
「日本は潜在力を掘り起こし、世界でやるべきことがある」と訴えるのは一橋総合安全保障研究所理事長の鈴木壮治氏。アメリカの相対的国力が落ちている中、日本は対米従属からの脱却を迫られている。同氏は、グローバリズムでもなくナショナリズムでもない、その中間の「極中間派」という立ち位置こそが、日本の自立への第一歩であると主張する。日本が、戦略的自立性を取り戻し、国民、国土、主権そして矜持を守るために必要なこととは。
グローバリズムとナショナリズムに 偏らない極中間派に活路を
─ 社会は分断・対立が進む中で、米国トランプ大統領も、アメリカに依存せず日本は自分の国は自分で守れということを言ってきています。国防の観点から、今後の日本の在り方をどう考えていけばいいでしょうか。
鈴木 アメリカの相対的国力が衰退し、世界が多極化しつつあることは、日本にとって、戦略的自立性を回復する良い機会だと思います。
中国、インド、ブラジルなどが国益を重視し、国力を伸ばしており、日本は、対米従属体制のままでは、自らの潜在能力を発揮できず、さらに国力を衰退させてしまいます。
トランプ政権は、強大化する中国を御するためにも、自立的な安全保障能力強化を日本に求めています。
しかし、今の自民党政権では、米国従属から脱却し、戦略的自立国家として蘇る好機を活かせないと、かなりの数の国民が判断。その結果、自民党は、今回の参議院選挙で、議席を大幅に失いました。
─ その好機の中で、今の経済、政治そして日本の在り方をどう考えますか。
鈴木 多くの国々が、ネオ・リベラリズム(新自由主義経済)を導入した結果、貧富の差が拡大し、社会格差が進み、国民の間で、分断や対立が生じています。それを逆手にとって、不満を抱え、反発する人々の支持を集め、トランプ氏が大統領に復権しました。
新自由主義経済の対極は社会主義経済ですが、その二つの極の中間を「経済的極中間派」と呼びます。日本は、この立ち位置をとるべきと考えます。
─ 右派と左派の中間といってもいいんですか。
鈴木 はい。政治的には、ナショナリズムが右極で、グローバリズムが左極となります。 「脱国家型の市場原理主義」によるグローバリゼーションを敵視し、「国家主導型のグローバリゼーション」を推進するのが、トランプ第二次政権です。
つまり、トランプ政権の本質は、グローバリズムとナショナリズムの混合です。 日本やヨーロッパ、イギリス、オーストラリア、インドなどは、極中間派であり、諸国間における協調性に重きを置いています。 長年に渡り、多様性、多元性を受容してきた日本は、極中間派諸国の連携の動きを主導できる理念と潜在力を有しています。
─ 共生・共存主義ですね。
鈴木 はい。日本は、敗戦後、軍事力を背景としたアメリカから、プラザ合意や構造改革など経済的な圧力をかけられ、国益を損ねてきました。
日本は現在、遺伝子組換え食品や農薬(※)を大量に米国から輸入しており、それが国民の健康に悪影響を及ぼしています。
よって、国民の健康を守るために、農業・食品分野を含む経済安全保障の本質を国民の健康、生活そして命を守ることであると認識し、対米従属体制を見直し改善することが急務です。
日米安保(日米安全保障条約)は、軍事的連携が主ですが、経済協力条項もあり、それを広げ、経済安全保障も取りいれるべきというのが、わたしの考えです。
─ その理由は。
鈴木 日本とアメリカは協力して、中国に対して、エコノミック・ステイトクラフト(経済的手段により、外交・安全保障の目的を達成する)を行使すべきです。 それを実現するために、日米が対等な立場で議論し、対中エコノミック・ステイトクラフト戦略共有を可能とする経済安全保障条項を、日米安保に加えることが必要です。 その経済安全保障条項は、従来の米国による一方的な対日エコノミック・ステイトクラフト行使の抑止に繋がると考えます。
─ 米国企業のGAFAMは進出先の国々で、事業に関する税金を適切に払っていないという指摘もありますが。
鈴木 はい。米系のビッグテック企業に対して、デジタル・サービス・タックス(DST)の支払いを実行させるために、EU諸国などの極中間派諸国が連携する必要があります。日本もその連携に加わるべきです。
─ 日本がそこでリーダーシップを発揮していくためには、何が必要だと思いますか。
鈴木 異なる文化を許容し、多元的で多様性のある社会のなか、安定を醸し出してきた日本こそが、極中間というバランスがとれた理念のもと、リーダーシップを発揮できると思います。
極中間の理念により、米国だけではなく、EU諸国、アセアン諸国、インドそしてオーストラリアなどとの同盟や協力関係を構築し、軍事安全保障と経済安全保障を融合させることで、日本は米国からの戦略的自立と同盟・友好諸国からなる連携を強化できます。
─ ところで、自国第一主義が強く押し出される時代になっていますが、国益と国益が激しくぶつかり合う今、日本の資産を守るという点ではどう考えますか。 鈴木 2007年10月1日に、日本郵政グループは民営化しました。その時点で、ゆうちょ銀行の運用資産、約220兆円の内で海外市場向けは、わずか約3000億円でした。
ところが、2025年3月31日には、ゆうちょ銀行の外国証券等への投資額は、総運用資産に占める比率が約38%の87兆円に達しました。
ゆうちょ銀行が預かっている資金は、高齢者・地方居住者などの将来の生活を支える資産であり、また、災害・不況などに備える社会的なセーフティネットです。
よって、ゆうちょ銀行の資金は、経済安全保障の対象として、守るべきものであり、ゆうちょ銀行の巨額資金の海外流出は避けるべきです。
