札幌市は、地方公共団体情報システム標準化への取り組みにおいて、対象20業務のうち10業務で、ガバメントクラウドに日本オラクルのOCI(Oracle Cloud Infrastructure)を採用した。自治体が主体となってCSP(クラウドサービスプロバイダー)を選定するという珍しい取り組みでもある。これまでにも基幹システムのオープン化などで注目を集めてきた札幌市が、ガバメントクラウドでOCIを選択した理由はどこにあるのだろうか?

札幌市が進める基幹システム改革と「発注者主導」の思想

政令指定都市である札幌市は、約197万人の人口を擁し、市町村としては全国で4番目の人口規模を誇る。10の行政区があり、面積は東京23区の2倍弱の広さを持つ。札幌市の基幹系システムへの取り組みは、これまでにも全国の自治体から注目を集めてきた経緯がある。

2012年に従来のメインフレーム環境から、AIST(産総研)包括フレームワークを採用したオープン環境へと刷新。2017年度からは、サービス提供型基盤を採用する一方、2021年度には将来のクラウド対応を見据えてシステム基盤の更改を行っている。同市の基幹系システムにおける基本姿勢は「オープンで中立的な技術を用いて、発注者の主体性を確保する」というものだ。

札幌市デジタル戦略推進局情報システム部 部長の小澤秀弘氏は「札幌市では2012年以降、情報システム部門が主体性を持ち、システムやクラウドを選定する仕組みとしてきた。自治体における情報システム標準化においても同様の姿勢で取り組んでいる」と前置き。

  • 札幌市デジタル戦略推進局情報システム部 部長の小澤秀弘氏

    札幌市デジタル戦略推進局情報システム部 部長の小澤秀弘氏

そのうえで、同氏は「多くの自治体や企業の場合、パッケージを提供するベンダーやシステムインテグレータが選定したクラウドを使うことになる。主体性を持って選ぶことができず、結果として、コストが上昇したり、運用に課題が生まれたりする。発注者自らが技術やシステムを正しく把握し、それをもとに責任を持って選定する『発注者主導』の姿勢を失わずに進めている」と語る。

SNET連携で実現したマルチベンダー型基盤と標準化対応

2012年以降、札幌市が出資する第3セクターの札幌総合情報センター(SNET)とソフトウェア利用契約を締結し、ASPサービスによる基幹系システムの運用に取り組んできたのも、その方針を実行するうえでは欠かすことができない取り組みだったといえる。

札幌市の長期的な運用計画にもとづいてSNETに対して要望を示し、共通基盤上でアプリケーションが稼働する仕組みを構築。かつての地域情報プラットフォームの考え方と同様に、マルチベンダーでの選定を可能とし、主体性を持った運用を可能にしてきた。

また、ベンダーに依存しないシステム構築に向けて、ハードウェア、ミドルウェア、アプリケーション、セキュリティ、開発環境などを標準化。札幌市自らが連携基盤を整備したことで、さまざまなベンダー、システムインテグレータなどが参加できる環境を確立している。

中立公正で拡張性を持った基盤づくりが、札幌市が目指した姿だ。こうした取り組みを経て、2023年度には情報システム標準化への対応として、もともと利用していた基幹系システムをベースに、SNETが改修した標準準拠パッケージを採用することを決定。

それにもとづき、札幌市とSNETはクラウド事業者の選定を開始し、OCIの採用を決定して2025年度から移行を開始しているところだ。小澤氏は「将来のクラウド対応を見据えた取り組みを開始していたところで、ガバメントクラウドの話が出てきた。結果として、前倒しでクラウド対応を進めることになった」と振り返る。

Exadata採用の背景と自治体システムの転換点

札幌市では、2012年の基幹システムのオープン化にあわせて、日本オラクルのデータベースプラットフォーム「Oracle Exadata Database Machine」を採用し、基幹系システムの共通基盤として稼働させてきた。

自治体でExadataを採用したのは札幌市が第1号だ。このときも、Exadataのハードウェア資産は札幌市が所有せずに、SNETから必要なリソースを購入するという形で運用。言い換えれば、サブスクリプションモデルとなるガバメントクラウドに移行しやすい素地が、この時点から整っていたともいえる。

