細かな政策を打つことができます。

 企業側も動き始めました。前回のインタビューで説明したように、既に「フレイル予防推進会議」が発足し、その有力な構成員企業であるイオン、キユーピー、マルタマフーズなどが中心となって、フレイル予防のポピュレーションアプローチに寄与する産業を育てようということで、昨年5月に「日本フレイル予防サービス振興会」が設立され、活動を開始しています。

 ─ イオンはショッピングモールの「イオンモール」などを全国で展開していますからね。

 辻 はい。同振興会の下で、イオンが各地のショッピングモールでフレイル測定などに取り組むと共に、厚生労働省が啓発資料として示した「食べて元気にフレイル予防」に沿った食事のレシピなどの認証事業の導入を検討しています。

 この認証事業は「栄養」の分野以外でも「身体活動」では、ちょっと身体を動かすようなスポーツを提供するジムの場や「社会参加」では、カラオケや趣味のカルチャースクールといった社会参加の場を提供する産業を新たに育てていく可能性があるのです。同振興会の活動が大いに期待されます。

 高知県仁淀川町での成果

 ─ 地域創生にもつながる取り組みですね。

 辻 ええ。高齢者も企業も、そして地域も活性化するという「三方よし」です。

 多くの地域では若年世代に加えて高齢者が地域からいなくなれば、かなり都市化した地域を除いては、その地域は空き家だらけになり、そこには通常は人が移り住むことはないでしょう。多くの地域では、高齢者が地域からいなくなるということは地域が衰退するということなのです。

 したがって、いま住んでいる地域で高齢者ができるだけ地域の支え手、あるいは消費者として元気に家を守り続ける。

 そういうまちづくりのためには、先ほど申し上げたように住民がフレイル予防を理解し、納得し、動き始め、それを応援する行政や企業があって、さらにその行政や企業を住民が評価して盛り上がっていくという好循環をつくる必要があります。

 ─ こういった動きが出てきている事例はありますか。

 辻 例えば高知県の仁淀川町です。同町の高齢化率(65歳以上人口の割合)は55・8%で、このままでは自分たちの地域がなくなってしまうという諦めに近い意識を住民たちが持っていたわけです。

 そこで住民たちが主体となってフレイル測定をするボランティアのサポーターが行政により養成されました。もちろん、サポーターも高齢者であり、自分たちでフレイルを測って弱みを知り、3つの柱の活動をする中で「歳をとっても元気になれる」「老いを諦めない」という現実が実際に見えてきたのです。

高知県

住民主導で専門職の支援を借りて「ハツラッツ」と呼ぶフレイル予防活動を行っている高知県の仁淀川町

 ─ どんな変化が出てきたのですか。

 辻 小さな町ですからボランティアのサポーターと住民がフレイルについて学びながら、地域ごとの要介護認定率がなぜ異なっているのか、その要因を理解してきたことで、皆でフレイル予防に取り組み、要介護になる時期を遅らせることができないかと自発的に行動し始めたのです。

 住民主導で専門職の支援を借りて「ハツラッツ」と呼ぶフレイル予防活動を始めました。

 約3時間のハツラッツには運動に加えて共食や学びがセットになっていますが、これを週2回、3カ月間やり切った人がユニフォームを着て「お支えさん」という名称で、今度はサポーター側に回って「鯉さん」と呼ばれる新しく入ってくる住民をサポートして大変盛り上がっています。

 鯉さんはまな板の上の魚に見立てたと聞いています(笑)。

 現に最近では、フレイルが進行し、要介護になりそうだった高齢者の多くが地域住民と共にこれに参加してきたことで笑顔を取り戻し、みるみる元気になって地域生活をされています。90代の人がそれほど変わるのを目の当たりにすると、地域全体が変容していくのです。

 世界の最前線のモデル国へ

 ─ 地域で自立する多様な動きが出てきたと言えますね。

 辻 仁淀川町の住民はフレイルを学ぶ中で、最後は弱って死ぬということも運命だと理解しながら納得しています。すると、自分たちはこの町から出て行かずに、町内に共住できる集合住宅などをつくり、そこで自分たちで頑張り抜けないかという意見も出てきました。

 また、一度は諦めた荒れた畑を次世代のために残して引き継いでいこうという議論も出てきているそうです。

 他にも岐阜県では各地でイオンのショッピングモールでのイベントを繰り返すほか、安八町では住民主体のフレイル測定で地元が盛り上がり、「安八温泉保養センター」がリニューアルされ、フレイル予防を含めた介護予防の拠点が発足し、地域のハブになっています。

 また、神奈川県三浦市ではフレイル測定をもっと身近なものにするために、個人のご自宅を共食やふれあい、またリハビリ体操の場として提供し、近隣の人々が集まったついでに、フレイル予防に向けた勉強会やフレイル測定をするといった取り組みも始まってきています。

 ─ 様々なモデルケースが出てきているということですね。

 辻 はい。フレイル予防推進会議では「フレイル予防5か年活動計画」を策定し、自治体行政による地域社会への支援を基本に、こういった素晴らしいモデルを戦略的に日本中に広げていきたいと考えています。

 私は日本の地域に底力があると信じています。そして、日本の企業も消費者の願いに応えるべく、素晴らしい商品やサービスをつくり上げてこられました。企業の力は欠かせません。

 地域社会に対する行政の支援と連携しつつ、自助・互助・共助の精神を大切にした企業の地域実践をしっかりと積み上げ、広げようという挑戦が始まっています。

 フレイル予防を軸足としたまちづくりを目指し、超高齢人口減少社会・日本が世界のモデル国として、こういった取り組みを行う気概を持つのは自然な営みだと思います。(了)

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