【論考】日本アジア共同体文化協会機構理事長・宮本雄二《国家にとっての基本軸とは何か?》第1回

国と国の外交・安全保障で『基軸』という言葉が使われるが、「基軸とは1本で支えることができるというのが私の認識だ」と語るのは元駐中国特命全権大使の宮本雄二氏。「もしこの基軸が細っていけば1本で支えられず、他の柱で支えるしかない」と語る。日米関係を基軸に据えてきた日本だが、地政学的リスクが高まる中で、欧州との関係も含めて「太い柱も細い柱も含めて、いろいろな柱を建てていくときだ」と強調する宮本氏の外交・安全保障論である。

 欧州も自己負担をすべき

 ─ 米国で第2次トランプ政権が発足して約1年半が経ちました。世界中がトランプ大統領に翻弄され、経済人にも緊張感が求められています。一方で中国との対立も続いています。宮本さんはどう俯瞰して分析しますか。

 宮本 中国が急速に台頭してきて米国を追い越そうとしている状況に対して、米国としても心情的には極めて遺憾だと感じているはずです。

 私がよく比喩的に言うのは、両国間の対立はイデオロギーでも何でもなく、学校のクラスの1番と2番の争いだということです。1番だった人が追い越されて嬉しいという人は1人もいませんからね。

 それがましてや国と国との関係だったら、あらゆる手段を使って2番に追い越されないようにするものです。それが国際政治の世界です。ですから、米国は中国に追い越されないように、あらゆる手立てを使って阻止しようとするはずです。これは国際政治の世界では普通のことなのです。

 ─ その場合、米国は欧州をどう捉えていますか。

 宮本 トランプ大統領は欧州が何もやっていないことに不満を募らせ、ロシアのプーチン大統領との距離を縮めています。地政学といったものではなく、個人の好き嫌いの世界ですから、プーチンが好きだと言われれば、我々はどうしようもありません。

 しかしながら、米国は国家としてNATO(北大西洋条約機構)で圧倒的な負担をしてきたことも、また間違いない事実です。

 だからこそ、米国の国力が落ちてきた中で、欧州にももっと負担して欲しいと思うのは自然なことと言えます。トランプ大統領が威圧的な言動をとるから少しおかしなことになるのですが、自然な流れとして欧州はもっと自己負担しなければいけないことは事実だと思います。

 ─ まさに調整局面を迎えていると言えますね。

 宮本 ですから、米国は関与の度合いを下げていくのであって、関与をやめるわけではありません。米国の関与は続きます。結局はそれが米国の利益となるからです。しかし、関与の程度は以前よりも低くなる。その分を欧州が補完しなければならないのです。

 欧州はプーチン大統領のロシアと対峙しており、ロシアがウクライナ侵攻のような馬鹿げたことを二度とやらない体制をつくっておかなければなりません。

 欧州は自己負担率を高くして、リトアニアなどのバルト3国なども含めてロシアの侵攻を止めることができるような場所にNATO軍を駐在させるなどの対応が求められてきます。

 ─ 米国が引いた分の補完を欧州自身が賄うと。

 宮本 米国は引きますが、完全には引きません。ですから、米欧関係もしかるべきところで落ち着くと思います。米国は内外政策共に大きな調整期にあります。国内のいろいろなシステムが現実と合わなくなり、様々な改革をやるしかありません。

 全く同じことが国際政治の舞台でも起こっているのです。国際的なシステムが現実に合わなくなって、その調整をトランプ大統領がトランプ流のやり方でやり始めたという理解でいいと思います。

 

 「基軸」をどう考えるか?

 ─ そうしたときに日本はどうあるべきでしょうか。

 宮本 私は日米関係を”基軸”とする対外関係には調整が必要だと考えています。私は基軸という言葉は1本の柱で全体を支えることができるという意味だと考えています。これが細くなれば支えられなくなります。その場合には、他の柱で支えるしかありません。

 ただ、他の柱といっても、太い柱も細い柱も含めて、いろいろな柱を建てないといけません。日米同盟という1本の基軸だけでやっていけないというのが現状だと思います。

 米国でのトランプ現象がそのことを教えています。もちろん、日米同盟は中心の柱であり続けるでしょう。しかし、それを日米同盟一本槍という意味での「基軸」という言葉が適当なのかどうか疑問を感じます。

 ─ 基軸が揺らいでいると。

 宮本 そうです。1本で支えられなくなっているのです。だとしたら他の柱が必要です。欧州であり、QUAD(クアッド:日米豪印戦略対話)といった同志国の枠組みもそうですし、私はその柱の1つに中国も入れていいと思っています。

 対中関係をもう1つの柱にするべきだと思うのです。国と国の良好な関係は最大の安全保障なのです。

 つまり、核兵器やミサイルを持ち、潜水艦を保有することだけが安全保障ではないということです。最大の安全保障は良好な国家関係なのです。そういう視点から、中国との関係を再構築しようと提言しているわけです。

 現に日本は1972年の中国との国交正常化以来、それをやってきました。だから中国とは「戦略的互恵関係」なのです。

 ─ 戦略的互恵関係という言葉を使ったのはいつですか。

 宮本 2006年に当時の安倍晋三首相が使い始め、08年の日中共同声明で初めて共同声明に引用しました。しかし、今の中国を相手に、この言葉を使えるかというと、それは難しい。なぜかというと、12年以来、日中関係に軍事安全保障の柱が新たに建ったからです。

