日本IBMは7月15日、記者説明会を開催し、機能強化されたエンタープライズ向けAI駆動開発ソリューション「ALSEA(アリーシア=AI Lifecycle Shared Engineering Artifacts)」の提供開始を発表した。ALSEAは、システム開発に必要な知見やルールを、AIが活用可能な形で体系化し、エンタープライズ向けのAI駆動開発を支援するソリューションだ。

同社は2026年4月以降、80社以上の企業への適用に向けた事前検証を進めてきた。今回の提供開始により、企業ごとの開発標準や要件に応じたAI駆動開発の導入・展開を本格的に支援していく。

日本IBMのAI駆動開発戦略、IBM BobとALSEAを中核に展開

冒頭、日本IBM 取締役副社長執行役員の村田将輝氏は「2026年2月のAI戦略説明会において、自社のAI変革体験をベースに開発した製品・サービス・ノウハウを顧客に提供し、AIの価値を成果につなげる方針を発表した。2026年を“システム開発のあり方を過去40年間でもっとも変える年”と位置付け、これらを支える2つのツールとして同3月に『IBM Bob』の提供開始、同4月にALSEAを先行プロジェクト向けに提供を開始した」と述べた。

  • 日本IBM 取締役副社長執行役員の村田将輝氏

    日本IBM 取締役副社長執行役員の村田将輝氏

IBM Bobは7月14日に新機能(IBM Bob 2.0)が発表されている。これにより、マルチエージェント機能を追加したほか、IBM Z、IBM i、Java向けのモダナイゼーション支援製品「IBM Bob Premium Packages」を発表した。AI利用状況やコストを可視化する「Bobalytics」も搭載し、コード生成にとどまらない開発ライフサイクル全体の最適化と、企業システム刷新の効率化を支援する。

村田氏はIBM Bobの特徴を「早い・安い・うまい」と表現しており、すべてを単一のAIモデルで処理せずに指示内容に応じ、専門ツールを組み合わせてトークン消費を抑制。また、100万トークンあたりのコストは入出力ともに1.25ドル(日本円で約200円)となり、自動制御で使用するAIモデルや技術で費用が変動せず、チーム単位での予算管理を可能としている。さらに、IBM製品や関連技術に特化したパッケージの提供や開発初期段階から脆弱性の混在を防止するAIツール「IBM Concert Secure Coder」との連携もできる。

一方、ALSEAはIBM Bobのパートナーのような存在であり、日本IBM独自のシステム開発ノウハウを組み込んだAI駆動開発ソリューションだ。村田氏は「AIエージェントに対する参考書のような存在であり、この参考書はコンテキスト(文脈)と呼ばれる」と説く。

AIエージェントは指示を100%把握しようとするため、開発者の指示に曖昧さやばらつきがあると生成物が異なり、大量・多様な成果物の生成で人間の修正・レビューがボトルネックになる。

そのため、ALSEAは大規模システム開発のノウハウをAIが理解できるよう文書化・構造化し、コンテキストとしてAIエージェントに渡し、コンテキストにもとづく成果物の作成で品質が安定し、人間は設計と監督に集中することで、生産性の向上が図れるという。

日本IBMでは、IBM BobとALSEAにより2027年以降のシステム開発プロジェクト全体に対する効果目標として、35%の工数削減と30%の期間短縮を掲げている。

  • 日本IBMでは仕様駆動開発でリーダーシップを発揮するという

    日本IBMでは仕様駆動開発でリーダーシップを発揮するという

ALSEAは仕様駆動開発をどう支援するのか、コンテキストとハーネスで品質を制御

続いて、日本IBM 技術理事 技術戦略&変革担当(AI for ITリーダー)の前田幸一郎氏が、機能強化されたALSEAの詳細について説明に立った。

  • 日本IBM 技術理事 技術戦略&変革担当(AI for ITリーダー)の前田幸一郎氏

    日本IBM 技術理事 技術戦略&変革担当(AI for ITリーダー)の前田幸一郎氏

前田氏は「ALSEAはシステム開発に必要な知見やルールを、IBM Bobが理解・活用できるコンテキストとして体系化したものだ。特徴は『成果物の品質均一化』『人間のワークロード削減』『大規模開発プロジェクトへの対応』の3つ。『2025年の崖』でも指摘されていたレガシーシステムが抱えるブラックボックス化や人材の制約を解消し、システムの戦略的価値を最大化してビジネスとITの共進化を促すもの」と説明した。

  • 「ALSEA」の概要

    「ALSEA」の概要

同社は、AI駆動開発を非エンジニア向けの「バイブコーディング」、高スキルなエンジニア向けの「ハイブリッド」、重要システムを開発・保守するエンジニア向けの「仕様駆動開発」の3つに区分。

開発スタイルについて、ALSEAは明確にエンタープライズ向け仕様駆動開発を志向。AI関与の深さに関しては、従来のコンテキストエンジニアリング技法に加え、今回ハーネスエンジニアリング技法を適用することで、エンタープライズ向けの品質・整合性維持の仕組みを提供する。

ALSEAとIBM Bobを組み合わせた動作は、ウォーターフォールを基本とする工程が定義されており、各工程の成果物を次工程の入力としている。たとえば、事前にプロジェクト固有の情報・制約などをルールとして整理し、ALSEAが持つ作成ガイド、テンプレートを参照しつつ、ルール自体もコンテキストの一部として取り込んだうえで、各制作物をIBM Bobに生成させる。

