三菱UFJ「エムット」誕生への道のりとは? 個人向けビジネスを抜本改革

顧客に受け入れられるサービスとは何か? 三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)がこの命題に対する一つの回答を出した。それが個人向け総合金融サービス「エムット」。MUFGの各サービスを一元的に扱うことができるサービス。これを活用することで資産形成などにつなげてもらうと当時に、ポイントやデジタルバンクなどで「お得感」を感じて利用を促す。その開発を担った現場は、何を考えて取り組んだのか─。

 「資産防衛」が重要テーマに

 日本最大の銀行グループが、個人向けに打ち出した新たな金融サービス誕生のきっかけとは何だったのか─。

 三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は2025年6月、個人向けの総合金融サービス「エムット」をスタートさせた。三菱UFJ銀行のアプリを刷新、カードや証券といったグループのサービスを一元的に使える形にした。三菱UFJカードの還元率を向上させ、利用のメリットを高めている。

 さらに今後は、26年度中にもグループ共通ポイント「エムットポイント」をつくる他、「デジタルバンク」を立ち上げることで、顧客の利便性を高める計画となっている。

 「検討には大きな背景として『金利ある世界』ともう1つ、『インフレ』があった」と振り返るのはMUFG執行役員リテール・デジタル企画部長の山下邦裕氏。

 日本は今、長きにわたるデフレからインフレに移行しつつある。その中では「今後、金融資産は目減りしていく可能性がある。これは我々が数十年間経験したことがない環境。何もしないと資産は守れない。金融業としてお手伝いしなければならない」(山下氏)という考えが、検討のスタートにあった。

 そして、「短期の収益を追うのはやめよう」ということを経営陣の総意として決めた。その代わり、中長期でLTV(顧客への生涯提供価値)、つまり取引期間中に顧客から得られる利益の総額を重視することにした。

 新サービスを構築する際、自らの強みを見直した。顧客基盤、預金量は日本で最大。さらに「個人のお客様が一生涯に必要とされる金融サービスを、ほぼ全て提供できる、ほぼ唯一の金融グループ」(山下氏)だという認識。

 この強みを改めて、顧客に価値として提供するにはどうしたらいいか?と考えた時に、足りないものがあることがわかった。

 例えばサービスという「材料」はあるが、バラバラでわかりにくかったため、統合する必要があった。そこで1つのブランドでまとめることにした。また、足りない機能を埋める取組も進めた。そのスタートとなったのが、23年に実施した、若者に人気の「後払い決済」を手掛けるカンム買収。

 25年3月には投資一任型サービスのロボットアドバイザー最大手・ウェルスナビを買収。

 そして25年1月、KDDIと共同出資していたauカブコム証券の全株を取得し、2月に「三菱UFJeスマート証券」に衣替え、さらには家計簿アプリのマネーツリーを買収すると発表。この買収の完了と、前述のデジタルバンクのスタートで「世界観、ポートフォリオとしては完成する」(山下氏)。

 今、3メガバンクはそれぞれ、個人向けサービスで独自性を打ち出し、顧客獲得を進める。

 先駆けとなったのは三井住友フィナンシャルグループ。23年2月、個人向けの金融・決済のフルモバイルサービスを実現するアプリ「Olive」の提供を開始。このアプリは自社の決済やカードの他、SBI証券やライフネット生命保険など有力な他社サービスも提供する。

 みずほフィナンシャルグループは22年に楽天証券、24年の楽天カードに出資するなど、楽天グループの「楽天経済圏」に接近しており、今後、個人向けサービスの全体像を打ち出してくるかが注目されている。

 3メガによる「経済圏争い」という見方もされるが山下氏は「我々は『経済圏』という言葉を使わず『オープンプラットフォーム』と言っている」と話す。

 サービスの基盤自体は他社ともオープンに連携して開発を進める一方、コアとなる金融サービスは自前という立て付け。MUFG社長の亀澤宏規氏は「自社のサービスでなければマネタイズが難しい」と強調している。その意味で、3メガそれぞれが違う思想で顧客獲得を目指していると言える。

 26年度に始める「エムットポイント」の位置づけも山下氏は「他の巨大な共通ポイントとは違う」として、あくまで自社のプラットフォームにおける「ハウスポイント」だと話す。

 普及に向けては、共通ポイント大手の一角「Ponta」との交換ができる他、Visa加盟店での利用を訴求。さらにはMUFGとリクルートが連携して提供している決済サービス「COIN+」でのポイント交換、その残高を銀行口座に移すことができるようにする予定。

 デジタルバンクをきちんと開業させられるかも課題。日本ではまだ、デジタルバンクの成功事例は少ない。それを顧客に三菱UFJ銀のリアル部分とデジタルバンクのネット部分の「いいとこ取り」(山下氏)をしてもらうことで、利便性の高いサービスにしていく考え。

「エムット」スタート後、三菱UFJカードの契約数は25年6月単月で昨年比2倍、一昨年比3倍の伸びを記録、「アプリも使いやすいと言っていただいている」と出足は悪くない。

 MUFGにとってはリテール事業の抜本的改革。これまでにないスピード感が要求され、関係者は苦心したが、「それを助けてくれたのが買収したスタートアップ」と山下氏。

 カンムやウェルスナビのメンバーの存在があって、MUFGの働き方、戦い方は「スタートアップ仕様」にモデルチェンジしつつある。「エムット」に携わる社員は従来の銀行になかった働き方をしており、社内では「筋トレ」と称されている。

「金利ある世界」の中で顧客に選ばれるサービスになることができるか。3メガ、さらには銀行を買収したNTTなど異業種との競争は始まったばかりだ。