小林製薬会長・大田嘉仁《経営再建に向けた道筋を問う!》

「紅麹問題の再発を防ぐためにもガバナンスの体制は整備した。ただ、どんなに外形的には整っても、最後は人の心が大事だ」─。こう語るのは今年3月に小林製薬会長に就任した大田嘉仁氏。トイレ用芳香・洗浄剤「ブルーレット」や額用冷却シート「熱さまシート」、女性保健薬「命の母」といった画期的な日用品や一般医薬品などで成長を遂げてきた同社だが、紅麹サプリの健康問題を引き起こした。これを教訓に京セラ創業者・稲盛和夫氏の副官として同氏の経営思想を学んできた大田氏が考える再建への道筋とその要諦とは?

 「利他の心」に照らして……

 ─ 紅麹問題で揺れる小林製薬という伝統ある会社の会長に就任するにあたり、どのような経緯があったのですか。

 大田 去年の秋頃、小林製薬の関係者の方からお声がけをいただきました。「今後の経営に関して助けて欲しい」と頼まれたのです。

 実は「リファ」や「シックスパッド」など、美容・健康機器メーカー・MTGの会長の依頼を受けたときも同じように助けて欲しいと頼まれ、会長に就いた経緯がありました。

 もともと他の会社からお誘いを受けても、お断りしていたのですが、やはり困っている人に手を差し伸べるべきだと。それは京セラ創業者で私が長く仕えた稲盛和夫さんの後ろ姿から得たものでもあります。

 稲盛さんは日本航空(JAL)の再建でも当初は断っていましたが、自分のことよりも他人の幸福を願う「利他の心」に照らして最終的には引き受けましたからね。

 ─ 稲盛さんの教えが大田さんの背中を押したと。

 大田 ええ。稲盛さんからの教えをもう一度見つめ直してみると、助けて欲しいと頼まれているのに、断るのは少し違うかもしれないと。1週間ほど考え、引き受けることにしました。

 もちろん、当社の取締役会のスキルマトリックスに照らした上で私を指名し、人事指名委員会の方々の面接を受けて正式に承認をいただきました。

 ─ 会長への就任は3月28日。それから5カ月弱が経ち、どんな手応えを感じていますか。

 大田 とてもいい会社であることは間違いないと思っています。素晴らしい第二の創業者とも言える方がおられ、会社を大きくされました。ですから、立派な社風もあります。

 ただ私が感じたのは、20~30年という長い年月の間、順調な経営が続いてきたために、少し緊張感がなくなってしまったんだろうなと。

 そのため、会社として打たれ弱くもなってしまった。当然ですが、大きな問題を起こしたため、社会から厳しく批判されましたからね。また、誰かに依存してしまう体質だったため、自分たちで考えて、自分たちで結論を出すという視点が疎かになっていました。

 

 紅麹問題をどう教訓にするか?

 ─ 現特別顧問の小林一雅さんは他にない商品づくりで小林製薬を大きく成長させました。

 大田 そうです。その結果、ずっと右肩上がりの業績が続いていましたからね。一方でそのために緊張感も薄れてしまった。ただ、ここで落ち込んでいる場合ではありません。これからは経営幹部などを含めた社員全員が自分たちで考えて、自分たちで判断し、責任もとっていく。それが大事なことになります。

 ただ、「『あったらいいな』をカタチにする」というブランドスローガンは素晴らしい。これは稲盛さんが言っていた「善きことを思うのがすべての始まり」の「善きこと」に当てはまります。善きことをしようという文化は根付いているんです。

 ─ 社員に向けた第一声はどのような内容でしたか。

 大田 京セラでもそうですし、JALやMTGでもそうですが、どんな会社であっても、いつまでも順風満帆なことはなく、必ずいつか大きな壁にぶつかることがある。そのときに落ち込んで低迷してしまう会社もあれば、それをバネにして更に成長する会社もある、と伝えました。

 京セラも創業25周年のときに、薬事法の問題を起こして行政処分を受けたことがありました。そのときに稲盛さんは京都府八幡市にある達磨堂圓福寺のご老師に相談に行きました。

 そこでご老師からは「人生は因果応報。善因善果・悪因悪果である」という人生の決まり事を教えていただいた。それから稲盛さんは「更に善きことに努め始めた」と言っていました。

 ですから我々も今回の件を真摯に反省しつつ、善きことに努め、経営を更に進化させていかなければなりません。そういったメッセージを流しました。もともと素晴らしい社員ばかりです。

 面談してみるとダイヤモンドの原石のような人たちばかりです。ですから「皆さんは磨けばもっと輝きます。共に頑張りましょう」と伝えました。

 ─ とかく人間は失敗を他人や外部の責任にしたがります。

 大田 私もそう思います。だからこそ、天命を感じ、それに従うことが大事なのです。稲盛さんも、不条理と思えるような困難に直面することがあっても、それで天を恨んだり、人を憎んだりしてはダメだ。

 それを乗り越えて、人を大事にする、愛することが大切だと説いていました。その一例がJALの会長になったときでした。

 ─ 当時の稲盛さんは78歳という高齢でしたね。

 大田 ええ。まもなく79歳になる頃でした。しかし、JALの再建を天命だとして受け入れて、JALの社員たちのために命を捧げる覚悟を示されたのです。実際に、老骨にムチ打って現場を回り、社員に声をかけていました。

 私は稲盛さんの生きざまは、まさに「敬天愛人(天を敬い、人を愛すること)」だと思うのです。ただこれは言葉にするのは簡単ですが、実際に行動するのは非常に難しい。しかし、リーダーはそれをやらなければなりません。それが私の信じてきた生き方でもあります。