 最近、私の恩師であり、日本の国際政治学者で京都大学教授だった高坂正堯先生の論文を再読しました。その論文は1964年当時の中国問題に焦点を当てたものでした。  

 ─ 第1回東京オリンピックの年に当たりますね。

 宮本 ええ。ですから、佐藤栄作内閣のときです。このときは台湾と外交関係があり、中国との外交関係はありませんでした。そのときに高坂先生は中国との外交関係を持つべしという提言をしていました。その理由が「安全保障のため」だったのです。

 つまり、日本の安全保障のためには中国大陸を〝空白〟にしておいてはならない。むしろ、中国とは外交関係を持つべきだと書いていたのです。ですから、国と国との良好な関係は安全保障なのです。したがって、日本はロシアや北朝鮮との良好な国家関係も持たなければならないのです。

 そもそも安全保障とは政治外交と軍事安全保障が合体した概念です。これは1980年代に当時のソ連が脅威かどうかという論争が国会で行われたことで定式化されました。私は83年から85年まで欧亜局ソヴィエト連邦課で仕事をしていました。

 「安保三文書」が則る脅威

 ─ ソ連軍によるアフガニスタン侵攻が続いていた時期に当たりますね。

 宮本 そうですね。いずれにしても、国会でそのような議論があり、一方で北方領土返還交渉もやろうとしていました。順番としては、平和条約を締結して北方領土を返還してもらうという手筈でした。ソ連を脅威だと認定したときには、なぜそのような国と平和条約を結ぶのかという問題が出てきます。

 ですから、北方領土返還交渉を継続するためには、まずはソ連が日本にとって脅威かどうかを認定しなければならなかったわけです。そこで国会論争の中で日本政府は「脅威は能力と意思の総和」だとしました。

 つまり、脅威とは能力と意思を「足したもの」としたわけです。ちなみに、最近の日本政府は能力と意思を「かけたもの」と言い換えています。

 いずれにしても、日本政府は相手国の能力と意思が一緒にならない限り、脅威にはならないという立場をとったのです。この考え方は現在の「安保三文書」(「国家安全保障戦略(安保戦略)」「国家防衛戦略(防衛戦略)」「防衛力整備計画(整備計画)」にも反映されています。

 ─ 脅威に対する見解を政府も述べているわけですね。

 宮本 ええ。そうすると、外交とは意思に働きかけることです。良好な国家関係を持つことができれば相手側の日本攻撃の意思は成り立ちません。そうすると、能力を持っていても脅威にはなりません。

 この考え方からすると、中国と良好な関係を構築することは、日本にとっての1つの安全保障の柱になり得るということを意味するわけです。これが私の恩師である高坂先生の教えです。

 ─ これを今の習近平体制の中国とどう構築するかです。

 宮本 そうですね。確かに一部の人からは、今の習近平体制の中国とそういう関係をつくれるのかといった意見が出ています。軍事力の増強ばかりを推し進めている中国とそんなことができるのかと。

 しかし、今の中国は自分では米国の圧力に対抗するために軍拡を進めていると思っています。米国経済はグローバル経済と一体化していますが、中国もグローバル経済と完全に一体化しています。この事実が中国の対外関係に大きな影響を与えていることを忘れてはいけません。

中国

2027年に100周年を迎える中国人民解放軍

 東アジアの戦域では米国を凌駕

 ─ 自分を守るという思想がベースにあるということだと。

 宮本 では、米国に対抗できるようになった後、それから中国はどうするのか。そのことについては、まだ中国の中でもはっきりとした考えができあがっていません。とにかく自分たちは軍事的に弱く、強大な米国もいる。それに対して中国という国をどう守るか。

 それから台湾問題です。米国が関与したら台湾は独立するかもしれない。台湾を独立させないためには、軍事力で米国を台湾に近づけないくらいの力を中国が持たなければいけない。それで軍事力を強化してきた。

 その結果、東アジア戦域における力関係は、ついに中国が米国を凌駕しました。ただ、それは東アジアの戦域だけです。グローバルでは圧倒的に米国の方が上です。

 東アジアの戦域を越えて、グアムも含めた米国本土にどれくらいの脅威を与えるのが軍事バランス上、望ましいかについては、中国も考えがまとまっていません。

 ─ ということは、ここから先に日本を含めて各国がどう動いていくかで変わりますね。

 宮本 はい。中国が心配したのは米国の強大な軍事力の下で台湾が独立することであり、それを阻止するための軍事力だったわけです。米国の圧力に屈することのない軍拡を進めてきた結果、ここまで大きくなってきました。

 そして1927年に結成された中国人民解放軍は来年に100周年を迎えます。それまでは軍拡を進めていくことは間違いありません。問題はその後をどうするかです。これから中国がどうなるかということに対しては、我々が良好な国家関係を持つことによって中国に影響を及ぼすことができるわけです。

 米国や日本といった国々の中国に対する対応が中国の態度を決める重要な要素となるのです。いま米国はトランプ大統領の影響を受けてガタガタしています。

 中国はそれで米国の手出しが減ると少し安心しているのです。というのも、中国の基本認識は、米国は共産党の中国が嫌いであり、あらゆる手段を使って平和裏に中国共産党の政権を打倒するというのが米国の陰謀であり、戦略であると考えているのです。

 それを中国では「和平演変」と呼んでおり、中国共産党の確信になっています。(次回に続く)

《対談》【小長啓一・元通産事務次官&武藤敏郎・元財務事務次官】「日本も中国も先人の知恵に学び、現実的な対話を継続するパイプづくりが大事」