実は、自治体の基幹系システムは業務単位にパッケージ化されたアプリケーションにより、それぞれが独立した形で運用することが運用の効率化や、組織のスリム化を実現するには最適であり、それを実現するために業務の所管ごとに最適システムを導入する動きが広がっていた。

ITの専門家集団である情報システム部が中心となり、共通基盤を置くという流れは、むしろ時代遅れになるとの見方も出ていたほどだ。だが、情報システム標準化の動きのなかで、札幌市の動きは最先端の取り組みとして再び注目を集めている。

地方公共団体における情報システム標準化は、20業務を対象にガバメントクラウド環境への移行を進めることになるが、札幌市では住民基本台帳、個人住民税、障害者福祉、介護保険などの10業務が情報システム部の所管として移行を進めている。

  • 20業務のうち10業務をOCIに移行している

    20業務のうち10業務をOCIに移行している

それに対して、戸籍や国民年金、国民健康保険、生活保護、健康管理、子育て支援などの10業務は、それぞれの所管部門が担当となり、各部門の主導によって個別にアプリケーションを導入している。

2025年度までにOCI上に移行を完了したのは、児童扶養手当システムである。札幌市内に本社を持つHBAが開発したパッケージを採用。情報システム標準化に準拠しながら、OCI上で新たに開発したものだという。

なぜOCIを選定したのか - コスト・互換性・支援体制

札幌市では、2027年度までにすべての業務をガバメントクラウド上に移行する予定であり、情報システム部の所感となる業務システム以外でも、OCIの採用を検討しているケースがあるようだ。

  • 札幌市では、2027年度までにすべての業務をガバメントクラウド上に移行する予定

    札幌市では、2027年度までにすべての業務をガバメントクラウド上に移行する予定

札幌市情報システム部が所管する10業務において、ガバメントクラウドにOCIを採用した理由は3つある。1つ目はコスト面での優位性だ。同市はオンプレミスとして導入したExadataを、5年後に更新するよりも、OCIを活用した方がコストメリットがあると試算。

さらに、AWS(Amazon Web Services)とも比較検討を行ったうえでOCIのコストメリットを評価し、調達・運用の両面でコスト優位性があると判断した。さらに、課金形態が円建てであるという点も、OCIのコストメリットの理由の1つに挙げている。

2つ目は、既存システムとの親和性の高さである。前述したように、札幌市ではOracle ExadataおよびOracle Databaseを活用してきた経緯があり、これらのデータベースアーキテクチャは、OCIと高い互換性を持つこと、移行時の安全性や移行期間の短縮にも貢献できるという。

小澤氏は「札幌市は取り扱うデータ量が多く、データベース処理には大きな負荷がかかる。そのため、データベースサービスを切り替え、それをチューニングするには大きなリスクがあると考えた」と話す。

そして、3つ目の理由が、これまでの経験をもとに、日本オラクルの総合支援体制を高く評価した点だ。もともと札幌市では、2012年にOracle Exadataを稼働させた際、オラクルが打ち出した「データベースマシン」という新たなコンセプトに対して、技術的観点からいくつかの課題に挑戦することになったという。

また、同時にミドルウェア領域では共通データベースを採用し、実質的なプライベートクラウド環境を構築する取り組みも開始した。このときの日本オラクルの技術支援体制を評価。さらに、長年にわたるサポートにも高い評価をしているという。情報システム標準化への対応においても、日本オラクルが提供する技術コンサルティングサービス「Oracle Consulting Service」を通じて、同社が持つノウハウを活用できると判断した。

同氏は「先進性とともに、安全性も考慮したうえで、大規模ミッションクリティカルシステムの設計から運用までを、日本オラクルのOracle Consulting Serviceの活用によって支援してもらうことができる」と評価している。

