【国際卓越研究大学認定第一号】東北大学・冨永悌二総長を直撃!「時代が大きく変わる中、今後の大学運営をどう進めますか?」

米トランプ政権による科学予算削減の余波

 ─ 国際情勢が混沌とする中で、企業だけでなく大学にも変革が求められています。現状をどのように分析していますか。

 冨永 おっしゃる通り、大学も今は時代の転換期にあると思います。これまで無条件に是としてきたことが、本当にそうなのかと問い直すような状況になっていると思います。具体的に言えば、米国では大学の研究者の研究環境が非常に低下しているということが挙げられます。

 これまで我々のようなアカデミアの領域では、自らの専門領域を研究し、その研究成果を社会に還元することが社会から望まれていることでもありました。だからこそ、研究を進めることができたわけです。我々はそれを100%是としてきました。

 ところが、今の米国の状況を見ると、トランプ大統領が科学予算の削減といった形で、アカデミアと対立するような状況になってきています。しかも、それを支持する一定層の人たちもいるということを考えると、私個人としては少し驚きでした。

 ─ これまでの米国では科学技術に対する投資を惜しみませんでしたからね。

 冨永 ええ。ですから、トランプ大統領を熱く支持している人たちはアカデミアに対して、100%支持しているわけではないということが示されたということになります。

 日本は全く同じ状況だとは思いませんが、やはり我々も一歩引いて自分たちの姿を捉え直し、その立ち位置を考えなければならないのではないかと思っています。

 ─ 冨永さんが留学した1980~90年代の米国とは違うということでしょうか。

 冨永 はい、違いますね。学術分野に関しても、これまでの米国は非常にスケールが大きく、世界各地から優秀な人材がどんどん集まってくる国でした。世界中から優秀な人材が集まることで、豊富な研究資金を集めることもでき、その結果、新たな知を生み出してきました。

 さらにその知が米国の富に変わるという循環を繰り返してきたのです。そういう国であるにもかかわらず、今回のような形でアカデミアに対して、かなり厳しい姿勢をとるということは、我々からも驚きです。その意味では、勉強になったという側面もあると思っています。

 ─ その中で東北大学は米国の研究者を含め、優秀な人材を受け入れると表明しました。

 冨永 そうですね。やはり本学は国際卓越研究大学の第1号として国から多額の体制強化促進費をいただいています。いわゆる支援金です。

 国が運用する10兆円ファンドから得た資金を支援金としていただきますので、本学はその分、通常の大学よりも予算があるということになります。そうであるならば、本学こそ、その受け皿にならなければいけないと考えました。

「研究が困難になる」との声

 ─ 反応は結構ありますか。

 冨永 ありましたね。実は3月の『Nature』という国際誌に論文が掲載されていました。そこには米国の研究者の多くが国外に出ても良いと考えていると報告されていたのです。

 その時点で本学は仮に米国でそのような事態になった場合に、我々なりの対応をしなければならないと考えていました。そこで本学では独自に米国で説明会やネットワーキングの会を開催していました。サンフランシスコで2回、ボストンで3回行いました。現地のほか、米国各地とオンラインでつなぎ、米国にいる研究者たちから質問があれば、こちらが答えるという形式でした。

 ─ 研究者たちからは、どのような感触を受けましたか。

 冨永 トランプ政権の対応で研究が困難になるといった声が多かったです。日本から米国に行っている日本人の研究者や米国以外の海外から米国に行っている研究者たちからも同じような声が聞かれました。それに対し、本学は「受け入れます」と。

 ですから、国際卓越研究大学というシステムがどのような制度なのかといったことや、本学が今、海外から優秀な研究者を受け入れたいと思っていることをかなり周知できたと思います。

 ─ 受け入れは今年度からスタートするのですか。

 冨永 はい。本学は国際卓越研究大学として研究力を上げていくためにも、まずは自分たちが頑張らなければなりません。その上で、新たに研究者や科学者を雇用し、研究力をさらに高めていかなければなりません。そのためにも研究者の人数を増やさなければなりません。

 では、どうやって研究者の人数を増やすのか。それに関しては、もちろん国内の優秀な研究者をリクルートしなければなりませんが、それだけではなく国内外を問わず、世界から優秀な研究者に来ていただかなくてはなりません。そう考えて受け入れる体制もつくってきました。

 去年の10月、戦略本部に「ヒューマンキャピタルマネジメント室(HCM室)」を設置しました。HCM室は研究者のリクルートなどの雇用関連や受け入れ体制の整備など、人的資本に関連する業務を担う部署です。

人事戦略の司令塔を設置

 ─ 研究者の人事部門ということになりますね。

 冨永 はい。新たな専門部署を立ち上げたわけですから、国外の研究者の受け入れは今回限りというわけではありません。1回限りの呼びかけではなく、今後も継続的に国内外の優秀な研究者を雇用していきたいと考えているからこそ、HCM室のような人事戦略の司令塔の部署が必要になったわけです。

