ビジネスの現場でAIの活用が進む現代、特に注目を集めているのが「AIエージェント」です。単なる自動化を超え、業務の最前線で“考えて動く"自律的存在として期待されるこの新たな“デジタル労働力"は、私たちの働き方そのものを大きく変えつつあります。

そこで、後編となる本稿では、AIエージェントの導入方法や運用上のポイント、そして将来の展望までを総合的に紹介し、AIと共に働く時代に向けた実践的なヒントをお届けします。

デジタル労働力としてのAIエージェント

前編では、AIエージェントとは特定の目的を持ち、自律的に判断・行動するAIのシステムであることをお伝えし、その活用例や得られる効果について紹介しました。また、AIエージェントが人の働き方や社会を変える原動力になり得ることも簡単に触れました。

では、その原動力、すなわち“AIエージェントの力"の本質とは何でしょうか。その中心にあると私たちが考えるのが「デジタル労働力」という概念です。

デジタル労働力とは、AIを中心とするデジタル技術によって、これまで人が担ってきた業務を補完・代替する新しい形の労働力のことです。この変化はすでに始まっており、経済産業省の「未来人材ビジョン(2022年)」では、「テクノロジーによって日本の労働人口の49%が将来自動化される可能性がある」と予測されています。

そして、「AI」+「エージェント(代理)」という名前が示すとおり、AIエージェントはまさにデジタル労働力を象徴する存在であり、働き方の進化を加速させます。

AIエージェントはさまざまな業種、業務分野での適用が期待されており、企業経営に大きな影響を与え、経営課題の解決に貢献します。人間とともに協力しながら業務を効率化し、生産性やスケーラビリティの向上を可能にします。

例えば、生産現場での不良品チェック、カスタマーサポートでの単純な問い合わせ対応、営業での商談メモ作成など、反復的でシンプルな業務を大幅に効率化します。これにより、処理速度と正確性が向上し、業務のスケーラビリティと効率性の向上が期待できます。

また、人の作業負担が大幅に軽減されることで、例えばカスタマーサポートの現場では、人はより複雑で難易度の高い問い合わせへの対応に専念できるようになり、営業の現場では、注力すべき製品や顧客層の特定、提案タイミングの設計など、より戦略的・創造的な業務に集中できるようになります。

さらに、AIエージェントの普及は、労働力不足の課題解決にもつながります。日本では人口減少と高齢化が進み、生産年齢人口は今後減少が続くと予想されています。現在もすでに、IT分野を中心に人手不足が深刻な課題となっています。

そうした状況下でますます注目されるのが、デジタル労働力です。AIエージェントのような技術が人間の業務を補完することで、生産性が向上し、少ない人数でより大きな成果を上げることが可能になります。

例えば、従来の5人分の作業量を3人で処理するといったことも十分に起こり得ると考えられます。また、AIエージェントは単純作業の代替だけでなく、経営に関わる意思決定支援のような高度な業務での活用も期待されており、企業の可能性を大きく広げ、新たなレベルのイノベーションを実現する可能性を秘めています。

導入方法はテンプレートかカスタマイズ

AIエージェントによる働き方の革新を実現するには、その導入と運用を円滑に進めることが重要です。最近では、こうした取り組みを支援する各種プラットフォームも登場しており、利用者のスキルや業務内容に応じて柔軟な導入が可能になっています。

例えば、あらかじめ用意されたテンプレート型のAIエージェントが複数提供されており、専門的なコーディングを必要とせず、クリック操作のみで短時間でセットアップできるプラットフォームも出てきています。必要に応じて簡単にカスタマイズできる点も、導入のハードルを下げる要素となっています。

従来のチャットボットに代わり、事前に定義されたシナリオがなくても幅広い問い合わせに対応するものや、24時間365日、見込み顧客との対話を通じて、問い合わせへの回答やミーティング設定まで自動で行うものなど、業務領域に応じた多様なユースケースに対応しています。

こうしたカスタマーサポートや営業活動といった業務で典型的なユースケースに対応する事前定義されたAIエージェントを使うことで、短期間で業務の効率化に大きな効果が期待できます。

さらに、高度なニーズに応じてAIエージェントを独自に構築・拡張できるプラットフォームも存在します。専用のビルダー機能を使えば、業務内容や役割を自然言語やドラッグ&ドロップ操作で直感的に設定でき、ローコード、ノーコードで個別の業務プロセスに合わせたきめ細かな対応が可能になります。

運用の秘訣はユースケースの定義やデータの収集・整理

このようにゼロからAIエージェントを構築する場合、効果的に導入するにはいくつかのポイントがあります。

まず、AI導入の成功には、“スモールスタート”と“継続的な改善”が欠かせません。最初から完璧を目指すのではなく、まずは限られた範囲で試し、結果を見ながら少しずつ改善していくことが大切です。

導入して終わりではなく、PDCAではないですが、トレーニングを重ね育てていくものとして、定期的に運用状況をチェックし、調整を加えながら少しずつ精度を高めていく、そうした地道な取り組みが、AIエージェントが力を発揮するカギとなります。