モダナイズ戦略とAPI連携によるサービス高度化

一方で、小澤氏は「クラウドサービスの構築・運用においては、さまざまな関係者が関与することから、『隙間』といえるものが発生しやすい。たとえば、仮想プライベートクラウドの部分はCSP(クラウドサービスプロバイダー)が行うが、その手前にあるネットワーク環境のエンドポイントに対しては、技術的にまったく手をつけてくれないケースがある。クラウドのインフラ設計を誰が行うのかということが明確ではないのが実態。こうした隙間は構築・運用において、深刻な悩みにつながることが多い」と指摘。

ただ、同氏は「Oracle Consulting Serviceは、これらの部分までカバーしてくれる点では心強い。これがOCIを選定する大きな理由のひとつになっている。技術コンサルティングサービスの存在は、今後のガバメントクラウドの普及にも重要な要素になると考えている」とする。

札幌市は、OCIへの移行にあわせて、業務アプリケーションと基盤のモダナイズに取り組んだ。しかし、ここでいうモダナイズとは、単にOCIにリフトすることで終わりではない。まずは、リフトによって現行業務をOCI上で稼働させることを目指すが、それぞれの業務や機能にモダナイズの要素を埋め込みながら、将来の業務変革に向けた仕組みづくりにも取り組んでいるという。

小澤氏は「今後10~20年間、使い続けるためのモダナイズが必要。OCIは、現行の業務運用の課題をクリアするために必要な技術的なバックボーンとして持ち、将来の業務改革にも対応できるベースがある。結果として、よりモダナイズしたシステムの早期構築や、それに伴う市民サービスの向上につなげることができる」と語る。

ここでは、2012年度のシステム刷新時点から行政サービスと民間サービスとの接続を視野に入れ、業務専用データベースと外部接続用データベースを分離して構築してきた取り組みなども功を奏している。

本体システムに依存せず、外部連携が可能な基盤構築を実現しており、OCIを活用するうえでも、この考え方を踏襲している。

Oracle Databaseに蓄積してデータを活用できる環境では新たなサービスをAPIで追加しやすいなど、ガバメントクラウドの方向性にも合致した基盤の構築を可能にしているからだ。これも、新たな市民サービスの早期構築と、サービス品質の向上が可能になる要素だと判断している。

コスト削減を超えたクラウド移行の本質的価値

ガバメントクラウドのメリットの1つに、コスト削減が挙げられている。だが、小澤氏は「OCIは調達・運用コストの削減メリットは大きいが、重要なのは費用を安く抑えることではなく、地方創生や市民のより良い暮らしに向けた技術革新を、強固なセキュリティのもと、適正なコストで実現できる環境の構築である。オンプレミスへの投資をいくら続けても、AIの活用やランサムウェアの脅威には対応できない。すでに、クラウドに移行しなくてはならない限界に到達しているのは周知のとおりである。そして、OCIは新たな技術への対応、安全性、拡張性に加えて、技術コンサルティングサービスの提供という点でのメリットがある」と語る。

一方、札幌市では、情報システム部の運用改革といった観点からも、モダナイズに取り組む考えを示す。現在は、ITILベースの運用保守規定を独自に策定しているが、生成AIなどの活用も含めて、より柔軟な運用が行える仕組みへと改善することになるという。

小澤氏は「すぐに変えるというものではないが、将来のモダン化した運用の実現には継続的に取り組んでいくことになる」と述べている。

日本オラクル 公共・社会基盤営業統括 常務執行役員の本多充氏は「ガバメントクラウドの選定は、ASP(Application Service Provider)が行うことが一般的であり、自治体は言われたものをそのまま使わなくてはならない構造になっている。だが、札幌市は、自らが選定する仕組みを持っている。ガバメントクラウドを自ら選定した最初の自治体だといえる。そのための能力と体制を持っており、札幌市から、日本オラクルのOCIを選定してもらったことは、大きな意味がある」と期待を示している。

  • 日本オラクル 公共・社会基盤営業統括 常務執行役員の本多充氏

    日本オラクル 公共・社会基盤営業統括 常務執行役員の本多充氏

札幌市の事例は、自治体システムの選定に向けた姿勢が変化するきっかけになるとともに、自治体における今後のOCIの活用に弾みをつけるものになるかもしれない。