 投資がマーケティングに 偏重していた反省を生かして

 ─ 小林製薬の強みは、どのような点だと考えますか。

 大田 良さはたくさんあります。その中でも当社の強みは、やはり新しい製品を生み出したいという社員の熱い思いです。これは凄く強いと感じます。

 ─ それは商品開発力があるということですか。

 大田 はい。それともう1つはマーケティング力です。ただし、この5~6年で投資がマーケティングにやや偏重し、予防的な品質管理業務や製造現場の保守・維持管理のための設備更新等への投資は少し後回しになっていました。

 製造業の経営は製造も営業も強くなければなりません。営業だけを強化すれば、製造が疎かになってしまいますし、製造だけが強くなっても売る力がなかったら製品は売れません。

 バランスが大事なのです。そのバランスが悪くなってしまっていたので、これからは製造と営業への投資をバランス良くし、両方に力を入れないといけません。

 ─ そこが紅麹問題の教訓ということになりますか。

 大田 そうですね。そして大事なのは社員全員が自分で考えるということです。事実検証委員会の報告書でも「当事者意識に欠けていることは重大な問題だ」と指摘されています。その意味では、危機意識が少し希薄だったのではないかと。

 品質問題では、いくらたくさんのルールを作っても、現場に当事者意識、さらに言えば、経営者意識がなければ機能しません。少なくとも課長レベルになったら強い経営者意識を持ち、問題が見つかれば自ら率先して提起をする。そういった緊迫感が現場に少なかったという反省があります。

 ─ 経営幹部の意識改革ということにもなりますね。中間層や若手社員には、どんな言葉を投げかけているのですか。

 大田 まずは国内にある7カ所の工場のうち6カ所を回り、若手社員も含めて意見交換をしました。工場で働く社員は元気で前向きな人ばかりで心強く感じました。

 工場の設備は丁寧に使っているのですが、やや古いといった意見もありました。他にも働きやすい環境づくりを求める声もありました。まずは環境整備に力を入れないといけないと。

熱さまシート

左から、女性保健薬「命の母」、トイレ用芳香・洗浄剤「ブルーレット」、額用冷却シート「熱さまシート」

 ─ 財務力は高いですね。

 大田 ええ。手元資金はある程度あります。しかし、それが甘えにつながってしまってはいけません。そこでJALでも行った「リーダー勉強会」を7月から始めました。全8回を予定しています。

 毎回35人ぐらいの役員と部長クラスに集まってもらい、人間とは何なのか、何のために経営をしているのか、そういった経営の原点を学び、同じ価値観を共有するようにしています。

 ここでの肝はJALのときと同じです。役員や部長はヒト・モノ・カネを管理するマネージャーとは違い、リーダーであると。そしてリーダーは「一緒にやろう」と部下を鼓舞して引っ張っていかなければなりません。そのためには、人の心が分からなければなりません。

 人間とはどういう存在なのか。どんな感情があって、どうなりたいのか。人というものをよく学ぶことが必要です。それがベースにあって初めて人を引っ張ることができます。

 ─ 勉強会を通じて目標とするものはあるのですか。

 大田 社員全員に共通の価値観を持ってもらうために、「京セラフィロソフィー」のような企業哲学をつくろうと考えています。当社には、経営理念、パーパス、行動指針など、たくさんの言葉、標語があるのですが、それらをまとめ、解釈が異ならないようにしようと思っています。

 ただ、経営哲学などはとても重要ですが、精神論だけで終わってしまってもいけません。数字による具体論も必要です。数字で経営するという基本も身につけなければならないので、「業績検討会」も始めたいと考えています。

 これは京セラはもちろん、JALやMTGでも行いました。自分の部署の予算と実績を毎月チェックし、予実100%の実現を目指していきたいと考えています。

 また、やりたいことがあっても言いっ放しではいけません。大切な資金を使うわけですから結果を問う必要があります。よくPDCA(計画・実行・評価・改善)を回すと言われますが、まずはP、つまり計画が考え尽くされたものでなければなりません。

 その上で厳格なチェック機能が求められます。そこは着実にやっていこうと思っています。

 かつて(株主から出資された資金の収益性を示す)ROE(自己資本利益率)は10%以上あったのですが、足元では5%弱にまで落ち込んでいます。これも早く回復させ、株主の期待に応えるようにしたいと考えています。

 秋の新商品投入を再生の一歩に

 ─ そのためにも新製品の投入が求められますね。

 大田 はい。紅麹問題が起きてからテレビCMは全て取りやめていましたが、6月から順次再開しています。秋には新商品を12品投入できるのではないかと思っています。そこから再度、従来の成長軌道に乗せたいと思っているところです。

 ─ これは日用品ですか。

 大田 日用品とヘルスケアの両方になり、半々くらいです。

 ─ ドラッグストアなどの流通網の反応はどうですか。

 大田 新商品の投入や今後の方針に関して流通の方々に向けた説明会も開催し、多くの大手ドラッグストアのトップの方々にも参加いただき、皆さんから期待されているとヒシヒシと感じました。小林製薬の商品が店頭に並ぶと活気が出ると直接聞くと、心強く感じます。

 再開したテレビCMに対しても、概ね肯定的な反応をいただいています。今回の問題では、大変なご迷惑をかけしてしまったのですが、それにもかかわらず、我々の商品に対する期待値は大きいものがあります。だからこそ、再発を防ぐために、ガバナンス体制は整備、強化しました。

 その意味では、外形的には整ってきていると思います。しかし最後は人の心です。そこは稲盛さんからの教えを伝えていきながら、全社員の心も、考え方も、より善くしていきたいと。そうすることで、中身もさらに良くなると信じています。

ワコールホールディングス・矢島昌明社長【下着事業の構造改革】大切なのはお客様の声を聞き、心を読むこと。