 例えば、研究者を雇用するための給与もHCM室で検討・設定していきます。国外の研究者の給与は日本の研究者の給与と比べても非常に高い。そういった研究者に来てもらうためには、例えば今の給与水準を保証して本学で雇用するというケースもあり得るでしょう。

 ─ 年収の水準としては3000万円と言われています。

 冨永 そうですね。海外の助教の給与や一番若い大学のスタッフの給与が日本の大学教授の給与よりも高いと言われていますからね。そういった給与水準の研究者を継続して雇用していくわけですから、それ相応の財務基盤が求められます。

 雇用期間も1~2年という期間ではありません。来日して日本で生活してもらいながら本業の研究を行ってもらうわけです。それこそ5~10年と続くことは当たり前でしょう。しかも、そういった方々を何人も雇うということになりますからね。

 ─ 人材をいかに引っ張り込めるかが勝負になりますね。先ほどトランプ政権と米国のアカデミアとの距離を指摘していましたが、政治と大学との関わりはどうあるべきでしょうか。

 冨永 なかなか難しいテーマですね。特に大学で言えば、本学は比較的、一枚岩になっていますが、文系と理系がある総合大学では一枚岩になることがなかなか難しいという課題があるのです。様々な分野があり、それを研究している研究者たちもたくさんいます。それだけ多様な価値観があるわけです。

 むしろ大学には価値観を生み出すという役割もあります。ですから、政治との関わりに関しても様々なご意見はあると思っています。ただ、大学執行部として大学を運営する側からすると、やはり政治との関わりは非常に重要だと思っています。

 そもそも日本は高等教育にあまりお金をかけていません。2020年時点での高等教育への公財政教育支出は対GDP(国内総生産)比で0.7%に過ぎません。OECD(経済協力開発機構)平均で1.3%ですから、この数値はかなり低いと言わざるを得ません。

 ─ 半分近い差ですね。

 冨永 ええ。それが日本の状況です。もしかしたら、これは大学などのアカデミアの人間がどのように言っても、国の方針として政治や国民がそう望んでいるのかもしれません。ただ、国の施策があって初めて本学も大学運営できるという点があります。その意味では関わりは非常に大きいと思いますね。

 ─ 特に国際卓越研究大学の認定第1号になっただけに世間からも注目が集まり、責任も重いということになりますね。

 冨永 はい。責任は非常に重いです。特にここ20年間、国立大学は国からの運営費交付金が減らされてきましたからね。

日本の研究開発費の8割弱を占める企業との連携を

 ─ 独自の資金を得ることにも取り組んできましたね。

 冨永 ええ。大学が独自に自分たちで収入を上げようと思うと、いくつかの方法がありますが、最も重要な方法の1つは産業界と一緒になって収入を得るという方法だと思います。

 例えば米国の「アイビー・リーグ(ハーバード大学など北東部にある8つの私立大学の総称)」などのように産業界から収入を得る方法です。また、米国には寄付文化が根付いており、プリンストン大学では収入の約7割は寄付が占めています。

 一方で日本にはまだまだ寄付文化は根付いていません。日本の個人資産は2000兆円を超えており、そのうちの半分は個人が預金・現金等で持っています。そういう前提があっても、大学に対して寄付をするという文化の広がりは、日本では限られていると思います。そこが米国などとの大きな違いです。

 ─ 現実的に産業界との連携がカギになりますね。

 冨永 そういうことです。そこで私が一番気になるのは、日本の研究開発費の大半を企業が投じているという点です。日本の研究開発費のうちの8割近くを日本の企業が占めているのです。つまり、企業が自社の研究所などで研究しているわけです。大学は2割弱に過ぎません。

 そう考えると、企業の人たちは大きなお金をかけて研究開発をしているということです。ならば、その研究開発を大学ともっと一緒にやりませんかと。それを我々は強調しています。

 また、企業が研究開発を外部委託する際に、10年ぐらい前までは国外に委託する比率は全体の10%ほどでしたが、最近のデータでは44%になっています。それだけ海外に委託する日本企業の研究開発費が増えているのです。この金額も年々伸びており、2兆円を超えています。

 ─ 海外に出る富を国内に引き戻さなければなりませんね。

 冨永 はい。その半分近くが海外に委託されているという現実を見ると、我々アカデミアも自ら頑張らなければならないと感じます。かつて10%台だったとき、9割は大学だけではなく、国内の研究機関などで研究委託されていたわけですからね。

 ところが今は半分近くが海外に委託されている。このことを鑑みると、日本の大学はもっと頑張らなければなりません。企業とも一緒になって、企業にも納得してもらえるような成果を出していく必要があります。

 当然のことながら、企業も収益を上げるためには世界最高のプラットフォームを求めます。そういった中で、本学をはじめとした日本のアカデミアが海外のアカデミアとも伍して、負けないように自らを高めていかなければならないと思っています。

三菱総合研究所理事長・小宮山 宏「地域の産業に住民が出資する社会をつくることが日本を強くする一歩となる!」