
失言による農相交代で政局は激変した。新農相の小泉進次郎が自らを「コメ担当大臣」と称してメディアを席巻。その姿は父親の純一郎の首相就任直後を彷彿とさせる。一方、年金制度改革関連法案は与野党対決の様相が一転し、自民、立憲民主、公明3党が党首会談で修正合意に至った。政界はそこに大連立の兆しを見る。首相の石破茂は日米関税交渉をまとめた上で参院選を乗り切り、政権継続を図る。小泉を使いこなし、トランプをいなす力量と覚悟が石破に求められる。
「備蓄米2000円」の衝撃
「マーケットと向き合いながら、本当に(米価が)下がるぞ、こっちは本当に下げるぞ、という思いでやっていると伝える」
小泉は5月27日の閣議後会見で、メディアを席巻する自身の情報発信手法について問われ、こう語った。言外の意味はこうだ。「コメを高値づかみしてそのまま倉庫に置いている業者の皆さん、早めに放出しないと大損しますよ」。
小泉の農相就任で、永田町の風景は一変した。小泉は21日夜の就任会見で備蓄米を「随意契約で」「無制限に」放出すると方針転換を宣言。就任3日目の23日朝には備蓄米を「5キロ2000円台」で店頭に並べると表明した。日中には精米店やスーパーを視察。夜のNHK出演では「5キロ2000円」とさらに表現を強めた。週明け月曜の26日には、随意契約の業者向け説明会を開いた。
このスピード感にメディアは小泉の一挙手一投足を追う。24、25両日の共同通信世論調査での石破内閣支持率は4・3ポイント増の31・7%で3割台を回復。小泉起用の効果なのは確実だ。
この事態を惹起したのは、前農相の江藤拓の失言だ。18日の自民党佐賀県連の会合で「コメは買ったことありません。支援者の方がくださるんで、売るほどあります」と発言したのだ。
毎週月曜に農水省が発表する「コメ5キロ当たりの平均価格」は、これに先立ち18週ぶりに下落していたが、下落幅はわずか19円。平均価格4214円は前年同期のほぼ倍だ。スーパーの棚に並んだコメが午後には売り切れることが多い時期だった。
そんな時の農政の責任者の失言。本人の釈明によれば、コメ流通で精米がネックになっていると説明する際に「ウケを狙った」とのことだが、精米をしたこともない多くの有権者の虎の尾を踏んだ。「そもそも棚にないんだよ。買わせろ!」となるのは当然の流れだ。
「貧乏人は麦を食え」を思い起こさせる失言に、ネットも批判であふれた。「令和のマリーアントワネット」との異名が付いたほか、中には、終戦直後の「食糧メーデー」(1946年)での「天皇プラカード事件」を引用する知性派も。「朕はタラフク食ってるぞ ナンジ人民飢えて死ね」とのプラカード画像まで添付する労作だった。
自民に差す「一筋の光」
食糧不足は時の政権を打ち倒すエネルギーを持つ。中国の歴代王朝がそうだ。日本でも大正時代に「米騒動」が勃発し、強圧的な収拾に失敗した寺内正毅内閣が総辞職した。
もともと「令和の米騒動」は、2023年のプロ野球・中日で、試合前の食事会場で白米が選手に提供されなくなった「事件」をスポーツ紙が面白おかしく書いたもののはずだった。それが本物の「米騒動」となり、江藤の失言により「一揆」に発展しかねない社会情勢となった。
間が悪いことに失言翌日の19日公表のコメ平均価格は前週比54円高の4268円で、最高値を更新してしまった。
それでも石破は江藤を守ろうとした。石破の地元は鳥取、官房長官の林芳正は山口、自民党幹事長の森山裕は鹿児島。いずれも近所や親戚で玄米を贈答する風習が残る。失言が辞任モノだと値踏みできる土壌が政権中枢になかった。19日夜に江藤を官邸に呼び出し、「注意」だけで済ませた。
逆風は刻々と増す。翌20日午後に野党が「農相不信任決議案」の提出で一致した。政権は観念した。野党が過半数の衆院で不信任は可決される。内閣不信任と違って法的拘束力はないが、衆院農水委員会への江藤出席は多数派の野党によって認められず、辞任せざるを得ない。
野党各党はそもそも、立民、日本維新の会、国民民主それぞれがそれぞれに対し不満を持つ構造だ。石破政権は野党を分断することで、なんとか政権運営をしてきた。だが今回は江藤を守るリスクを軽視し、野党に成功体験を与えてしまった。自民のベテランは「内閣不信任案の格好の予行演習をさせてしまった」とほぞをかんだ。
そんなピンチが小泉の登場によって一変した。思い起こすのは小泉の父・純一郎が首相となった2001年春だ。前任の宰相は森喜朗。数々の失言や失態で内閣支持率が1割台に低下していた。夏の参院選を控え、自民党は派閥政治のあらゆる手法を駆使して森を引きずり下ろす。
その後の総裁選で、「自民党をぶっ壊す」と連呼し、大逆転で勝ったのが純一郎だった。「改革に協力しない者は全て抵抗勢力」といった断定調の物言いで世論の喝采を確保。「小泉劇場」の支持率は8割前後に達し、6月の都議選、7月の参院選で勝利した。
