緊張が続く台湾海峡において、軍事的な動向と同様に国際社会の注目を集めているのが、海底に横たわる通信ケーブル(海底ケーブル)の存在だ。
現代社会における国際通信の99%以上は海底ケーブルが担っており、インターネットや金融決済、防衛情報のやり取りに至るまで、文字通り現代文明の生命線となっている。
台湾有事の文脈においてこの海底ケーブルがなぜ、戦略上の最大のポイント、すなわち急所になるのか? という疑問については、現代戦の性質と台湾特有の脆弱性が深く関係している。
現状の衛星通信では置き換えられない、海底ケーブルの重要性
有事の発生あるいはその前段階において、海底ケーブルが標的となる最大の理由は、武力衝突に至らない範囲で相手を追い詰めるグレーゾーン作戦の手段としてきわめて有効だからである。
実際、台湾本土と離島を結ぶ海底ケーブルの周辺では、中国籍の漁船や砂利採取船が不自然に錨を下ろし、ケーブルを損傷させる事案がこれまでに度々報告されている。これらは偶発的な海上事故として処理されやすいため、明らかな軍事侵攻とは見なされにくく、国際社会からの非難を回避しつつ、台湾国内にジワジワと心理的圧力をかけることができる。
仮に台湾全土のケーブルが完全に切断されれば、金融システムや行政サービスなどの社会インフラは麻痺し、デマの拡散による国内のパニックを誘発して、本格的な戦闘が始まる前に防衛意識をくじく効果があると考えられる。このように、海底ケーブルへの妨害工作は、平時と有時の境界線を曖昧にする情報・心理戦として機能しているのだ。
海底ケーブルが遮断された際のバックアップとして、低軌道衛星などの宇宙通信がしばしば脚光を浴びることがある。実際に台湾当局も、他国への依存や民間サービスに起因する地政学的リスクを避けるため、独自の衛星通信網の構築を急いでいる。
しかしながら現状において、衛星通信が海底ケーブルを完全に代替することは技術的にきわめて困難であると言わざるを得ない。光ファイバーを用いた海底ケーブルは毎秒テラビット級という圧倒的な通信容量を誇るのに対し、衛星通信の限られた帯域幅では、現代の膨大なデータ社会、あるいは最低限の戦時必要容量を満たすことすら容易ではない。
つまり、海底ケーブルの切断は単に個人のネット環境が遅くなるというレベルの不便さに留まらず、国内外との軍事・行政的なデータ連携を致命的に細らせることを意味するため、“安全保障上のアキレス腱”となっている。
さらに、この問題は決して台湾のみの問題に留まらないという点に、地政学的な本質がある。
台湾海峡およびその周辺海域は、日本をはじめとする東アジア諸国と世界を結ぶ通信の要衝だ。特に日本にとっても、欧州や中東、東南アジアと結ぶ複数の重要ケーブルがこの海域を経由、または近接して敷設されている。
台湾有事の混乱に乗じてこれらの国際ケーブルが広範囲に損傷、あるいは意図的に切断された場合、日本の金融市場や製造業のサプライチェーン、さらには自衛隊や在日米軍の通信にも深刻な遅延や寸断が生じる恐れがある。
海底ケーブルを巡る攻防は、台湾を孤立させるための局地的な戦術であると同時に、世界全体の経済活動と安全保障体制を人質に取るマクロな地政学リスクそのものなのだ。