  • ALSEAとIBM Bobを組み合わせた動作

    ALSEAとIBM Bobを組み合わせた動作

今回、ハーネスエンジニアリングの技法を適用したことで、入力に曖昧さや不足がある場合、推測で進めずに必ず人間に問い返し、必要情報を収集して処理を継続する。また、生成後に自動整合性チェックを実行し、規定ルールの適合を確認するほか、エラー検出時は人間の入力なしで自律的に修正して、チェックが合格するまでリトライするという。

  • ハーネスエンジニアリングの技法を適用してAIの挙動を制御する

    ハーネスエンジニアリングの技法を適用してAIの挙動を制御する

さらに、不適合ルールや修正内容、最終チェックまでの経緯をレポートで出力できることに加え、目的に応じて曖昧さ排除のガードレールや、品質・整合性確保のためのフィードバックループなどを組み合わせて、AIの挙動を制御することを可能としている。

  • ハーネス機能で曖昧さの排除や品質・整合性を確保する

    ハーネス機能で曖昧さの排除や品質・整合性を確保する

みずほフィナンシャルグループが進めるIT改革とAI駆動開発

次に、みずほフィナンシャルグループ 執行役常務 グループCIO/みずほ銀行 常務執行役員 CIOの檜原伸一郎氏が登壇し、同社におけるAI駆動型開発の事例について紹介した。

  • みずほフィナンシャルグループ 執行役常務 グループCIO/みずほ銀行 常務執行役員 CIOの檜原伸一郎氏

    みずほフィナンシャルグループ 執行役常務 グループCIO/みずほ銀行 常務執行役員 CIOの檜原伸一郎氏

みずほ銀行では、過去に大規模なシステム障害を受けたこともあり、2023年からビジネス部門とIT部門が一体となり、全社的なIT改革に取り組んでいる。檜原氏は「ポイントはIT業務を改善するだけでなく、業務そのもののあり方を変えていくことにある。目指すゴールはアジリティの高いビジネスの実現、つまりビジネスニーズが常に変化していく中で迅速にITサービスを提供するという取り組みを進めている」と話す。

こうした取り組みを進める柱として「必要なことを見極める」と「やることは効率的にやる」を据え、その土台として永続的かつ安定的なシステム稼働を挙げている。

  • みずほフィナンシャルグループにおけるIT改革の概要

    みずほフィナンシャルグループにおけるIT改革の概要

同氏は「ITとビジネスが一体となった施策やIT業務、人材・組織、ITリスクなどの取り組みを同時並行で進めつつ、大きな組織やシステムをスピード感を持って変革していくためには、共通プラットフォームとして『B-Sphere』の構築を重視した」と振り返る。

  • みずほフィナンシャルグループにおけるIT改革の取り組み

    みずほフィナンシャルグループにおけるIT改革の取り組み

従来は案件ごとにベンダーの提案で技術選定し、環境のセットアップからリリースまで数カ月を要することが常態化し、アジリティの欠落や技術のサイロ化、ベンダーロックインに陥りがちな状況となっていたとのことだ。

そのため、技術資源を自社で確保してアジリティを高めるため、技術を標準化したB-Sphereを構築し、コンテナでインフラ層を抽象化したほか、開発の自動化、テスト、セキュリティ機能、プロジェクト管理ツールなどをプリセットで用意し、開発者に提供している。

みずほFG、IBM BobのPoCで設計から実装まで約3割の工数削減を確認

すでに、B-Sphereの実装は完了し、現状では開発チームの理解不足と現状維持のバイアスがあることからサポート組織を設け、移行コストや作り変えの工数・期間に対応するためAIの活用を推進している。

  • 「B-Sphere」の概要

    「B-Sphere」の概要

こうしたAI活用の一環として、同グループはAI駆動開発に取り組んでいる。同グループではAI駆動開発のビジョンとしてフェーズ1(~2027年)でAI導入とプロセスの整理・標準化(AI Ready化)、フェーズ2(2028年~2030年)でAI自律化と開発サイクルの短縮、フェーズ3(2031年~)でAI主導のエンド・ツー・エンドと人間による価値創造を目指し、生産性を5倍以上に向上させるという。

現在、日本IBMと共同でシステムアプリの刷新においてIBM BobのPoC(概念実証)を実施中だ。アプリの一部機能の基本設計から実装、単体テストまでを対象にIBM Bobを開発プロセスに組み込み、生産性を検証。仕様を起点に設計書やコード、テスト成果物の作成を支援する仕様駆動開発として実施し、設計から実装で約3割の工数削減を確認した。

檜原氏は「現状では通過点に過ぎないと考えている。特に実装からテストのような手を動かす開発では効果が出ることは確認した。一方、レビューやプロセスの最適化などは今後の課題。しかしながら、ALSEAによりプロジェクト全体で生産性と品質の向上が同時に果たせることから期待は大きく、日本IBMと連携していく。今後、大規模なシステム開発についてALSEAを展開していくことも検討している」と述べていた。

  • PoCの成果とALSEAへの期待

    PoCの成果とALSEAへの期待

今後、ALSEAは2026年7月~9月に有償版での提供開始や既存プロジェクトのモダナイズ支援機能の提供、SAP(ABAP)開発への対応、同10月~12月に既存テスト自動化アセットツールとの統合、クラウド基盤構築(IaC)への拡張、アジャイル開発への拡張を計画している。そして、年内に100件のプロジェクトへの適用を目指している。