息子の進次郎がテレビをジャックする姿を目の当たりにした自民議員は、二匹目のドジョウに期待する。「明るい材料が全くなかったけど、一筋の光が差してきた」「このまま支持率があがってなんとか参院選を乗り切れれば……」。
だが、そもそも自民党農水族の失政がコメ高騰を招いた事実は残る。そして備蓄米放出で本当に米価が下がるのか。野党幹部は「放出し尽くせばそれで終わり。ブランド米は下がらないよ」と突き放す。「劇場」の効果が参院選まで続くか否かが焦点だ。
「立民は大人」と秋波
そんな小泉フィーバーの陰で、永田町関係者がより注目する事態が起きていた。年金制度改革関連法案の与野党合意だ。
主体は自民、立民、公明の3党。3人の党首が国会内で会談し、合意文書に署名する姿が報じられた。昨秋、国民民主は「103万円の壁」に取り組む約束を自公と交わした上で補正予算に賛成した。維新は今春、高校無償化を成果として今年度予算に賛成。そのたびに両党が連立に加わるかが話題になった。今回は立憲が、社会保障の根幹たる年金問題で自公と合意した。
立民以外の野党は震撼した。「大連立の布石だ」と。
国民民主代表の玉木雄一郎は「与党と野党の第1党で将来の増税を決めてしまった」と批判のボルテージをあげた。これには説明が必要だろう。修正は、将来的な基礎年金の給付水準の底上げを図るもの。その財源は厚生年金の積立金だ。政府原案にあったが、参院選への影響を懸念した参院自民が削除させていた。
これを野党各党は「あんこのないあんパンだ」と批判。その中で立民が削除部分を復活させる修正案を提出し、自公がその修正案に乗ったのだ。問題は将来的に増加する国庫負担だ。最大2兆円と試算される。ここを玉木が突いた。
立民側は「原案では就職氷河期世代の将来的な受給額が3割下がってしまう。それを防ぐための修正だ」と強調するが、政局への影響は大きい。まず法案成立まで立民が内閣不信任決議案を提出しにくくなった。さらに参院選で立憲はこの法案に関して政権を批判できない。
自民は大歓迎だ。政権幹部は「維新や国民と違って立民は大人だよ」と漏らす。周囲の記者を通じて立憲側に伝わることを前提とした露骨な秋波だ。
石破と立民代表の野田佳彦は、ともに日本酒とキャンディーズが好きで、親しい間柄だ。立民中堅はこんな憶測を話す。「参院選が終わった後の大連立の話が既にできあがってるのでは? 最近の国会の緊張感のなさを見るとそうとしか思えない」と。自民の中堅も「大連立で自民の右派と立民の左派が出て行くんだったらしょうがない」と語る。地合いは固まりつつある。
大連立の先には「消費税率維持」「社会保障の抜本改革」を軸とする中道改革推進がある。その中に石破の持論の中選挙区復活も含まれそうだ。
「手練れの側近」の不存在
だがそんな壮大な構想を実現するのに必須の「手練れの側近」が、石破にも野田にもいない。1994年に自民党が社会党の村山富市を首相として担いで政権復帰した際は、自民には亀井静香や野中広務らの多士済々のベテラン派閥政治家がそろっていた。社会党にも組合運動からのたたきあげの野坂浩賢がいた。
内政の課題に押し込まれる石破政権を、国外で待ち受けるのがトランプ関税だ。相互関税分の「90日間の停止」措置が7月9日に明ける。7月3日公示想定の参院選真っ最中だ。
一時、日本外務省は「日本は関税交渉の先頭ランナー」と自称したが、英国に先を越され、中国も報復関税の応酬取りやめという「成果」を得た。そんな日本側の外交当局に5月23日午前、トランプが石破との電話を望んでいる、との連絡が唐突に入った。石破側近の経済再生担当相の赤沢亮正が3回目の閣僚協議のために米国に向け出発するその日だった。
電話開始は米国では夜。日本側が「関税に関する話か」と極度の緊張で身構える中、トランプが上機嫌に話し始めたのは、自身の中東歴訪の「成果」だった。日本側は拍子抜けした。会談の同席者は「本当にリラックスしている感じで、寝そべりながら話してるんじゃないかと思ったぐらい」と漏らす。トランプが「アメリカの戦闘機は素晴らしい。見に来たらどうか」と石破に語りかけるなど雑談が主体で、6月のカナダでのG7で会談することを合意したのが「成果」だった。
トランプの気まぐれに振り回されるのは、米側も同様だ。赤沢の交渉相手のベッセント財務長官、ラトニック商務長官、グリア通商代表部代表に、それぞれ決定権はなく、トランプの寵を競い合う。日本側が腐心するのは「トランプが『うん』と言いそうと思わせる案」の提示だ。外務省関係者は「特にベッセントにそう思わせてトランプに日米の妥結案を提示させなければいけない」と語る。
6月半ばのG7、6月下旬のNATO首脳会議での首脳交渉がまとまるか。それが石破の胸突き八丁となる。
(敬称略)