そして大前提として、AIエージェントは何でも自動的に答えを出してくれる“魔法の箱”ではないということです。

AIに「うちの会社にとって何かいいことや儲かりそうなことを教えて」と聞いても、有益な答えは返ってこないでしょう。つまり、導入する側が「AIに何ができて何ができないか」をきちんと理解したうえで、「何の目的で」「どの業務に使うのか」を明確にすることが不可欠だということです。

例えば、目的が業務の効率化なのか、顧客体験の向上なのか、新規事業の支援なのか等によって、AIエージェントをどのように活用するかは変わってきます。つまり、ユースケースを明確にすることで、初めてAIエージェントから十分な効果を引き出すことが可能になります。

また、そのユースケースを具現化するためには、整備されたデータをどれだけ準備できるかがポイントになります。AIエージェントは、基本的には提供された情報をもとに動作するので、その拠り所となる情報として「どのようなデータを集め、どのように整備するか」が極めて重要です。

カスタマーサポートでAIを活用するなら、製品マニュアル、FAQ、過去の問い合わせ対応の記録などを整えておく必要があります。加えて、AIエージェントがユーザーに対してより的確でパーソナライズされた対応を行うには、顧客が過去にどんな製品を使い、どのような質問をしてきたかといった、顧客それぞれの履歴情報も役に立ちます。

このように非構造化データと構造化データをうまく組み合わせてAIエージェントが参照できるようにしておけば、画一的な対応ではなく、顧客に合わせた柔軟な対応が可能となります。

もちろん、これらのデータは紙の資料ではなく、AIエージェントが読み取れるデジタルデータとして整備されていなければなりません。したがって、将来的にAIエージェントを導入することを検討している場合には、いまのうちから業務関連の情報をデータ化し、整理しておくことをお勧めします。

信頼性とセキュリティの両方を備えたデータの蓄積が普及の課題

一方で、AIエージェントの普及において課題となるのが、AIの回答の確かさです。AIの回答に疑問が残るようでは、誰も安心して使おうとは思いません。

その“確かさ”を根本から支えているのが、AIが参照する“データの信頼性”です。つまり、AIがどのような情報をもとに回答しているのか、その情報が正確であるかどうかが極めて重要なのです。

特に企業がAIを活用する際には、インターネット上の情報には注意が必要です。ネット上には大量の情報が存在しますが、その中には不確かなものや、いわゆるフェイクニュースなどの偽情報・誤情報も含まれています。こうした情報をAIが参照すると、誤った結論に導かれるリスクがあります。そのため、信頼できるデータをもとにAIを運用することが求められます。

例えば、Salesforceのようなエンタープライズ向けプラットフォームには、顧客に関する正確で信頼性の高い情報が蓄積されています。

具体的には、顧客企業の基本情報、担当者の名前、過去の商談履歴、問い合わせ内容、メールやミーティングの記録など過去のやりとりの集積データが詳細に記録されています。こうした情報をAIが参照することで、よりパーソナライズされた、正確な対応が可能となります。

さらに重要なのは、これらのデータが“セキュリティが確保された環境”で管理されているという点です。信頼性の高い情報であるだけでなく、それが外部に漏れたり改ざんされたりしないよう適切に保護されているからこそ、安心してAIに活用させることができるのです。

AIエージェント活用を加速させる次なる一手

将来的に、より信頼性が高くセキュリティが担保されたデータを活用できるようになれば、AIエージェントの精度はさらに向上していきます。そうなれば活用領域はますます広がり、日常業務の支援にとどまらず、経営戦略の立案といった大切な意思決定の場面でもAIエージェントが支援を行い、場合によっては代替の役目を担うことが期待されます。

こうした背景を踏まえ、テクノロジー企業各社はAIエージェントの可能性をより広げる取り組みを始めています。

一例ですが、Salesforceでは、AIエージェントがもたらす効果を高めるために、その動作状況を継続的にモニタリングし、その健全性や改善点を可視化する機能強化に努めています。

企業におけるAIエージェントの導入が加速する中で「チームがAIエージェントの活動を把握できず、十分な速さで改善・進化させられない」という障壁が明らかになっており、これを取り除く取り組みです。

また、今後は複数のエージェントが連携をすることで、より高度な業務への適用が期待されています。それを可能にするMCP(マルチエージェント・コラボレーション・プラットフォーム)といったオープンスタンダードをサポートすることで相互運用性を高めると同時に、エンタープライズレベルの信頼性を組み合わせることで、AIエージェントのさらなる可能性を広げます。

より多くのユーザーがデジタル労働力としてより信頼性の高いAIエージェントと共に働き、創造性と生産性を両立させる持続可能な働き方の実現を目指していきます。

著者 稲垣 巖(いながき いわお)

株式会社セールスフォース・ジャパン 常務執行役員 カスタマーサクセス統括本部 テクニカルサポート本部長。ソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートし、クラウド技術の普及とともにサポート領域へ転身。2022年7月より現職。Agentforceはじめ、Salesforce全製品の技術サポートを統括。日本語・韓国語対応チームをリードし、導入後の技術支援や障害対応など、顧客の安定運用を支える役割を担っている。