─ 農林中金も総資産100兆円を国内農業には投資せず、ニューヨークで運用して1・9兆円の赤字を出しましたね。
農林中金は、地方のJA・JF・JForestなどの信用事業を束ねており、これらの組織を通じて農業・漁業・林業に従事する人々の資金を預かっています。
その資金が、地方農業・漁業の近代化やスマート化に使われず、米国の住宅ローン証券や米国債へ投ぜられ、米国の金融政策、経済状況に左右されることは、経済安全保障上の問題です。
─ 第二次世界大戦、大東亜戦争も、食料とエネルギー、特にエネルギーが無い状態から再出発しましたね。
鈴木 はい。日本が、そのような厳しい経済環境を乗り越え、戦後80年を迎えた今、世界経済はデジタル化し、AIを駆使するデータ駆動型経済が勢いを増し、日本企業は劣勢を強いられています。 ブランド、AIのアルゴリズム、ネットワークなどの無形資産のマネタイズに強いのが、GAFAMなどの米国企業です。 エヌビディアの企業価値(株式時価総額)は約4兆ドルで、トヨタの10倍程です。
エヌビディアが株式市場で高く評価されるのは、データ駆動型経済を支えるAIとデータセンター用のGPUの技術・設計力そしてブランドなどの無形資産価値です。
─ それからデジタル赤字をどう考えますか。
鈴木 日本のデジタル赤字は約6・7兆円に達しています。米国のGAFAMなど海外クラウドサービスの利用が主因です。問題は、それにより、日本が生み出したデータの殆どが、国外に保存・処理されていることです。
それを防ぐためには、国内で自前のデータセンターを構築し、それらを国内に分散することが、経済安全保障上、必要不可欠です。
天然資源を担保にした セキュリティ・トークンの可能性
─ 米国・中国以外の国との連携についてはどう考えていますか。
鈴木 私たちはアフリカとの関係を重視しています。
天然資源が豊富なアフリカ諸国は、埋蔵されている天然資源を担保としたセキュリティ・トークン(デジタル証券)を発行して、天然資源開発資金を調達するスキームに、多大な興味を示しています。
私たちは、それに答えるために、ケニアに、セキュリティ・トークンの発行・資金調達を支援する法人を設立しました。
今後、アフリカ諸国の資金調達のために、積極的に業務を展開していきます。
─ 8月22日からはTICAD9(第9回アフリカ開発会議)が開かれ、国としても今後アフリカとの連携を強めていく考えですね。
鈴木 はい。アフリカ諸国は、日本政府や日本企業に対し、長年にわたる協力と支援に強い信頼と感謝の念を抱いています。
特にJICAによるインフラ整備や人材育成、JOGMECの資源開発支援、JBICの金融支援は「信頼できる国・日本」という評価を確立しました。 今後とも、アフリカ諸国は、この信頼を基盤により、日本との長期的かつ対等なパートナーシップの深化を期待しています。
アフリカは人口約14億人、年平均約2・5%の高い人口増加率を誇り、将来の巨大消費市場として注目されています。日本にとっては資源の安定確保と市場参入が重要です。
具体的には、エネルギーや鉱物資源分野での投資に加え、製造業や農業、デジタル産業といった雇用創出につながる分野への積極的な日本企業の進出が期待されています。
─ アフリカは日本のことをどのように見ているのでしょうか。
鈴木 日本が得意とする技術移転や人材育成は、他国にない魅力として高く評価されており、教育・再生可能エネルギー・デジタル技術分野での協力をさらに強化していくべきです。
さらに注目されるのが新たな資金調達手法です。資源や将来のインフラ収益を担保としたセキュリティ・トークン(STO)の発行は、ドル依存からの脱却を模索するアフリカ諸国にとって有効な選択肢です。ですから日本がこの分野をリードすることを、アフリカ諸国は期待しています。
今後、日本とアフリカの関係は「援助から共創へ」と転換し、官民連携による持続的な産業育成、資金調達の多様化、多国間連携の推進によってさらに進展することが予想されます。
日本が誠実なパートナーとしてアフリカの成長と共に歩むことが、両者にとって新たな発展の礎となります。
─ わかりました。逆に外から見た時に日本の弱さ、課題という点はどう考えますか。
鈴木 米中の地政学的対峙が、実体経済の分裂化を引き起こしていますが、ドルを主体とする金融・通貨システムは、その影響を受けず、かえって、ドル中心の統合化が高まっています。
日本の銀行や企業は、円とドルの通貨スワップ協定により、短期ドル資金を調達しています。
よって、米国が金融制裁や通貨政策を外交カード化した場合、日本は、1兆ドル以上の米国債を所有しながら、米国に従属しないとドル供給を絶たれるリスクに晒されています。
実体経済の分裂、米国による通貨・金融の武器化、地政学リスクが高まるなか、日本は、従来のドル基軸体制への従属から、自律性を持った「動的かつ戦略的な通貨・金融リスク管理体制」への転換を急ぐべきです。
─ 具体的にはどういった対応が考えられるのでしょうか。
鈴木 例えば、日本は、米国債を戦略的に一部売却し、その得たドルを使って、日本の銀行が短期でドル資金不足に陥った場合、融資を行う〝ドル循環ファシリティ〟を構築することなどが考えられます。
それは、米国従属からの脱却という国家的課題解決への一つの糸口になると考えます。
(※)雑誌『財界』9/24号の掲載では、「農薬」を「化学肥料」と記載していますが正しくは農薬です。誤記となり、誠に申し訳ございません。