「AI・デジタル時代の今、B2Bマーケティングにも変革が必要」と話すのは、パナソニックコネクト デザイン&マーケティング本部(兼)現場ソリューションカンパニー(兼)回路形成プロセス事業部 デジタルカスタマーエクスペリエンスエグゼクティブ、ヴァイスプレジデントの関口昭如氏だ。
8月26日~29日に開催された「TECH+フォーラム データ活用EXPO データを実装し、ビジネスを駆動させる時代」に同氏が登壇。デジタル時代のB2Bマーケティングとして同社が取り組んでいる「顧客価値起点のトータルマーケティング」について解説した。
高い解像度で顧客を捉える
講演冒頭で関口氏は、B2Bマーケティングでは顧客の解像度を高めるのが難しいと指摘した。例えば一般の顧客の購買決定の瞬間には、店舗の商品棚にある商品を見たときの「FMOT(First Moment Of Truth)」や、デジタル時代の昨今では店舗に行く前にネットで調べて購買を決めているという「ZMOT(Zero Moment Of Truth)」がある。しかし顧客が法人である場合はそれが「DMOT(Diverse Moment Of Truth)」、つまり多様であり、企業間、企業内の複雑な関係性の論理に大きく影響されるものになる。
例えばIT系ソリューションであれば、選ぶ部門と使う部門は必ずしも一致しない。実際のユーザーとなる部門やIT部門が中心となって選定するが、SIパートナーなどがアドバイスすることも多い。また、資材調達部門やCXO(Chief Transformation Officer)、ユーザー部門の先にいる顧客の影響も受けることがある。そして、どの立場の影響が強いかは企業によって異なり、現場と経営層の考え方が違うこともある。
「こういった複雑さを持つ法人顧客に対して、いかに価値をアラインしてお届けできるかが重要です」(関口氏)
同氏は「3C」という視点から顧客の解像度に関する3つの問題点を指摘した。まず1つ目は顧客(Customer)そのものの解像度だ。顧客のMOTは多様であるため、自社に都合の良いカスタマージャーニーを想定しがちである。次に競合・代替ソリューション(Competitor)の解像度だ。競合は常に進化しているため、情報が古ければこれも都合よく解釈されてしまう。さらに自社内(Company)の解像度も問題だ。プロセスを回すことにとらわれると、自社の強みや価値が職能間で共有されないことがある。効果的なマーケティングのためには、これらを考慮して解像度を高めなければならない。
顧客価値起点のマーケティングとは
AI・デジタル時代と呼ばれる昨今では、顧客価値も変化している。顧客は単に商品を買うだけの一方向ではないし、即時性もより重要になった。また、IoTなどビッグデータを全量で取得できるようになってきた。こうした変化により、双方向性と即時性による体験価値、全量データを用いた個人最適化による特化価値、瞬時の課題解決や利便性を持つ即時価値、双方向性による共創価値、さらには全量データから即時に予想して先回り対応する予測価値、といった新たな価値が重要になってきている。
これに伴ってデジタルマーケティングも深化してきた。Webサイトやメール、デジタル広告といったデジタルメディア上でのマーケティングに始まり、リアルとデジタルを統合して販売や営業とECが連携するマーケティングへと変化、そしてデジタルやAIが当たり前になった今では、社会や市場、顧客や社員も含めたトータルマーケティングへと深化している。
パナソニックコネクトではこうしたトータルマーケティングのことを「顧客価値起点のマーケティング」と呼ぶ。顧客理解を起点とする商品企画や製造、プロモーション、カスタマーサポートなどを行う一般的なマーケティングだけでなく、価値の種を創るプロダクトマーケティング、価値の種を伝達し訴求するセールスマーケティング、そして購入後の運用で価値が生まれているかを見定めて価値を維持するリレーションシップマーケティングの3つの活動も行っている。これらを連携させることで、全ての顧客接点に一貫性を持ち、全職能が連携するトータルマーケティングを実現しようというのが狙いだ。これを支えるのは、顧客理解を中心とした全体プロセスやCDP/CRMベースデータシステムだが、同社ではそれらと同等以上に自律的でオープンな社員カルチャーも不可欠なものとして重視している。
定量データと定性データを行き来して顧客を理解する
顧客解像度を高めるために、パナソニックコネクトでは定性(N=1)データと定量(例えばN=1000など)データを用いて分析、検証を行っているが、とくに重要なのは定性データと定量データを行き来しながら分析することだと関口氏は話す。まず顧客に対してN1定性インタビューを実施し、N1分析および関係者レビューを行って顧客を理解する。そしてここで生まれた仮説を定量データで検証する。これにより、価値の種を伝えるためのコミュニケーションアイデアや、商品コンセプトや戦略に活かすためのプロダクト・ソリューションアイデアを見出そうとしているのだ。
N1分析では、価格に見合う便益や独自性がどこにあるか、顧客がソリューションを選んだ理由は何か、といったことを洞察し、顧客が口に出さず甘んじて受け入れているような「隠れた前提」を潜在的な課題とする仮説を立てる。これによって「オペレーションフィット」と呼ばれる、自分たちのソリューションに当てはまる顧客を考察するのだ。既存顧客、失注顧客、潜在顧客を対象に、商品のライフサイクルに応じて継続的に実施することで、最適なセグメンテーションを検討している。
そしてマーケティング部門だけでなく営業やCS、技術、企画、SEも加わったレビューでは、インタビューの5倍もの時間をかけて深掘りすることで、顧客がどこに価値を見出しているのかを分析。さらに、回帰分析、共分散構造分析(SEM)、ABテスト(RCT、ランダム化比較試験)、そして複数のランダム化試験の結果を統合して結論を導き出すメタ分析の4つを組み合わせることで、仮説に対してそれがどの顧客に当てはまるのかも検証している。
「顧客に対してどのような価値を提供できるかを常に考え、職能連携で実施することが重要です。また、従来のような対人間のヒューマンコミュニケーションだけに着目したマーケティングに加え、今後はIoTなどの全量データも併せて活用することが必要になります」(関口氏)
顧客理解も目的とした生成AI「ConnectAI」の導入
パナソニックコネクトは、まだAIが広く一般に普及していなかった2023年2月に、生成AIの全社導入を開始した。主な目的は、業務生産性向上や社員のスキル向上、AIのシャドーリスクの軽減だが、AIが普及していくなかで顧客がどのように変化していくかを見極めようという、顧客理解も目的の1つだ。パブリックなAIのほかに、プライベートインスタンスとして社内のナレッジを活用できる「ConnectAI」も導入している。
同社ではここまで3つのステップを踏んでAI活用を推進してきた。まず、全社員にAIのアシスタントをつけることから始め、社内ナレッジにより自社を良く知る特化AIに育てるステップを経て、現在は業務で使うことで業務遂行可能なアシスタントに育てるステップを実行中だ。現在のところ、全社員の半数近くがAIを活用しており、とくにマーケティング部門では7割以上がAIを不可欠な存在として日常的に活用している。
最後に関口氏は、同社が取り組んでいるのは顧客価値起点の事業マーケティングであること、顧客の理解をとくに重視していることを改めて強調した。
「さまざまな職能が連携しないと顧客理解には進みません。私たちはプロセス、データ・システム、そして社員カルチャーの3要素を組み合わせながらチャレンジをしています」(関口氏)

